この店ヤバいのでは
ウェイに連れ出されて、俺は綺麗な女性がたくさんいるバーに来ていた。
どうせここでも寝られないし、整理したいこともあった俺は、隣の華奢な割に胸の大きい女の子に、これまでの簡単な経緯と【強者喰い】について話をしていたところである。
「なるほど、つまりレド様のEXスキル【強者喰い】は、相手が強ければ強いほど自分も強くなれる効果ってことですね!」
「あぁ、たぶん。その代わりスライムが倒せなくなったけど」
「それでもすごいスキルじゃないですか! それに倒した相手のスキルを習得したり、ノーダメージで受けたスキルも習得できるんですよね! ……それなのに実家を追放されただなんて」
隣の女の子は顔を曇らせた。
机を挟んで俺の向かい側に座っている美女三人も同様の反応だ。
「あーあんまり重く受け止めないでくれ、父上は俺がスライムを倒せなかったところしか見てないし、俺自身もそこまで気にしてないから」
実際、いまの状況で家に戻りたいかと訊かれれば……答えはノーだった。
どうせ王都に戻ったところで肩身の狭い思いをするだけだ。
ジークの振る舞いに関しては、これまで自分のことに必死で注意してこなかった俺にもまったく非がないとは言わない。
しかしそれはそれ、これはこれ。
なるべくならシンプルに関わりたくないというのが本音である。
「お〜いレドぉ〜。お前そんな美人が横にいるのにつまんねぇ話ばっかしてんじゃねえぞー……ゴクゴクッ」
「きゃー、ウェイ様の飲みっぷり素敵っ!」
「好きになっちゃいそう!」
ウェイのやつは完全にできあがっていた。
このあとあのチャラお荷物を連れて帰らなければならないと思うと、ため息しか出てこない。
「あっ、どうしよう!」
「店長助けて!」
突然、ウェイの両隣にいた美女二人が顔を真っ青にし、その体の表面から光の粒が舞い上がっていた。
俺の前の美女三人も同様に光の粒を放っている。
「ごめんっ! お待たせ! あっ」
バーのカウンターから、たぶん店長の巨漢が姿を表し、目を丸くした。
それはそうだろう。
ウェイの両隣にいた美女も、俺の前にいた美女も、店長と同じくらいの巨漢に変わっていたのだから。
「なッ! これはいったいなんなんだッ!」
さすがのウェイも酔いが一瞬で醒めたようだ。
その場から逃げようとしたウェイを、両隣の元美女である巨漢が無言でホールドする。
「ちょ、やめろ! オレにそんな趣味はない!」
「純情乙女喫茶“メイクアップ”の秘密を知ってしまった以上、ただで帰すわけにはいきません。ですよね店長」
先ほどまでの黄色い声とは違い、野太くドスの効いた声が店内に響いた。
その声に店長は力強く頷く。
……ヤバい。
なにがヤバいのかわからないけどヤバい。
俺は怖くなって隣の女の子を見やる。
彼女は──胸はさっぱりなくなっていたが、顔はそんなに変わっていない美少女のままだった。
よかった。彼女まで厳つい強面だったら、疲労も相まって気絶していたかもしれない。
「れ、レド様っ! 恥ずかしいので見ないでください!」
「あ、ああっ、悪い」
なんなんだこの空気。なんなんだこの状況。
走って逃げる……は絶対無理だ。
俺の前には、五人用の長椅子をたった三人で埋めきっている巨漢たち。
ウェイも二人の巨漢にホールドされてまったく動けない。
この場の最適解がわからなかった。
「あ、あのー。俺は帰ってもいいですかね。もちろんお金はちゃんと払うんで」
「あっ! レドてめぇ俺“は”っつったな! オレを見捨てる気満々じゃねえか!」
「元はといえばお前が俺を連れ出したんだろ。未成年でも成年同伴なら入れるとか言って。大人ならちゃんと責任とれよ」
「なにをぎゃあぎゃあ騒いでいるのかしら。二人とも逃すわけないでしょ」
「「ひっ!!」」
カウンターから出てきた店長の巨漢が、両手を交差させてなにかの構えをとる。
なにかくるぞこれ!
「スキル【メイクアップ!】」
「ぐああああぁぁぁぁぁああああッ!」
「ウェイーーーーーーッ!」
店長のスキル【メイクアップ】によって、ウェイは光に包まれ。
彼は──茶髪ツインテールの美少女になっていた。
「プリマドンナ! 写真を!」
「はい、店長! 【スナップ!】」
パシャッ! と閃光が放たれたかと思うと、プリマドンナと呼ばれた巨漢の手元に光が集まり、一枚の羊皮紙が顕現する。
それを店長は受け取り、ウェイに向かって突きつけた。
「今日からあなたたちもウチで働いてもらうわ」
「誰だよこの美少女は……んっ? この高い声はオレか? オレなのか!?」
「拒否したら、この証拠写真と共にあなたが女装好きの変態であることを聖王国中に言いふらすわよ」
「んなッ! そんなことされたら性王国のえちえち彼女ができなくなっちまうじゃねえかッ!」
「ふふ、どうするのかしら、“ウェイナ”ちゃん」
茶髪ツインテールの美少女、ウェイナはがっくりと項垂れた。
「契約成立ね。それじゃあ後でこの雇用契約書にサインしてもらうから」
ほとんど脅迫の現場を目の当たりにした俺に、店長は近づいてくる。
俺は反射的に席を立ち逃げようとした。
が、この店の従業員で唯一強面ではない隣の女の子に、腕を絡められてしまう。
「【メイクアップ!】」
「ぎゃあああああぁぁぁぁああああッ!」
「【スナップ!】」
『スキル【メイクアップ】を習得しました』
『スキル【スナップ】を習得しました』
避けるすべもなく光に包まれ、写真を撮られた。
ってちょっと待て。
スキルを習得したってことは、ノーダメージだったってことだ。
つまり俺は女にならなくて済んだのでは?
店長がウェイのときと同じように写真を突きつけてくる。
そこには──この店にいないはずの、いかにも清楚な黒髪ロングの美少女がばっちり写っていた。
「いやあああああぁぁぁぁああああっ!」
あるはずのものがなくて、ないはずのものがある圧倒的違和感に襲われた俺は、思わず甲高い悲鳴をあげてしまう。
確かに外傷はまったくないから物理ダメージは受けてない。
だがモロに精神ダメージは受けている。強者喰いはそこら辺の考慮をしてくれないようだ。
「私たちは新規出店したばかりなの。いくら陛下に気に入られているあなたでも、私とこの子たちの夢は譲れないわ。諦めてちょうだい、“レドナ”ちゃん」
「……それは無理です。俺は、レドナにはなれません」
「だったら、この写真を聖王国中にばら撒くしか」
「俺はリコの、リコリス殿下の専属騎士なんですッ!」
慟哭。
店内はしんと静まりかえった。
「まだ見習いですけど、それでも俺はこの仕事だけは絶対に諦められない。店長の気持ちもわかりますが、俺にだって譲れないものはあるんです」
真っ直ぐに店長の目を見据える。
すると店長は、さっきまでの剣呑な雰囲気から一変して、ふっと表情を和らげた。
「いいわ、見逃してあげる」
「「「「店長っ!?」」」」
「あなたのその熱くて真っ直ぐな瞳。私は気に入ったわ。ぜひウチの正式なスタッフとして、私たちと共に喫茶店のトップを目指してもらいたいくらい」
「いやそれはできないってさっき言いましたよね」
「冗談よ、わかっているわ。その代わりこのことは、誰にも内緒にしてくれるかしら」
店長の言葉に俺は頷く。
「そこのお友達もお願いできる?」
「はぁ? 次の犠牲者を出さないために言うに決まってるだろ」
「ちょ、ウェイ」
俺は止めようとしたが、もう遅かった。
店長はにこりと微笑んで、カウンターの奥を顎で指す。
「あああああぁぁぁぁあああオレは男に媚びる趣味はねえぞおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーッ!」
二人の巨漢にホールドされたウェイことウェイナは、そのままカウンターの奥に引きずられていった。
……まぁ、ウェイナも殿下に仕える者として、少しは場の空気を読むことを覚えたほうがいいかもしれない。
「ところで店長、俺は店で働くことはできませんが、いくつかアドバイスをさせてもらってもいいですか」
「もちろんよ。レドナちゃんの意見、ぜひ聞かせて欲しいわ」
「俺はレドナじゃなくてレドです……まず、このメイクアップってどれくらいの効果時間なんですか?」
「約三十分ってところね」
意外と短いな。
「スキルの重ねがけや解除はできますか?」
「重ねがけは一回までなら。解除もできるわよ」
俺はほっと息をついた。
解除ができるみたいで助かった。このままだったらリコやセバス殿にどう説明すればいいのか困っていたところだ。
そして重ねがけは一回まで可能。
つまり、実質約一時間のあいだメイクアップを持続できるということか。
「まずは店内に時計を用意しましょう」
「でも、時計を用意するとお客さんが時間を気にしちゃうって聞いたのよ」
「時間より急に男になるほうが気になりますって!」
本当は気になるどころの騒ぎではない。
ここをなんとかしなければ、この店はクレームですぐに潰れる。
「いいですか? ウェイが言ってましたが、こういうお店はお客様に夢を見せるのがモットーなんです。お金を頂く以上は、最後まで夢を見せてあげるのがプロなんじゃないでしょうか?」
店長は少し考え込んで、確かにそうねと頷いた。
太い指で可愛らしい丸文字を羊皮紙に書き込んでいる。
「スタッフにはメイクアップを重ねがけして、効果時間の五分前くらいになったら、一度裏に戻ってきてもらってメイクアップを掛け直したほうがいいです。
それと店内のスタッフがゼロにならないよう、働く時間もそれぞれ少しズラしたほうがいいですね」
他にもいろいろアドバイスをすると、店長はいたく喜んでくれた。
実家にいたときに学んだ領地経営学がこんなところで役に立つとは。
俺は店長とスタッフに感謝されながら、純情乙女喫茶“メイクアップ”を後にしたのだった。
もちろん【メイクアップ】は店から出てすぐに解除した。
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回の話はカラオケで高い声が出せるようになったらいいなと思いながら書きました。
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