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ドラゴンをワンパンした

 王都クレインベルグを抜け出してから──俺が実家を追放されてからおそらく数時間後。

 

 気を失っていたのかどうかすらもよく覚えていない俺は、とにかく王都から離れるように歩いてきた。

 

 まだ俺を嘲笑う声が耳に残っている。

 

 ジークが【剣聖】を得たことで都民の意識はそちらに向いた。

 

 なんてことはなく、スライムを倒せなかったニュースは都民に大きくウケたようだ。


 

「……なにが強者喰い(ジャイアンドキリング)だよッ!」

 

 俺は地面の石を思いっきり蹴り飛ばした。

 

 才能開花の儀以降にエクストラスキルを習得した話は聞いたことがない。

 

 つまり、スライムが倒せなくなるゴミエクストラスキル強者喰いの他に、これから俺が新たなスキルを習得できる確率はゼロだ。

 

 希望を一切持てないまま、周囲から笑われて生きていく自信が俺にはなかった。

 

 

 ……これからどうしようか。

 

 父上──いまはもう父ではなくなった人から投げつけられた路銀は、拾っていない。

 

 剣だって闘技場に置きっぱなし。

 


 回収すれば多少のお金にはなる。

 

 でも、取りに戻る気持ちにはなれそうもなかった。

 


 ひとまずは王都の外れにあるラナリア村を目指そう。

 

 あそこなら、まだ俺の話は広まっていないかもしれない。

 

 村のどこかで働かせてもらってお金を稼ごう。

 

 それで、もっと遠くに行くんだ。

 

 俺のことを誰も知らない村や街で、ひっそりと暮らしていければ、それでいい。

 


 ──後方から馬の走る音がいくつか聞こえてきた。


 

「あっ、レドくん! おーいっ!」

 

 後ろを見ると、見知ったのんびり笑顔が馬車の窓から覗いている。

 

 相変わらずの様子に思わず少しだけ苦笑してしまった。

 

 慌てて取り繕って会釈を返す。

 

 彼女は王都クレインベルグを治めるジェフティム・メイヤー陛下の娘、リコリス・メイヤー殿下である。

 

 肩にかかる程度のふわりとした銀髪。ほどよく膨らんだ双丘。

 

 そして印象的な大きく蒼い瞳。

 

 十年以上前に初めて会ったときは、あまりの綺麗さに人形かと思ったほどだ。

 

 子どもの頃はよく会ってた、なんてのは昔の話。

 

 いまの俺とリコ……リコリス殿下では立場が違いすぎる。

 

 彼女はいまや聖女と呼ばれる存在──王都最高位治癒魔法士だ。

 

 なんでも彼女にしか治せない病や状態異常があるらしく、ときどき他国の要請を受けては、ああやって馬車で忙しそうに周っている。

 


 対して俺は、スライムすら倒せなくなり家を追い出された無能の無一文。

 

 ついでにイケメンでもなんでもなくフツメンだと思いたい一般人。

 

 容姿も能力も立場も、彼女と俺とではなにもかもが違う。

 

 

 これまで顔を合わせれば挨拶くらいはしていたが、これからはそれもなくなるだろう。

 

 黙って消えたらリコは心配してくれるだろうか。

 ……なにアホなことを考えてんだ俺は。

 

 

 そんなことより当面の金だ金。

 

 希望はないがこのままくたばる勇気もない。

 

 外れスキル持ちでも腹は減る。

 

 

 リコリス殿下の気の抜ける……もとい元気そうなお顔を拝めたおかげか、少しだけ俺も元気になれた気がした。

 

 彼女の乗る馬車と護衛の騎士たちを見送り、村を目指して再び歩き出そうとしたとき。

 

 突風が巻き起こり、俺の目の前でリコリス殿下の護衛騎士たちが吹き飛ばされた。

 


「……は?」

 

 自然現象、ではない。

 

 薙ぎ倒された騎士たちの上空から──巨大なドラゴンが姿を現した。

 

 Aランク冒険者がパーティーを組んで討伐するジャイアントオークの、軽く十倍以上はあるんじゃないか。

 

 ドラゴンは全身白金のような鱗で覆われている。

 

 これまで読んだ魔物図鑑を反芻するが、あんなドラゴンは見たことがない。

 

「【ホーリースピアッ!】」

「【フレイムスラストッ!】」

 

 体勢を立て直した騎士の何人かが魔法や剣技を放った。

 

 殿下を護衛する騎士たちは精鋭揃い。

 

 しかし、そんな彼らのスキルは厚い竜鱗を前に難なく弾かれてしまう。

 

 お返しといわんばかりに、ドラゴンは口から黒い炎を吐き出した。

 

 その巨躯から放たれる広範囲のブレス攻撃。


 騎士たちは躱すことも叶わず黒炎に飲み込まれる。

 

 飲み込まれた大地と騎士は──形を崩すことなく石化していた。


 

「や、ヤバいだろ……アレ……」

 

 さっきから足の震えが止まらない。

 

 急いで王都に戻ってこのことを知らせないと!


 

「なりませぬ姫様!」

「離してッ!」

 

 リコリス殿下の悲鳴で俺は振り返った。

 

 殿下が執事の制止を振りきり、石化した騎士たちに駆け寄ろうとしていたのだ。

 

 

 白金のドラゴンが、はっきりと、リコに首を向ける。

 

 

 まずい。

 

 でもこの状況、俺にはどうすることもできなかった。

 

 スライムも倒せなくなった俺が彼女の力になんてなれるわけがない。

 

 

 ドラゴンの口が、やけにゆっくりと開かれていく。

 

「──ッ!」

 

 気づけば俺は駆けだしていた。

 

 突風で転がってきた騎士の剣を拾いリコの元へ走る。

 

「レドくんっ!? 来ちゃダメだよッ!」

「殿下に言われたくはないですよ」

 

 ホント、なにやってんだろうな俺。

 

 放たれた黒炎が、いままさに俺とリコを石に変えんと迫ってくる。

 

 せめて俺の体でリコを庇えたり……はどう見ても無理そうだよなぁ。

 

「【ソードスマッシュ──ッ!】」

 

 俺は唯一使えるスキルを黒炎に向けて放った。

 

 まともなスキルが使えるようになるまで、何度も周りに笑われながら、何度も体力尽きて倒れながら、必死に修行を続けてやっと手に入れた、スライムすら倒せないゴミに成り果てた俺の初級スキル。


 

 やってることは自分でもバカだと思う。

 

 けど。


 たとえ無駄だとしても。

 

 

 なにもせずになんていられるわけがない。

 

 

 黒炎が迫り、剣先が飲み込まれていく。

 

 奇跡でもなんでもいいからどうにかなってくれ。

 

 俺はともかく、リコはこんなところでいなくなっていい存在じゃないんだ。

 

 これからもいろんな人を癒していく聖女なんだから。

 

 

 俺の願いを鼻で笑うように、黒炎は剣を、そして俺の体を侵蝕していく。

 

 

 ……やっぱり、そううまくいくもんじゃないか。

 


 ごめんな、リコ。


 俺が弱いせいでリコを、みんなを守ってやれなくて。

 

 最後の最後まで情けなくて……本当にごめんな。

 

 

 …………悔しいなぁ。

 

 

 すべてを察して目をつむった直後。

 

「グオオオオオアアアアアアアアァァァァァ──ッ!」

 

 空気を切り裂く雄叫びに思わず目をひらく。

 

 黒炎に飲まれたはずの俺の体は、一切石化していない。

 

 そして。

 

 白金の鱗に包まれたドラゴンは──ものの見事に真っ二つになった。

 

 その巨躯はすぐに光の粒子となって砕け散る。

 

 すぐさま俺の頭の中にメッセージが流れ込んだ。


 

『エクストラスキル【白金竜鱗(プラチナスケイル)】を習得しました』

『スキル【白金爪撃(プラチナレイド)】を習得しました』

『スキル【竜突風(ドラゴンゲイル)】を習得しました』

『スキル【竜氷屠(ドラゴンフリーズ)】を習得しました』

『スキル【竜土壁(ドラゴンシールド)】を習得しました』

『スキル【竜雷撃(ドラゴンスパーク)】を習得しました』

『スキル【永止黒炎(エターナルイグニート)】を習得しました』

 

 

 続けてドロップアイテムを知らせるウィンドウが表示される。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 白金竜の輝重鱗 × 4

 白金竜の厚殻 × 2

 白金竜の巨翼 × 2

 白金竜核 × 1

 ーーーーーーーーーー

 

 

「……はぁ?」 


 自然とでた声は、なんとも間抜けなものだった。

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