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8 前日譚、地中より愛を籠めて(後)

 ここからは、皆様ご存じの通り、夫ルイスと結婚し、娘のセイラが産まれ、今日まで生きてきました。

 私にはもったいないほど、満ち足りた、素晴らしい日々でした。時に苦しくもなりましたけれど、それも含めて、幸せでした。


 私は明日、きっと死ぬことになるでしょう。幸せになりすぎた私は、明日、ひっそりと死んでいくのです。


 もちろん簡単に、面白味もなく死ぬようなことはしません。私は曲がりなりにも作家です。物を書き、人を楽しませるのが仕事です。そんな私がつまらない死に方をすると思いますか。

 もとより私は、物語を盛り上げるために、誰かの死を利用することは好みません。死とはとても重く、それだけで物語が大きく動いてしまって、人の心も動かしてしまうのです。本当の作家の腕の見せどころは、死ではない何かでどこまで物語を面白くできるかだと、私は思っています。個人的な考えですので、受け入れられなくても構いません。意義のある方もたくさんいらっしゃると思います。


 けれど、せっかく本物の、紙の上のものではない死を経験するのですから、できる限り劇的に演出したいのです。見た者の誰もが忘れられないような、死に方を。


 まあそれは明日のお楽しみということで、ええと、あとは何を書き残すべきでしょう。


 私と言う人間が生きてきたすべては書いてしまいましたから、私から見た、私という人間について書きます。

 自分の内面を描くというのは、人生を書き起こすことより何十倍も気恥ずかしいものです。物語という建前を使って、私自身の醜い部分を世間に晒しては来ましたが、今回はそうもいきません。

 どうせこれが世に出されるのは私が死んで五年も経ってからなのですから、恥ずかしさを耐えながら、はっきりと書き残すことにします。


 自分で言うことではないかもしれませんが、私は皆様方以上に多面的で、時々自覚してしまうほど、人格が変わってしまうのです。

 ある人には、スイッチがあると言われました。ある人には、正反対の性質を同じくらい強く持っていると言われました。ある人には悪いところも多かったと言われ、ある人にはこれほど面倒な人間を他に見たことがないと言われました。皆様よく理解してくれていて、少し驚きました。

 皆様の言う私は、どれも私です。他人から見られた私は、私であり、しかし、私でないのです。


 頭のおかしい人間だと思われてしまうかもしれませんが、私は様々な人格から成り立っているのです。多重人格と言ってしまっては言い過ぎですが、それに近いものなのかもしれません。

 人は誰しも多面的で、時に人格が変わっているように見えることもあります。けれど、根本は変わりません。

 私はといえば、根本まで覆ってしまうような人格の変わり方をしてしまうのです。私自身もどうしてかはわかりません。わかりませんけれど、どうしても、変わってしまうのです。


 娘に強く当たりすぎることもありました。頑固な態度を取っていながら、ころころと意見を変えたりすることもありました。初対面の方に嫌味を投げつけてしまったこともありましたし、人の意見を取り入れようとしなかったこともありました。

 いつも冷静になってから、後悔していました。どうしてあのときあのように言ってしまったのだろう、そう涙を流したことは数えきれません。まるで、私の知らない私が喋っているような感覚でした。自分が何をしたか、鮮明に覚えています。その上で、私は私を止められないのです。


 衝動を抑えられない言い訳だと思われるかもしれません。それでも、構いません。私自身も信じられないのですから。

 私は言い訳をするためにそんな感覚に陥っているのではないか。そう何度も考えました。ですから、皆様がそう思うのも仕方のないことなのです。


 そうやって生きていると、次第に自分の中で矛盾が生まれてきました。冷静な私が、他の激しい感情を持った私に浸食され、もう自分でも何を考えているのかわからなくなってしまったのです。

 それらを殺すために、私は以前にも増して書き続けました。朝も夜も関係なく書き続けました。最低限の家事をやってしまったらすぐにペンを執りました。毎日毎日、来る日も来る日も書き続けました。


 そうして残ったのが、今の私です。この町に来た当初の、死を望んでいた私です。

 何も解決はしませんでした。どんなに矛盾を殺し続けて、私自身の人格すら否定しても、何も変わりはしませんでした。


 だからこそ、明日、私は死にます。明日、多くの人の心に残るような死を迎えます。


 ああ、今はとても穏やかな気分で、ようやく解放されるのだと喜びすら感じています。自分を殺すのはとてもつらかった。でも、明日になれば、殺す自分もいなくなる。


 私は土葬というものにとても魅力を感じます。冷たい土の中はきっと心地良いのでしょう。重たい土はきっと天へ昇ることを許さないのでしょう。ああ、ああ、なんて素晴らしい。生きたままそれを経験できたなら、どれだけ素晴らしいことか!

 私が死んだらあの場所に、天使の眠るあの土葬墓地に埋めてもらいたいものです。土に封じられ、天へ還ることもできない天使の傍で、私も永遠に土




 失礼、少々興奮して、咳き込んでしまいました。夜中だというに騒いでしまっては、夫も娘も起きてきてしまいますね。

 この手紙は、明日あの墓地で出会う人に託します。私をよく知る人でも、初対面の人であっても構いません。この手紙を託し、五年間、私に関わってくださった人々を見守ってくれるよう頼みます。


 もし誰にも出会わなかったら、これはどこかに埋めてしまいましょう。そのもしもは、きっと訪れないでしょうけれど。


 一年に一人、私の知り合いに会って、話を聞いてほしい。私についての話を聞いて、それを聞いての感想を書いてほしい。そして、最後にこの手紙を綴ってほしい。

 その本を、世に出してほしい。私という人間が何故死んだのか、それを多くの人に知ってほしい。


 明確な答えは出さずとも、もうわかるでしょう。私はこうして死んだのです。




 この手紙を手に取ったあなたへ、地中より愛を籠めて。

 では、私はこれで。


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