番外編 親友役のその先で~北村利也 side~ 前編
利也視点です!
アイドル利也も一人の年若い人間。緊張もするし友達とくだらない話もしたいんです。
ドラマ初主演。
『陽だまりの地図』で初主演が決まったと聞いた時、正直最初は信じられなくて、何度もマネージャーに聞き返した。
中学生で事務所に入って、学校が終わればレッスンへ向かった。歌もダンスも、頑張ればすぐに誰かが見つけて応援してくれると思っていた。
でも現実はそう甘くはなかった。
そしてなんとかNocTurneとしてデビューができた。今年でデビュー七年目。
デビューができたからと言って、安泰ではなかった。最初の頃は、LIVE会場のキャパは小さいし、その小さな会場でさえ空いている場所ばかり目に入った。帰りの車でメンバーとふざけ合いながらも、次はもっとお客さんに来てもらえるのかなとずっと考えていた。
名前を知ってもらえるようになったのは、ここ二、三年だ。
バラエティやドラマの仕事が増えて、今度はついに主演。
グループではセンターではない俺が、個人活動として出演者一覧の一番上にいる。
嬉しい。
でも、それと同じくらい怖かった。
『陽だまりの地図』の初の顔合わせの日、鏡の前で一度笑ってみた。
(大丈夫。顔だけは、楽しみにしている人になっている。)
控室に入ると、背の高い男が台本を開いていた。
朝倉海斗。主人公の親友、伊東港斗を演じる人だ。
最初の印象は「顔がいい」だった。それから、かなり緊張していた。
膝の上の台本を、両手で持っていた。
「朝倉さんですよね?」
「はい。初めまして、朝倉海斗です。よろしくお願いします」
俺に声を掛けられた海斗はすぐに立ち上がり深々と頭を下げてきた。
「NocTurneの北村利也です。よろしく!突然だけど海斗って呼んでもいい?」
「え、あ、はい」
「俺も利也でいいよ。海斗の一個下だし」
「でも、先輩ですし」
「親友役なのに、ずっとそれだと距離遠くない?役作りとして、普段から距離も近いほうがいいと思うんだよね」
俺の言葉に海斗が少し困ったように笑った。その顔を見て、俺も少し安心する。
「緊張してる?」
「……はい、してます。実はこういう大きい役、初めてなので」
「俺も主演は初めて」
海斗が俺を見る。
「一緒に楽しもうよ。分かんないことあったら、俺も聞くからさ」
「北村さんでも、分からないことあるんですか?」
「もちろんあるよ。今もどうやったら利也って呼んでくれるか分かんないし」
ようやく、声を出して笑ってくれた。
「……じゃあ、利也」
「そうそう。それでいいじゃん」
別に俺も余裕があったわけではなかった。でも、俺だけ緊張しているんじゃないと分かって、嬉しかったんだと思う。
本読みが始まると、海斗の印象は変わった。
俺が台詞を言うと、ちゃんとこちらを見て聞く。その返事を受け取ると、自分の次の言葉も、さっきより自然に出てきた。
本読みが終わったあと、つい話しかけた。
「海斗、お疲れ~」
「お疲れ様」
「さっき、めっちゃやりやすかった」
「俺も」
「本当?よかった!俺、実は一人で空回ってないか心配だったんだよね」
「そんなふうには見えなかったけど」
「隠すの上手いからね」
冗談にして笑うと、海斗も笑ってくれた。
その日のうちに、俺は連絡先を聞いた。
「距離の詰め方、本当に早くない?」
「だって仲良くなりたいと思ったときに聞かないと、忘れちゃうじゃん!」
「忘れるんだ」
「忘れたくないから聞いてんの」
海斗はそんな俺に呆れながらも、スマートフォンを出してくれた。
***
海斗は、静かなだけで冷たいわけではなかった。
スタッフに何かを渡されたら、必ず目を見てお礼を言うし、俺がふざけたことを言えば、意外と容赦なく返してくれる。
そして、スマートフォンを見ているときだけは、少し顔が変わる。
「海斗、何かいいことでもあったの?」
待機時間中にそう聞くと、海斗は不思議そうな顔をした。
「え、なんで?」
「いや今、笑ってたから」
「友達と連絡してただけ」
「へえ」
「ホテルで働いてる友達なんだけどさ、今日のドラマのビジュアル発表、職場で話題になってるって」
そう言いながら、また画面を見る。
同じ一日の中でも、俺に向ける顔よりずっと柔らかかった。
その日の夜。
マネージャーさんからの伝言で海斗を探していると、控室の隅で誰かと電話をしていた。
「海斗ー!マネージャーさんが――」
近づいてから、画面の向こうに人がいることに気づいた。
「あ、ごめん、電話中だった?」
「うん」
「友達?」
海斗が、一瞬画面を見る。
「望」
それだけで、俺には誰なのか分かった。
「あ!さっき話してたホテルの!」
画面の中の男の子が、とても驚いた顔をする。
明るい茶髪に、大きな目。海斗とは違う、親しみやすい雰囲気があった。
「望くん!はじめまして!北村利也です!」
『あ、柏木望です。はじめまして』
年齢を聞くと、俺と同い年だった。
「俺と同い年じゃん。じゃあ敬語いらなくない?」
『え、初対面で?』
望くんは、もう笑っていた。俺の距離の詰め方に引くより先に、面白がってくれた。
「俺、堅いの苦手なんだよね」
『……海斗。俺と同じタイプじゃん、この人』
「俺も最初そう思った」
二人のやり取りがとても自然で、どういう知り合いかを聞いてみた。
ほんの一瞬だけ二人とも黙る。そして、海斗が前のバイト先で知り合ったと答えた。
聞きたかったのはそういうことではなかったけど、続けて聞くのはやめた。
俺が知りたいと思ったからって、今答えてもらわなきゃいけないわけじゃない。
それよりも、海斗が以前ホテルで働いていて、しかも年下の望くんが仕事を教えていたことの方が面白かった。
『めちゃくちゃ真面目だったよ。小さいメモ帳ずっと持ってた』
「ちょ、もっと聞きたい」
「利也」
海斗に止められる。でも、その声も少し楽しそうだった。
「海斗、電話してる時の方が顔柔らかいね」
そう言うと、それを聞いていた望くんが分かりやすく嬉しそうな顔をした。
(なるほど)
でも、なるほどの続きは、自分の中にしまっておくことにした。
『北村君も想像してたより普通だね』
「それ褒めてんの?」
『めちゃくちゃ褒めてる』
俺は思わず笑ってしまった。
普通。
悪気なくそう言われたことが、何だか妙に嬉しかった。
友達がいないわけではない。メンバーは大切だし、仕事を通じて仲良くなった人達だっている。
でも、同年代で芸能の仕事をしていない友達は、いつの間にか周りにいなくなっていた。
放課後のレッスンも仕事も、自分で選んでしてきたことだし、何も後悔はしていない。
NocTurneの利也として声を掛けてもらえるのは嬉しい。ずっと、その名前を知ってもらいたくて頑張ってきたのだから。
でも、仕事とは関係のないところでも、俺自身と仲良くなってくれる友達がいたらいいなとは思っていた。
芸能人だからと、ずっと気を遣われるのではなくて、変なことを言えば遠慮なく笑って、くだらない冗談には「何それ」と返してくれる。
同い年の男同士として、何でもない話ができるような。
NocTurneの北村利也じゃなくて、ただの北村利也として、気楽に付き合える友達。
望くんは、俺が芸能人だと分かった上で、「想像してたより普通」なんて笑う。
まだ少し話しただけだから、どんな人なのか、全部分かったわけではない。
それでも、この人とはもっと話してみたいと思った。海斗の話をしているうちに、今度は望くん自身の話も聞いてみたくなった。
でも呼ばれていたことを思い出して、画面から離れる。
その前に、もう一度だけ顔を戻した。
「望くん、またね!」
『またって会う機会ないでしょ』
「作ればあるでしょ」
『陽キャこわ』
「褒め言葉として受け取っとく!じゃあね!」
初主演のドラマの仕事が始まって、親友役の相手と知り合った。
ついでに、その人の大切な誰かとも知り合った。
二人とも、また話したいなと思う人だった。
でも次にプライベートで会う理由は、まだない。まあ、それはこれから作ればいい。
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