2. 年上の後輩
新人教育といっても、初日に教えられることなんてたかが知れている。
チェックインの流れや、宿泊者名簿の見方、検索の仕方。アメニティの補充の仕方など基本的で簡単な業務を教えるだけだ。
俺が説明すると、海斗は片手で収まるほどの小さなメモ帳に、驚くほど細かく書き込んだ。
「そんな全部書かなくても、何回かやれば覚えるし、初日なんだしもっと気楽でいいんだよ。初日なんて、同僚の名前を憶えて、挨拶さえできてれば満点なのに」
「教えてもらったのに、忘れたらみんなに迷惑かけるだろ」
「ま、真面目すぎじゃね?、前のバイト、何してたの?」
「飲食店。上京してから、ずっと同じとこで働いてた」
「そうなんだ。なんで辞めてホテルに来たん?」
「店がつぶれた」
あまりにもさらっと言うから、俺はキーボードを打つ手を止めた。
「え、重。」
「結構、ショックだった」
「そりゃそうでしょ。何年くらい?」
「四年くらい」
どうやら高校卒業と同時に東京に来たらしい。
「大学は?」
「行ってない」
そこで俺は聞いていいのか少し迷っていると、海斗の方から俺の表情を読んだように
「俳優になりたくて、上京したから」
「ああ」
俺はとても腑に落ちた。そりゃあこの顔で芸能を目指さない方が世間様に申し訳ない。
「めっちゃ似合うね」
「何が?」
「俳優だよ」
「まだ、何にもなれてないよ」
海斗は少し自虐的に笑った。
「オーディションとかにも、ほぼ通ってないし」
「それでも、俳優の卵ってことでしょ?それってかっこいいけどなあ」
「卵と言っていいかわからないレベルだけど」
「あ!つまり俺は、未来の俳優が売れる前から知ってる超古参になれるわけだ!激熱だ」
俺がそういうと、海斗はまた少し笑って
「そしたら、俺が売れたら自慢していいよ」
「まじ?絶対自慢するわ!俺が育てた俳優ですって言う」
「ホテルの仕事を教えただけだろ」
「だとしても、育成したことには変わらんっしょ」
「まだ、初日なのに自分の手柄にするつもり?」
「そういうタイプなんで」
海斗は少し呆れたように笑った。
俺はその言葉を、思った以上に長い時間覚えていた。
海斗は覚えるのが早かった。
初日は緊張していたものの、一週間も経てば基本的なチェックイン業務や案内なんかは一人でも問題なくできるようになっていた。飲食店で接客をしていたからか、客への対応もとても自然だった。
それになんといっても、顔がとにかく良い。
ホテルの接客に、顔は関係ないと言いたいけど、実際には関係がある。
俺が説明すると不満そうな顔をする客でも、海斗が一言「申し訳ございません」と言うだけで、客の機嫌が良くなる。
「俺より、なんか客が優しくない?」
十五時からのチェックインの波が落ち着いたころに海斗に話しかける。
「そんなことないと思うけど」
「いや、絶対に顔だよ。海斗の顔面がクレームをはじき返してる」
「望も、結構お客さんに好かれていると思うけどね」
「俺は愛嬌で生きてるんでね。特におじいちゃんおばあちゃんには、可愛がられるんよ」
「自分で言っちゃう感じなんだ」
「いや、否定待ちなんだけど」
海斗は少し考える素振りをした後に
「望は可愛い感じだから、話しかけやすいんじゃないかな?」
「へ?」
真顔で唐突だった。
俺が他と比べると、可愛い系統の顔していることは自分でわかっていた。
身長も低いし、体も細い。目も他の人と比べると大きいし、髪も少し明るめにしている。初対面の人から怖そうと思われることは、多分ほとんどないはずだ。
だから、色々な人によく「可愛い」と言われるし、言われることにも慣れている。
でも、海斗に言われるのは少し、意味が違って聞こえてきた。
「海斗、それ誰にでも言ってたら危ないよ」
「何が?」
「その顔面なんだから誤解されちゃうよ」
「別に褒めただけなんだけど」
「ほら、そういうとこだよ」
海斗は本当に俺が何を言っているかわからないという顔をしていた。
無自覚なイケメンは、どうやらかなりたちが悪いらしい。




