恥ずかしいからやめてくれ
俺はなにが起きたのか理解しきれず突っ立っていた。
ふと清廉とした声が耳をなでる。
「慈愛の天使よ、その壮麗たる癒しの旋律で、かの者に祝福を奏でよ──【ナイチンゲール】」
辺り一帯が優しい光に包まれていく。
リコリス殿下の治癒魔法だ。
石化した騎士たちや大地が、またたく間に色をとりもどす。
父上やジークから受けた傷も一瞬で治っていた。
やはり彼女の治癒魔法は次元が違う。
俺とは比べるまでもないが、それでも少しだけ寂しい気持ちを覚えた。
って、そんなことよりお礼を言わないとな。
「私を治療してくださり感謝いたします。リコリス殿かあぁーっ!」
急に飛びつかれ、無警戒だった俺は殿下に押し倒される形になる。
「ちょ、ちょっと殿下やめて。お願いだから離れてくださ」
「……怖かった」
彼女の身体は小さく震えていた。
無理もない。一口で飲み込まれそうなほど巨大なドラゴンに襲われたんだ。
俺は無意識に彼女を抱きしめようとして。
「貴様ッ! 何者だ!」
護衛の騎士たちに、剣やら槍やらの先を一斉に向けられた。
ついさっきまで彼らは石化していたのだ。
体が動かせるようになった瞬間、殿下が見知らぬ男に抱きついていたらそうなるのも不思議じゃない。
「ちょっとみんな! なんでレドくんにそんなもの向けてるの!」
「殿下、目を覚ましてください! きっと殿下はその者に精神操作の魔法を!」
「そ、そんなことしてません! というかできません!」
さすがに冤罪は勘弁してくれ。
というかそんなのできたら父上にもうちょっと優しくなってもらうって。
「よさんかお前たち」
「せ、セバス殿!」
騎士たちが避けた先から品の良い老執事──リコリス殿下のお付きであるセバス殿が歩み寄ってきた。
そして俺に深く頭を下げる。
「レド殿。この度は姫様を救っていただき感謝の言葉もございません」
「ああいやいや! 俺、私はただ夢中だっただけですよ! ホント、運がよかったと言いますか……」
運がよかった、言いながら本当にそうだと思った。
なんで俺があのドラゴンを倒せたのか、いまもよくわからない。
「それでも、姫様をお救いくださったことに変わりはありません」
「セバス殿……」
「それはそれとしまして」
セバス殿は俺にだけ聞こえるよう──ドスの効いた声で耳打ちしてきた。
「姫様に抱きつかれて、よもや変な気を起こしてなどはしておりませんな?」
「そんなことないですよ……!」
「どうでしょうかね。レド殿も年頃の男児、瑞々しい肢体をお持ちの姫様に抱きつかれてはそういう気持ちになっても不思議では」
「あなたがそういう気持ちにさせようとしてますからね!」
この老執事は相変わらずの親バカ、いや姫バカだった。
せっかく考えないようにしてたのにいろいろと思いだしてしまう。
柔らかいものとか……柔らかいものとか。
「ともかく、レド殿は姫様と我々をお救いになられたお方だ。お前たちも武器をおさめよ」
「な、納得できません。そこの男は外れスキルを……セバス殿も精神操作されているのではないでしょうか」
男の騎士一人が控えめに言いかえす。
……そりゃ知ってる人もいるか。
納得できないのもわかる。
「ほう。姫様の治癒魔法では精神操作は解除できないと、そう言うのだな」
「い、いえ、決してそういう意味では」
「はいはい二人とも、ケンカはストップ。セバスちゃんもそんな怖い顔しない」
「失礼いたしました」
リコリス殿下はひと呼吸おくと、空にむかって指をさした。
「いまからみんなに、私が見た真実を見てもらいます。【ムービー】」
指先から大きなウィンドウが展開される。
ちょうどよかった。
俺もあのときなにが起きたのか状況を再確認したい。
殿下の近くだと見づらいので場所を変える。
「『【ソードスマッシュ──ッ!】』」
映像の中の俺がスキルを……
「ってちょっと待ったあー! 殿下ストップ! お願いだからやめてーっ!」
「どうして?」
「俺の足! めちゃくちゃ震えてるの分かりますよねっ!? いますぐ公開中止してください!」
「……わかってないなぁ」
「はあ?」
なにがわかってないって言うんだ。
こんなの俺がカッコ悪い以外の情報なんてないじゃないか。
「レドくんはね。本当は自分も怖かったのに、それでも私を守ろうとしたんだよ。そんなの、世界一カッコいいに決まってる」
「なっ……!」
普段の気の抜ける笑顔ではない。
蒼い目を細めて静かに微笑んだ彼女は、やけに大人びて見えた。
思わず時間を忘れて見惚れてしまう。
そうこうしているうちに映像のドラゴンは両断され、光の粒になって消えていた。
騎士たちが感嘆の声をもらす。
「す、すごい……あんなに腰の入っていない初級スキルで一撃だなんて……!」
「俺たちとは地力が違いすぎる!」
「きっとあの腕には神が宿っているに違いない!」
うわああああああ。
やはりなにを言われても恥ずかしいものは恥ずかしかった。
穴があったら入りたい。なくても掘って入る勢いまである。
結局ドラゴンを倒せた理由は分からないままだし、騎士のみなさんに恥を晒しただけじゃないか。
うつむく俺とは対照的に、殿下はなぜか誇らしげにそこそこ豊かな胸を張る。
「これでレドくんが私たちを救ってくれたってわかったでしょ?」
「は、はい……申し訳ありませんでした」
納得がいかないと言い返した騎士は殿下に謝っていた。
そのあとで、なぜか俺にも頭を下げてくる。
「すまなかった、命の恩人にひどいことを言って。許してくれるか?」
「そんな、許すだなんて。別に気にしていませんから大丈夫ですよ」
この人も殿下を守るために必死だっただけだろう。
逆の立場だったら、俺も納得できず突っかかっていたかもしれない。
「……王都で聞いてた噂とは大違いだ。いいヤツだな、お前は」
騎士はニッと白い歯を見せて笑った。
チャラそうだが、控えめにいってイケメンである。うらやましい。
「オレはウェイ・サークルだ。ウェイでいい、敬語もやめてくれ」
「……わかったよウェイ。なんだかチャラそうな名前だな」
「おい。敬語はいらねえっつったけど、普通初対面でそういうこと言うか?」
うらやましさについ本音が出てしまい、笑いながら小突かれる。
見た目と名前だけでなく距離のつめかたまでもチャラい。
「ま、つーわけでレド。お前には借りがあるから、なんかあったらオレを頼ってくれ。意外と助けになれると思うぜ」
「機会があるかはわからんけど、あったらそうさせてもらおう」
ウェイは手を振って馬車の後ろの隊列に混ざっていった。
そういえば殿下たちは仕事へ行く途中だったな。
俺もラナリア村に行くとするか。
歩こうとして殿下に声をかけられる。
「レドくん。お礼、遅くなっちゃったけど、ありがと」
「いえいえ、殿下とみなさんが無事でよかったです」
「レドくんはこれからどこに行くの?」
「まずはラナリア村ですかね」
殿下は急に目を輝かせた。
「ラナリア村なら、私たちの通り道にあるから一緒に行こうよっ!」
彼女は煌びやかな馬車を指さす。
あれに殿下と二人で乗るのは、追放された無能の無一文には荷が重い。
「……それはさすがに申し訳ないですって」
「セバスちゃんもいいよね! だってレドくんは私たちの恩人だし」
「……もしやレド殿。姫様のご提案を無碍になさるおつもりで?」
年齢を感じさせない凄まじい眼力である。
「あ、いや、それは……ははは……では、お言葉に甘えて……」
断った瞬間に首がなくなりそうだった。
読んでいただきありがとうございます! 初投稿作品です。
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