探偵者の第一推理
「青春って何だろうね?」
「え……アイリちゃん?」
遠い目をして何気なく問いかけた愛莉。彼女の言葉に、対面に座る瑠々は目を丸くした。
その言葉は教室によく通ったのか、一瞬の静寂の後、どかんと一気に室内が笑いに包まれる。
「え? 三条さんってそんなキャラだったの? ていうか超意外~」
「お前、いきなりそんなこと言いだすとか、まじウケるんですけど!」
ここは私立桜陽学園高校2年E組の教室。そして今は丁度昼休みの時間。何気ない愛莉の言葉はたまたま静かだった教室内に、よく響いた。たちまち彼女は顔を真っ赤に染めると、早足で教室を後にするのだった。
「ま、待ってよ~」
そんな愛莉の後を慌てて追う瑠々。
爆笑するクラスメイトからの逃亡の末、愛莉が辿り着いたのは図書館だった。
図書館は市内でも有数の蔵書量をほこり、設備もまるで大学のように立派で中も相当広い。ここなら誰かに話を聞かれる心配もないだろう、と考えたのだ。
「アイリちゃん! 何か悩んでるなら相談してね!」
本気で心配している様子の瑠々が、愛莉の隣に座って真っ直ぐに愛莉の目を見つめた。
「いや、だからこれだ、これ。ボクが巻き込まれた、主役狩りの話だよ。ってルルー、近いよ」
瑠々の真剣さにタジタジになりながらも、探偵者・愛莉はポケットからタロットカードのような札を取り出して、瑠々に見せた。それはあの日、気が付くとポケットに入っていたもの。『主役証明書』。
カードを見て納得したのか、ようやく落ち着いた瑠々を見て、愛莉は話を切りだした。
「参加者の一人に『青春者』という括りがあるのは話したね。他の参加者は何となくだがどういうキャラクターなのか想像がつく。だがこれだけが何を示唆する言葉なのか分からなくてね」
あらためて青春と言われると、極めて具体性に欠ける言葉だ。一体青春とは何なのか。愛莉の頭の中では、せいぜいが『不良少年と真面目少年が河原で殴り合いの末に両者ノックダウンで大の字に寝転がってお互い笑っている』という、ベタなシーンが繰り広げられるだけだった。
「青春っていえば、やっぱりほろ苦い恋愛なんじゃないかな?」
「恋愛か……」
―(妄想スタート)―
『ちょっとやめてよ日野神クン』
そう言って愛莉は、転校生の日野神秀也の肩を押した。
放課後になって突然の大雨。こんな日に限って傘を忘れてしまったのだ。
ずぶぬれ覚悟で愛莉は帰ろうとしたのだが、突然秀也が現れ愛莉の進路に立ち塞がった。
思えば、彼とは出会いから碌な思い出がない。遅刻しそうな時にいきなりぶつかってしまうし、階段から落ちそうな所を助けられた時は抱き合うような格好になって噂になってしまうし。
そんなことを考えていると、秀也はずいっと前に出て、乱暴に愛莉を壁際に追いつめて
『俺の目の前で、ずぶぬれになって良いとでも思ってんのかよ?』
そう言いながら、ぶっきらぼうな顔をしつつ、折りたたみ傘を取り出して愛莉に手渡した。
『え、でも……日野神くんは』
『うっせーな。俺は濡れて帰るのが好きなんだよ』
そう言って、彼は雨の中に消えていった。
その言葉と、そして強がりな後ろ姿は、かつて愛莉が見たことがある光景だった。
『……もしかして、秀、ちゃん?』
「相変わらず愛莉ちゃんは乙女だね~」
「え……?」
―(妄想終了)―
声を掛けられ、愛莉は現実に引き戻された。ふと声をした方を見ると、瑠々が笑うのを懸命に堪える様子でぷるぷるしていた。
「転校生との出会いは最悪だった。そんな、何かと突っかかって来る彼が実は昔の幼馴染か~」
「ボクの心を読むな~!」
「あはは、まあまあ」
と、にこにこしつつ瑠々が宥める。
「でも、恋愛だったら『恋愛者』っていう人がいるんだよね?」
「……まあ、そうだね。言葉通りなら、恋愛者というのは劇的な恋をしている人物なのだろう」
「じゃあ、『青春者』は恋愛とはまた違う青春の人なのかな?」
「いや、そうとも限らない。アイとやらの言葉を借りるなら、このゲームは互いの物語の干渉を解消することが目的の一つ。つまり、それぞれの参加者の性質、境遇が被っていても何ら不思議はないさ」
推理を聞いて、いよいよ思考の限界を超えたのか、瑠々は煙を挙げてぽかーんとしていた。
「青い春か~。そっか~。……あ、そーだ。私、青色の絵具を買いに行かなきゃだった!」
「ルルー……。考えるのをやめたね」
そういえば、ルルーが美術部に所属していたことを思い出した。この学校はお料理部など、活動実態がないに等しい文化部が多いが、そのなかで美術部は数少ない真面目な部活で、ルルーは特に熱心に取り組んでいる。彼女の絵はすばらしいのだが、時々描く、顔に似合わないホラーな絵はちょっと苦手だ。
「……いや、待て。そうか、部活か!」
瑠々の何気ない一言に閃くものを感じ、愛莉は突然立ち上がると、
「ありがとうルルー。悪いけど今日は先に帰ってて」
「え、え? アイリちゃん?」
そのまま愛莉は図書館を後にするのだった。