第八十三話 気の利いた商人
更新大変お待たせいたしました。
あとがきにお知らせがございます……!
「おや、リシト。一人かい?」
「! セレ」
『姐さん!』
広場の鐘が、新たな時間の周期を告げる一回目の音を村へ響かせたあと。
ハルガさん、ファディス、自分たちの昼食も終え、改めてハイケア祭の出し物について色々と考えているところ、今度はセレがやってきた。
「ああ、今はな。さっきまでみんな来てたぞ」
『今日は朝からすでにいろいろありやしたね……』
ミゼルたちのアレコレに、ハルガさんとファディスのお酒談義。
たしかに、今日は既に濃い一日と言える。
「へぇ?」
セレは入り口からキッチンのカウンター席までやってくると、その一席に腰かけた。
「まあな。フゥとルゥはどうしたんだ?」
「父さんのところと、アンバー商会の商館にお使いに行ってもらったよ」
「なるほど。二人とも、働き者だな」
『さっすが兄さん方……デキる従魔はちがいやすねぇ!!』
ツークはそのつぶらな瞳を爛々と輝かせてフゥとルゥに称賛を送る。
「セレは、依頼前の昼食か?」
「いーや。この前、リシトに土産を持ってきたんだけどね。不在だったからさ──」
そう言いながらセレは自身のスキル【収納】で、何かを取り出した。
「これは……、もしかして」
「カベラさ」
「! やっぱり」
平らな皿の上に乗っていたのは、白身魚の切り身。
肉厚で食べ応えのありそうな白い身は、ほんのり赤みがかっている。
「王都だと、塩漬けの干物が多いんだよな」
パキア海をはじめ、多くの海でも獲れると聞く魚。
珍しい魚種というわけではないが、内陸に新鮮な生魚を輸送するにはコストがかかる。
ハイケアには塩の倉庫も多くあるため、ベレゼン王国の多くで食べられるカベラは塩漬けにされた干物。それを水で塩抜きしてから調理するのが一般的だ。
王都で新鮮なカベラ料理を食べるには、やや値段の高いレストランか、あるいは直接貴族らが商人から買い付けすることが多い。
「この前ベルメラが、ブラウンゴートの肉をリシトにあげれなかったって嘆くからさ。じゃあ、ハイケアで土産でもってんで、父さんにも聞いてみてこれにしたよ」
「さすがシグレさん……!」
『やはり旦那はわかってやすね……!』
長年王都に住んでいた俺にとって、海辺の街と聞いて思い浮かぶもの。
そこには間違いなく生魚がトップに君臨するだろう。
「喜んでもらえたならよかったよ。……一応言っとくけど、わたしは素材のことは多少知っていても、料理のことはさっぱりだからね?」
「いや、十分ありがたいよ。ありがとう、セレ!」
『姐さん、あざッス!』
「お安い御用さ」
セレが言うと、言葉の重みが違うな。
大商人の娘で【収納】持ち。
知識も豊富で、それこそ冒険者としてセレに採取依頼を頼んだとしても、必ず見つけ出してくれそうだ。
「あ、そうだ。ツーク、セレに聞いてみるか」
「ん?」
『なにをですかぃ?』
はて、と疑問符を浮かべるツーク。
……どうやらツークは、先日のことをすっかり忘れているようだ。
「シグルドさんに言われただろ。ハイケア祭のことは、セレに聞いてみろって」
『! ~そうでしたそうでした!!』
「あー、兄さんね。やっぱり一緒だったんだ。迷惑掛けなかったかい? 兄さん、感性が独特だったろ」
「う、うーん……い、いやいやいや。すごく助かったというか……なんというか……」
迷惑は一切掛けられていない。むしろ助けてもらってばかり。
スキルはもちろん、それを生かした能力も称賛に値するもので、素直に尊敬している。
ただ、感性は確かに独特で……一言でいうと、ちょっと変わってるというか。
いやいや、妹であるセレにそう言うのもなんだかな。
「遠慮せず、ズレたこと言ったら『変』って言ってやっとくれ」
「あはは……」
なんでもないことのように言うセレ。
あの兄にしてこの妹あり、か?
「ハイケア祭、……ね。祭りは三日間。聞いてるかもしれないけど、メインは最終日の剣術大会で、最初の二日間はハイケアとその周辺の街から食べ物なり工芸品なり、市民がいろいろ持ち寄るんだけど……。ん? もしかして」
「そうそう、グレッグさんの代わりに」
説明しようとしてくれたセレは、問いかけるように見上げてくる。
俺とツークは首を縦に振りながら、肯定した。
「はーん、なるほどね。じゃあ、料理の出店についてだね。もう申請して許可はもらってるなら、前日から初日の午前中までに商業ギルドで受け付けをして、細かい説明を受けるといいさ。出店は区画が決まってるから、あんまり大荷物だと作業がしにくいかもね」
「ふむ」
『ホー……』
その辺はツークがいるからどうとでもなるな。
ただ自分の使えるスペースはそう広くないと思っておくべきか。
「で、料理の出店区画内でやってるイベントとして、人気投票ってのがあるんだ。初日と二日目に訪れた人たちが気に入った料理に投票して、二日目の夕方集計するんだけど……」
「一つの目安にはなるかもだが、あくまで食堂の認知度を上げたいのが目的だからな。入賞できたらラッキーと思っておくよ」
もちろん一位になれたら一番いいんだろうが……なにせ初参加だ。
俺以上に気合いの入った参加者も多いだろう。
入賞常連の者だっているはず。
ともかく、多くの人に認知してもらえることが先決だ。
「だねぇ。ま、ツークがいるし、食材の保管方法とかも気にしなくていいからね。多少リシトに分があるかも」
「そ、そう言われると緊張するな……」
グレッグさんはどういった物を出してたんだろうか。
ハンナさんか、グレッグさん本人に聞いてみるのも手だな。
『ハッ』
「どうした?」
ツークが何やら、不安そうに閃いた様子。
『え、え~っと、食堂の認知度を上げるってことは、補助魔法の掛かった料理……ですよねぃ?』
「まぁ、その方がインパクトはあるだろうな」
「?」
『二日目の最後にアニキの料理を食べた人が、翌日の剣術大会に参加したりしないですかねぃ……?』
「! た……たしかに」
今までの経験上、俺の料理に掛けられた補助魔法の効力は、最大半日だ。
問題ないとは思うが……しかし、万が一イレギュラーなことがあった場合。
スキルを含め魔法禁止の剣術大会において、たしかにマズいか?
「どうしたんだい?」
「あ、いや。俺の補助魔法が掛かった料理を食べた人が、三日目の剣術大会に出たりしないかなって」
不安そうに問えば、セレはややイタズラな笑みを見せた。
「安心しなって。補助魔法を使うのは、何もリシトだけとは限らないじゃないか」
「! ということは」
「ハイケアはルルサハンとも交易が盛んだからね。『魔抗石』で出来た剣を使うのさ」
「『魔抗石』の……、剣!?」
『す、すげぇッスね……!』
名のとおり、魔法を無力化する希少な鉱石。
世界で最も産出量の多いルルサハン帝国が栄えた大きな要因の一つで、そのあまりの希少性からとてつもない値段がつくという。
帝国以外ではその性質から、主に罪人を繋ぐ鎖か、あるいは国防を担う者が特殊な武具として持ち合わせるかだ。
なにせ、仮に相手の魔法を無力化したとしても、自分に掛けられた回復魔法や補助魔法すら無効化してしまう代物。
自分のスキルでさえ発動を邪魔することも。
使いどころが非常に難しく、冒険者で所有する者はほとんどいないだろう。
そんな背景もあり、まず魔抗石で出来た剣なんてものは滅多にお目にかかれない。
この度大変ありがたいことに、TOブックス様より本作の書籍化が決定しました!
ひとえに本作を気に入っていただいた皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。
現在も長期で家を空けたり、花粉症などのアレルギーで体調がわるかったりすることもあるのですが、更新が滞った半分ほどの理由は書籍化の作業中でございました。
ご心配おかけしたかもしれませんが、創作活動は続けておりますのでご安心くださいませ。
詳しい情報は活動報告にUPさせていただきました。
TOブックス様の公式サイト、公式Xで素敵な表紙イラストも公開されております。特にツークファンの方は必見です!
物語を読む際、より人物像が想像しやすくなるかと思います。
今月下旬も家を空ける予定なので、なるべく今のうちに更新を目指したいと思います……!