仕事、決まりました
セバス殿の凄みに断りきれず、俺はリコリス殿下の馬車に乗せてもらっていた。
ちなみに、馬車の中はセバス殿が手綱を握ってくれているため、俺と殿下の二人きりだ。
セバス殿と殿下の三人も気まずい。
が、殿下と二人きりというのも別の意味で気まずい。
「そういえばさ、レドくんってどうしてあんなところにいたの? しかもボロボロだったし」
「いえ、大した理由ではありませんよ」
「むぅ〜」
俺の回答がお気に召さなかったのか、殿下は唇をとがらせた。
「本当に大した理由ではないですから」
「そうじゃなくてー」
「そうじゃなくて?」
「……二人きりのときは昔みたいに話して欲しいなぁ」
「っ!」
甘えた声と上目遣いに心臓が跳ねる。
このお方はもっと自分の破壊力に気づいたほうが世界のためだ。
「……あの頃は私も殿下も子どもでした。無理を言わないでください、いまの私と殿下では立場が違いすぎます」
「ふーん、そういうこと言うんだ〜。じゃあその立場の違いとやらで、オルレイン家に今日からお肉禁止令をだします。二度とお肉を食べてはいけません」
「地味にキツい禁止令出すのやめてあげてくれませんか?」
家族に追い出されたとはいえ、ここまで育ててもらったのも事実だ。
……いや、それは果たして本心なのだろうか。
本当はただ、間接的にすら関わりたくないだけなのかもしれない。
家族のことを思い出すのはまだ辛かった。
「だったら昔みたいに話してよ」
「いや、しかし……ひっ!」
馬車の隙間からセバス殿が鋭い目をのぞかせていた!
「姫様の言うことを聞けない輩は処す」と明らか顔に書いてある!
わかりましたから前見て馬を走らせてください前見てっ!
両手をあげてセバス殿に“かしこまりました”と必死にジェスチャーで伝える。「変な踊りだ」と殿下に笑われたが無視した。
なんとかわかってもらえたようで、セバス殿は前を向いてくれる。
「……はぁー。わかったよリコ、これで満足か?」
「うむ、よろしい! なんて……えへへ」
リコリス殿下……もといリコは気の抜ける笑みを浮かべていた。
かと思いきや、少しだけ真剣味を帯びた表情で、その小さな口をひらく。
「もしかして、実家を追放されちゃった?」
「っ! なんでそれを!」
「だってレドくん、さっき私がお肉禁止って言ったら『やめてあげて』って言ってたじゃん。自分も食べられなくなるなら、やめてあげてなんて言い方はしないよね」
鋭い。
普段はゆるそうな雰囲気なのに、こういうときのリコは頭が回る。
「……レドくんが聞いたことのないエクストラスキルを得たってのは知ってたから、もしかしてそうなのかな、って」
「……外れスキルをもらって追放だなんて話、今どき珍しくもなんともないだろ」
観念して言葉を投げる。
それを受けたリコは、備え付けのカゴから羊皮紙とペンを取り出した。
「私いまからお父さんにお願いして、レドくんの家族に追放を取り消すよう言ってもらうっ!」
「いや別にそんなことしなくていいから」
「どうして! 私レドくんが一日もサボらないで修行してたこと知ってる! レドくんが学校で一番頑張ってたのに、どうしてレドくんが家を追い出されなくちゃいけないの!」
「それでも、俺は外れスキルを引いた」
「そんなはずない! だってレドくんはあのドラゴンを一撃で倒したんだからっ!」
「それは」
事実だった。
だけど、なんで倒せたかがわからない以上、俺の力とは断言できない。
「確かにドラゴンは倒せたけど、運がよかっただけかもしれない。現れたときにはすでに弱ってただけかもしれないだろ」
「……そうかもしれない、けど」
本音を言えば弱っているようには見えなかったが、実際のところはわからない。
彼女は言い返し切れず唇を噛んでいる。
どうして俺よりも俺のことに必死なんだろう。
「リコの気持ちは嬉しいし、リコが陛下に頼めば間違いなく俺の追放は取り消しになるとは思う。でも、周りに腫れ物扱いされながら王都で暮らすのは……俺にはつらい」
本心を告げると、リコはハッとした表情で俺を見上げた。
「ごめん私……レドくんの気持ち、全然考えられてなかった……」
「そんなことないって。俺が追放されたって知ってリコが怒ってくれたこと、嬉しかったしさ」
半泣きのリコの頭を撫でてやる。
立場が変わっても、リコはリコのままだ。
「……レドくんってさ、やっぱ優しいよね」
「リコほどじゃないと思うけどな……ひぃっ!」
セバス殿が見ている!
だから前を向いてくださいこれは別にやましい気持ちでやったわけじゃないんです!
慌ててリコから距離をとって座る。
だがリコはなぜか俺の真隣に座ってきた!
「で、殿下っ!? ちょっと距離が近すぎるのでは!?」
「あ、また口調元に戻ってる。お肉抜きにするよー」
「むしろこのままだと俺がお肉になるからっ!」
「ふふっ、なにそれ」
ちょこんと肩に頭を乗せられ──セバス殿の目が鈍く光る。
ひいいいいいぃぃぃぃ!
誰か助けてくれッ!
「それはそうとさ」
俺の心の悲鳴が届いたのか、リコが頭をどけてくれた。
……違った。
可愛く小首を傾げているあたり、俺の悲鳴は届いていないようだ。
「ラナリア村に行くって言ってたよね。なにするの?」
「とりあえず金がまったくないから酒場とかで働いて、ある程度貯めたら王都から離れた村や街に行こうと思ってる。さっきも言ったとおり、変な目で見られるのはもう嫌だからな」
「そっか……」
すこしだけ寂しそうな表情のリコ。
って、なに俺は嬉しいって思ってんだろうな。
「だったらさ、レドくんがイヤじゃなかったらでいいんだけど」
「ん?」
俯きがちにしばらく間をとって、リコはまた上目遣いで小さく口をひらいた。
心臓が慣れてくれる気がしない。
「私の、専属騎士になっていただけませんか?」
「……えっ?」
専属騎士?
俺が、リコの? 王都最高位治癒魔法士の?
「それはなりませぬぞ姫様」
セバス殿が前を向いたまま会話に入ってきた。
っていうか会話に入ってこれるってことは、これまでの会話も全部聞かれてたってことじゃないか。
……恥ずかしくてしにたくなってきた。
「えー、どうして」
「先ほどレド殿自身も言っておられたように、ドラゴンを倒せたのは偶然かもしれませぬ。実力の見えない者に姫様の騎士は任せられません」
まぁそりゃそうだ。
特に否定する気持ちにもなれない。
「俺にとっても嬉しい話だが、セバス殿の言うとおりだ」
「じゃあ専属騎士見習いってことなら? 別にレドくんだけに守ってもらうんじゃなくて、セバスちゃんや騎士のみんなにも守ってもらう! それならいいでしょ!?」
喋りながら途中でナイスアイデアとでも思ったように、リコは元気よく提案した。
「専属騎士見習いって……」
「うむ、それならば良いでしょう」
「「いいのっ!?」」
思わず全然違う方向性でリコとハモってしまう。
まさかセバス殿が許可を出すとは思っていなかった。
「あのドラゴンを退けたのは間違いなくレド殿でした。実力こそ見えぬとはいえ、姫様を助けんといち早く駆けつけた心意気を、買わぬわけにはいきません」
「ありがたいですけど、そんな心意気だけで決めていいものなんですか?」
「だからこその“見習い”です。これまで姫様を守る騎士を選別してきた私にはわかる、レド殿は姫様を決して見捨てたりしない方だと。その人柄に確固たる実力が加われば、私としてもぜひ正式に姫様を守っていただきたいのです」
前を向いたままのセバス殿が、どんな顔をしているのかはわからない。
わからないけど、リコのことを大切に考えていることだけは伝わってきた。
……正直、期待に応えられるかどうかは怖い。
父上に追いだされたことを引きずっている部分もある。
でも、こんな俺を必要としてくれるのなら。
やれるだけ精一杯やってみたいと思った。
「ありがとうございます。これから専属騎士見習いとして、謹んでリコリス殿下に仕えさせていただきたく存じます」
「ふむ、よい返事です」
「やっ、たあああぁぁぁぁっ!」
俺が頭を下げると、リコが飛びついてきた。
「ちょ、殿下っ! ここは馬車です! もうちょっと大人しくっ!」
「あっ! 専属騎士としてその話し方は禁止です! 次やったら一生離れないから!」
「見習いだから! わかった、わかったから落ち着けって!」
「レド殿、姫様とのお戯れはほどほどになされますように……」
「俺から戯れてるわけじゃないですからっ!」
こうして、俺──ただのレドは。
王都最高位治癒魔法士、リコリス・メイヤー殿下ことリコの専属騎士見習いとなった。