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魔王ルナティック

 粗悪品店を破壊した紫髪の小柄な女の子は、自分のことを“魔王ルナティック”と名乗った。

 

「わしの店があああああああ! 貴様ァ! どうしてくれる!」

「て、店長! そいつはヤバいですって!」

 

「お前がこの店の店長か」

「がああっ」

 

 ルナティックは体格差をものともせず、店長の胸ぐらをつかんで持ち上げる。

 

「お前の息子が言ってたぞ。もういまみたいな仕事はしないでって」

「む、息子が……!」

「その顔、心当たりがあるみたいだな」

 

 店長から優しく手を離したルナティックは、反対の手を強く握り込む。

 

「店長。歯を食いしばれ」

「へっ? ──ぶうううんッ!」

 

 豪腕一閃。

 

 空気を揺るがすほどの撃鉄が、店長の顔を打ち抜いた。

 

 店長はあおむけの状態で石床の上を滑っていく。

 

「て、店長!」

 

 叫ぶもう一人の男に続いて、俺もフルライブポーションを持って店長に近づいた。

 

 どうやら死んではいないようだ。

 

「大丈夫ですか! これを使ってください」

「き、貴様は向かいの店の……どうしてわしに」

「それはいまはいいです。こんな傷で家に帰ったら、息子さんが心配しますよ」

 

 俺がそう言うと、店長はなにかを観念したように俺からポーションを受けとって口をつけた。

 彼の傷だらけの皮膚が立ちどころに治っていく。

 

「……どこで道を間違えたんだろうな、わしは」


「生ける者であれば、誰だっていつでもやり直せるさ」

 

 いつのまにかルナティックが俺たちの近くにいた。

 

 彼女は倒れている店長に手を伸ばす。

 

「立て。息子のためにも、一度ちゃんと考えてみろ」

 

 店長はほんの少し逡巡したが、その手をとって立ちあがった。

 

 二人は無言で視線を交え、その後どちらからともなく笑う。

 

 

 って待て待て待て。

 

 本当にこいつが魔王ルナティックなのか?

 

 なんかいいやつに見えるんだけど。

 

 

「おい! ルナティックが現れやがったぞ!」

「今日という今日はぶっ倒してやるッ!」

 

 意気揚々と雄叫びを上げながら、何十人もの冒険者がルナティックに突っ込んでいった。

 

「その威勢は評価するが……」

 

 ルナティックは俺や店長から距離をとる。

 

 やつの立ち位置は住民を巻き込まないため配慮されているように見えた。

 

 もっともおかしいのはこの街中の空気だ。

 魔王が現れたというのに、怯えている聖王国民は一人も見当たらない。

 

 ……むしろみんなルナティックの登場を喜んでいるような。

 

「まだまだ甘いなッ!」

 

「ぐおおっ!」「ぎゃああああ!」「ぴええええん!」

 

 彼女が腕を振り上げると、数十人の冒険者たちは軽々と打ち上げられ、そのまま山になる形で次々と倒れていく。

 

 冒険者たちはさすがに傷こそ負っているものの、みんな生きているようだ。

 

 拳ひとつで打ち上げられた冒険者の中には、Aランクライセンスを服に付けている人もいた。

 魔王というのは本物のようだが、彼女の行動が理解できない。

 

「【ホーリーチェイン!】」

 

 突然ルナティックの腕に光の鎖が巻きついた。

 

 声のするほうを見やるとエルゼが立っている。

 

「おっ、きたな聖騎士! ケンカしようぜ!」

 

 ルナティックは腕に巻きついた鎖をあっさり引きちぎった。

 

「ケンカならこのあいだもしただろ。私たちはお前を慕っている軍と戦う準備に忙しいんだ、今日は帰ってくれ」

 

「あん? 戦いの準備なんて毎日完了してるのが普通だぞ」

 

「お前と一緒にするな。皆が皆、お前ほど強いわけではない」

 

 ルナティックを慕っている軍?

 全然話が見えない。

 

 

「エルゼ、どういうことだ。このルナティックってやつが軍を仕切ってるわけじゃないのか」

 

「手短に話そう。魔王ルナティックは義理人情に厚いケンカ屋だ。そして彼女を勝手に慕っている軍がルナティック魔王軍。

 ……もっとも、慕っていると言っても魔王の言葉も素直に聞かないようなやつらだけどな。今回私たちが叩きたかったのは軍のほうだ」

 

「じゃあルナティックは敵じゃないってことか」

 

「いや」

 

 エルゼは首を傾げた。

 

「彼女は彼女で間接的に聖王国の負担になっている。非戦闘員は巻き込まないし死傷者も出したことはないが、戦闘員の負傷者を大量に出す。

 彼女には妙なカリスマ性があってな。血の気の多い冒険者や騎士は、彼女を見ると勝負を挑みたがるんだ」

 

 それで毎回のように負けて、有事の際には怪我で動けないなんてことがたまにある。とエルゼは続ける。

 

「……レド、くるぞ」


「くるって?」

 

「聖騎士の横の男。なにやら強そうな匂いがするじゃねえかッ!」

 

 ルナティックは石床を蹴って俺に突っ込んできた。

 

 強そうな匂いってなんだよ!

 

 俺はとっさに光の拘束魔法を使う。

 

「【ホーリーチェイン!】」

「おっ? 聖騎士の鎖よりも丈夫だな。だけど」

 

 一瞬動きを止められたものの、彼女は鎖を壊して突撃してくる。

 

「その程度でわたしは止められないぞ!」

「【ソードスマッシュ!】」

 

 拳と剣とがかち合った瞬間、周囲に衝撃波が走った。

 

 その威力に全身が震えるのを感じる。

 

 だが、片手は自由に使えそうだ。

 

 俺は素早くアイテムウィンドウから攻撃力鬼化薬を取りだす。

 

「強化薬か。いいぞ、飲み終わるまで待ってやろう」

「いや、飲むのは俺じゃない」

 

 そのまま蓋を開けてルナティックの口に突っ込んだ。

 

「むぐっ!?」

 

 まさか強化薬を自分が飲まされるとは思っていなかっただろう。

 

 不意をつかれる形で、ルナティックは咽せながらも攻撃力鬼化薬を飲み干した。

 

 途端、激しく明滅する赤いオーラが彼女を包む。

 

「この湧き上がってくる力……お前、後悔するなよッ!」

 

 再び彼女は俺に向けて拳を振るう。

 

 だが、彼女は知らない。

 

 つい二日前に外れスキルと言われた、俺に宿るEX(エクストラ)スキル【強者喰い(ジャイアントキリング)】の効果を。

 

「【ソードスマッシュ────ッ!!】」

 

 彼女の拳ごと弾き返すように、杖から姿を変えた漆黒の剣を振り上げた。

 

 

「ぬわあああぁぁぁぁああああああああまたケンカしようぜええ──っ!」

 

 

 ルナティックは一瞬で空に輝く星となった。


 周りの冒険者たちはレド様が魔王を吹き飛ばしたなどと大盛り上がりである。

 

 

 と、思いきや、その星はすぐに落ちてきた。

 

 そのまま着地の衝撃で石床を巻き上げ……ることはなく、星は猫のように軽やかな着地をしてみせる。

 

 どうやら分別のある星らしい。

 

「お前にぶっ飛ばされて思いだした! 今日のわたしはケンカをしにきたんじゃない!」

 

「だったらなにしにきたんだよ」

 

「ピスのやつを知らないか!? あいつがつくった連中が、この国を滅ぼそうとしてるんだ! わたしのケンカ仲間がいなくなるのは困る!」


「なんだって!?」

 

「おいルナティック、我が国はお前の仲間になった覚えはない……ぞ?」

 

 エルゼがツッコんだかと思うと、その赤い瞳を空に向けて固まった。

 

 

 

 空からまるで隕石のような黒く大きい塊が、いままさに聖王国へ落ちようとしていた。


「あれは……間違いない。前に見たときより十倍以上大きくなっているが、ルナティックの魔王城だ」


「はあ!?」


 エルゼいわく聖王国に落ちてきているアレは、どうやら魔王城らしかった。

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