エルゼ、お前もか
グレイ陛下の頼みを結局断りきれず、俺はエルゼと模擬戦をすることになった。
場所を移してここは闘技場。
時刻はすっかり夜なのだが、観客席は満員御礼だ。
聖魔法で明るく照らされた闘技場に、審判の声が響きわたる。
「では、これより模擬戦を行います! っとその前に、知らない方もいるかもしれませんので、まずは恒例の選手紹介といきましょうっ!」
イェーイと観客席が盛り上がる。
審判が指を鳴らすと、上空に巨大なウィンドウが表示された。
「まずは、我らがホーリーナイト聖王国の王、グレイ・フォン・ホーリーナイト陛下の娘にして現役聖王騎士団長でもある、エルゼ・フォン・ホーリーナイト殿下ッ!」
ウィンドウにはエルゼが艶やかな金髪をなびかせながら、ゴーレムやジャイアントオークを、華麗な剣技と光る鎖の魔法で圧倒していく様子が映し出されている。
なんというかサマになっていてカッコよかった。
観客が湧く気持ちもよくわかる。
「対するは、我々もお世話になっているリコリス殿下の専属騎士見習いにして、まさに今日、白狼の群れから我々を守りぬいていただき、さらに我々を襲った憎きドラゴンを一撃で屠りさった最強の剣士、レド殿ッ!」
大げさな紹介文になんか照れてしまう。
ん、ちょっと待て。
なんであの審判がそんなことを知っている!?
嫌な予感がしたと思ったら、遅かった。
「あんな明らかに本気じゃないソードスマッシュで一撃だと!」
「あの男、まるで底が見えない! あれで騎士見習いとかどうなってんだ!」
「エルゼ殿下が勝つって思ってたけど、面白くなってきたわ!」
好き勝手に観客は盛り上がる。
巨大ウィンドウには、本日三回目の俺の恥が公開されていた。
あああああああああああああ。
と、あまりの羞恥に悶え苦しむかと思っていたのだが、違った。
心に広がっているのは、他に形容のしようがない虚無感ただひとつ。
……なんかもう、どうでもよくなっていた。
人間は怖い。どんなことにも慣れてしまう。
「レドくーーーんっ! 頑張ってねーーーっ!」
「姫さ……リコ様に恥をかかせたら承知しませんぞーっ!」
聖王国民に扮した情報提供者とその使いが叫んでいた。
彼らは“常勝無敗”と書かれた嘘もいいとこの横断幕を掲げている。
圧がすごい。負けたら確実にセバス殿にしごかれる。
リコの専属騎士見習いになる前は負けたことのほうが多いんだけど。
「では、選手の紹介も済んだところでルールを説明します。【体力可視化!】」
審判の騎士が魔法を使い、俺とエルゼの頭上に緑のバーが表示される。
「ルールは簡単! 頭上に表示された緑色のバーが、先に黄色、つまり半分以下になったほうの負けです! お二方、準備はよろしいでしょうか」
「私はいつでも構わない」
「俺も大丈夫です」
審判は頷き。
「それでは、試合開始ッ!」
戦いの火蓋が切って落とされた。
「君に剣を教えて欲しいと思っていたが、その日のうちに願いが叶うとはなッ!」
すごいスピードでかっ飛んできたエルゼ殿下の剣をなんとか受ける。
が、受け切れずに吹き飛ばされた。
「レドくんっ!」
吹き飛ばされる直前に衝撃を横に流し、受け身をとる。
ジークや父上にボコられたときも思ったが、強者喰いは別に防御力が上がるEXスキルではないらしい。
「どうしたレド殿。私が女だからと手加減しているのなら不要だ」
「そんなことはしませんよ。エルゼ殿下に失礼ですからね」
「ほう、では私も全力でいかせてもらうッ!」
再びエルゼ殿下が突っ込んでくる。
普通に受けたらまたさっきの二の舞だ。
「いきます。【ソードスマッシュ!】」
スキルを使って木剣を振り抜くと、エルゼ殿下の木剣はあっけなく宙を舞った。
彼女は超当たりEXスキル【聖騎士】の持ち主だ。
説明文を見せない【強者喰い】の効果が、だんだんとわかってきた気がする。
だが、ここで調子に乗ってはいけない。
手から武器を失ったというのに、エルゼ殿下は吹っ切れたように笑っていた。
「見事な剣技だレド殿。やはり私では君に遠く及ばないか」
「そんなことないですよエルゼ殿下」
「私のことはエルゼでいい。父上も君にはなにも言わないはずだ」
「じゃあ、俺のこともレドでよろしくお願いします」
「敬語もやめてくれ。父と同じで私も堅苦しいのは苦手なんだ……ゆくぞレドッ!」
まだ終わっていない!
そう言わんばかりにエルゼ殿下──エルゼの赤い瞳が大きくひらかれた。
「【ホーリーチェインッ!】」
俺の足元から光の鎖が伸び、身動きを封じようとしてきて──あっさり飛散する。
「そんなっ!」
『スキル【ホーリーチェイン】を習得しました』
やはり光属性の攻撃は相当な威力がないと効かないな。
強者喰いによる食らったスキルの習得条件は、無傷で受けることなのだろうか。
「先ほどの弾かれかた、まるであのドラゴンのようだ」
「……実はその通りだ。ドラゴンを倒したときに、どうもそいつの持ってたスキルを全部習得しちゃったらしい」
「いくらなんでも冗談だろ?」
「それがそうでもないみたいでな──【竜突風!】」
そこそこ加減をして突風をエルゼの真横に放つ。
観客席は、聖騎士や聖魔法士たちのバリアで守られていると聞いていた。
そのとおりに、突風はバリアでしっかりと防がれる。
さすがに使ったことのない永止黒炎や竜氷屠を使うわけにはいかない。
白狼との戦いから【強者喰い】で得たスキルは加減できることがわかっている。
でも加減の仕方までは使って慣れるしかない。
「どうだ、信じてくれるか?」
「……ははっ」
「どうしたエルゼ」
「これが笑わずにいられるか!」
木剣を拾いなおしたエルゼは再び突進してきた。
【ソードスマッシュ】を使いながら、彼女と何度も剣を交える。
「私は悔しかったんだ! あのドラゴンから皆を守れなかったことが! もうあのドラゴンと戦えないことが!」
「それがどうしたっていうんだよ」
「ドラゴンのスキルを持つレドに勝てば、私はきっと救われる!」
「おい待てっ。俺はドラゴンじゃないぞ」
「わかっている、これは私の問題なんだ! 悪いけど付き合ってくれ!」
人生初の「付き合ってくれ」がこんな形になるとはな。
エルゼの気持ちはわからないでもない。
けど俺も、リコの前で負けてやるわけにはいかなかった。
「少し落ち着け。【ホーリーチェイン!】」
「それは私の魔法──あぅッ!」
光の鎖はエルゼの足を絡めとり、そのまま腰、腹、胸へと伸びていく。
ヤバい、初めて使ったから加減の仕方がよくわからない!
「ああっ悪いエルゼ! 痛くないかっ!?」
「大丈夫だ。というよりもむしろ……あぁんっ! なかなか良い具合だっ!」
あ、ヤバいのはこいつのほうだ。
これ以上、闘技場に変な空気が蔓延しないようホーリーチェインを解除した。
「お、おいレドっ! どうしてこんな中途半端にやめたんだ! お前は鬼か悪魔なのかっ!」
おい、皆を守れなかった悔しさはどうした。
ドラゴンのスキルを持った俺に勝つんじゃないのか。
「うう、こんな気持ちじゃ夜も寝られない。私にもう一度ホーリーチェインを」
「うるさい変態」
「あうぅっ」
木剣で頭を軽く叩くとエルゼは目を回して倒れた。
クリーンヒットしたのか、頭上のバーもちょうど黄色だ。
「し、試合終了ーっ! 勝者、レド殿!」
まばらな拍手が飛び交い、なんとも締まらない決着をむかえたのだった。
その直後。
ドーーーーーーーーンッ!
闘技場の真ん中に大きな亀裂が入り、土煙が舞う。
「よぉ、クソ兄貴」