第七十四話 幻想的な男①
次回は日曜日更新予定です。
「お、アビー。おはよう」
「ども」
『ッス!』
ひとまず今日から朝の仕入れ再開。
今後の予定も考えつつ、メナール達を迎えるために食堂の準備も行う。
【収納】の中と、氷室と貯蔵庫も一通り確認してメニューを考えよう。
思った通りというか、毎回一番に来るのはアビー。
開店前なので、ただ遊びに来ている感覚のようだ。
静かに読書するには丁度いいらしい。
「他の二人は?」
「メナールさんは剣の鍛錬で、ハルガさんは村の散策に忙しそうです」
「散策?」
「農作業の手伝いがてら、主に珍しい酒がないかを聞いて回っているようで」
「へえ。ハルガさんらしいな」
お酒か。ワインも作られていると聞いたし、俺も村を散策したいな。
それで祭りで出す料理のヒントになればいいんだが。
食堂再開を周知するためとはいえ、ハイケア祭の出店……結構責任重大で緊張する。
早めに準備しておかないと。
「依頼、お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう」
早速いつもの奥の席に着くアビー。
すっかり彼も定位置を得たようだ。
いいタイミングがあれば、アビーにもハルガさんにも名前を刻んで欲しいものだが……。
メナールみたいに、村にハウスを借りてるわけじゃないからなぁ。
村に滞在するのがどのくらいかも分からない。
そう易々と声を掛けることはできないんだよな。
「ツーク」
『お任せぇ!』
「? あ、どうも」
「ごゆっくり」
水にレモンを絞ってハチミツを入れた、いつもの飲み物をツークに転移してもらう。
アビーたちはお客さんでもあり、友人って感じだからこれくらいはサービスだ。
各々読書と作業に集中する。
俺はツークと共に氷室で今朝いくつか購入した野菜と、【収納】内の食材を考慮してメニューを考え。
アビーは黙々と本を読んでいる。
静かだ。
だが、それが何だか心地いい。
「──ん?」
と思っているとテラス側が何やら騒がしくなってきた。
人の声はしないものの、大きな何かが近づき食堂の前に停まる音。
「なんですか、アレ?」
「さあ……」
『騎士団……ではなさそうですねぃ』
アビー、ツークと共に外を覗き見ると、そこには豪華な馬車が停まっていた。
紋章はなく、大きさ自体はそれほどないものの。
真っ黒に塗られた車体と金の装飾、差し色のように塗られた赤い車輪がずいぶん目立つ。
周囲を見ても伴う騎士や従者はいない。貴族ではなさそうだが……。
しかしセレが護衛に就くシグレさんはともかく、商人であれば共の一人や二人はいそうだが、御者しか見当たらない。
入り口近くから恐る恐る馬車を見守っていると、中から一人のド派手な男が降りてきた。
「あ」
『わっ』
「うわぁ~……」
「歓声の無い村……か。たまには悪くない」
ゆるやかなウェーブのかかる薔薇色の長い髪。
甘い雰囲気を持つ顔立ちに、演劇の世界から飛び出したかのような衣装。
ルーエ村の雰囲気にはまるで馴染まない、輝かしい風貌。
そんな彼には見覚えがあった。
なにせ、彼の父親にはよく世話になったものだ。
俺たちは店の入り口にやってきたド派手な男、ミゼルマイドを迎えた。
「ミゼル、久しぶりだな」
「久しぶりだな、リシト。相変わらず独り身か? 寂しい男だ」
耳に残る甘い声は、女性であればどんな言葉も宝物のように聴こえるに違いない。
久しぶりに耳にしたそれが変わりないことに安心しつつ、やたら鋭い質問に答えた。
「いやぁ、アハハ。まぁ、楽しくやれてるよ」
『アニキにはオレっちがおりやすのに、何言ってるんでしょうかねぃ?』
「いや、ここでの意味はそういうことじゃないと思うぞ……」
男の中の男、ツークは色恋話には疎いようだ。
「……」
「ん?」
ミゼルの強烈な印象に驚いた様子のアビー。
驚きのあまりか表情すら固まって動かない。
確かに初めて見たら、そうなるよな……。
ミゼルはアビーの様子に気付くと見当違いな解釈をした。
「ああ、失礼。おれが美しすぎて──すまない」
「『……』」
「見惚れて言葉も出ないのは仕方のないこと。悪気がないのは分かっている、気にしないでいい」
「あ、相変わらずだな……」
とんでもなくポジティブというか、何というか。
「いや、皆まで言うな。例え歴戦の戦士、あるいは高貴な者であってもおれの美しさにはその思考すらも停止する。おれが美しすぎること、それこそが罪なのだから」
「はぁ~~~~~~?」
『またクセの強いお人が現れましたねぃ』
ツークに言われたらおしまいな気もするが、確かにその通りだ。
とにかく困惑しているアビーに紹介しないと。
「え、えーっと、アビーは初めて会う……かな? 彼は『幻槍』のミゼルマイド。同じAランクだし、名前は聞いたことあるよな」
「あ、あぁ……この人が、あの……」
「多分、そのミゼルで合ってるぞ」
「うわぁ……初めて見た。ど、ども。アビケインです……」
「ふむ、なるほど。君が『治癒の書』か。よろしく」
女性からの支持は熱狂的で好意的なものが多いが、男性からの評価は二分している。
最も成功した冒険者の一人として彼を称えるか、女性に絶大な人気のあることを良く思われていないかのどちらかだ。まあ、羨望されるか妬まれるかという点ではメナールと似たようなものだ。
だが、持ち前の明るさ……いや、明るさなのか?
ともかく謎のポジティブさで一応コミュニケーションはとれる。
社交的でもあるから、メナールよりミゼルに憧れる男性冒険者も多いんだよな。
「急にどうしたんだ、依頼か? 舞台もあるし、王都から遠くにはそう行かないだろ」
「今はオフシーズンだからね。冒険者稼業に精を出そうかと思ったのだが……どうも好敵手が今、王都に居ないようだ」
「へ~、ミゼルに好敵手……」
「舞台……?」
「冒険者と舞台俳優を両立するためのコツかい?」
「いや、別に聞いてないです」
「それはね、──おれだから可能なのさ」
「中身が無いなぁ……」
好敵手……、王都でミゼルより目立つ奴ってことだよな?
メナールは目立つ行動は避けている節があるし、彼自身ライバルがいるなんて言ってない。……他に誰かいたっけか。
「ところでリシト。奴はどこだ?」
「?」
「メナール・アイレ。いるのだろう」
「! やっぱりメナールなのか」
多分メナールはそう思っていないだろうが。
「メナールさん? が、あなたの……好敵手~~?」
アビーも同様に疑問を抱いているようだ。
「ふっ。あまり王都に滞在しない君は知らないかもしれないが……。冒険者で最も強く美しい男と言えば、必ずおれの名が挙がる」
「そ、そうですか」
「だが、次点でよく名の挙がるメナール・アイレが、近頃辺境に居ると耳にしてね」
「ミゼルは舞台以外にも忙しいからな。ギルドも頼み事しづらいだろ」
その容姿に加え舞台俳優、おまけにAランク冒険者という珍しい経歴の男。
王都の女性たちが放っておくわけもなく、ミゼルには王都を中心として活動を応援する同好会が存在する。
彼女らに囲まれているミゼルを見たことがあるが……、その人気は凄まじいものだった。
その会の支援者には豪商の娘や貴族の令嬢なんかもいて、ミゼルは彼女らと茶会を開いたり、共同開発の商品なんかを作っているらしい。
舞台には事前稽古もあるし、純粋な忙しさでいえば俺やメナールよりも遥かに時間のない男だ。
「リシト、君はそんなだからモテないんだ」
「え?」
『ちょっ、なっ、なんてコト言うんですかねぃ!?』
今の会話のどこにモテ要素が……!?
「おれは確かに美しく、強い。そんな自分に絶対の自信を持っている……が、他人の目にそれがよりハッキリと映るためには、比較対象が必要なのだよ。つまり、好敵手」
「へ、へぇ」
わざわざその相手がメナールというのは、本当に自分に自信があるんだろうな。
「意外とストイック……」
「なんでも、君もメナールと一緒にAランクの獄炎鳥を討伐したとか」
「ああ、この前な」
「ということは、つまり。彼一人の力ではないわけだ」
「いや、一人でも余裕だったとは思うが……」
たまたまギルド前で会っただけだし、本来メナールが一人で受ける依頼だったからな。
「あれほど一人で依頼を受けてきた魔法剣が別の者を伴うというのなら……、よほど手ごわい相手なのだろう」
『めちゃくちゃ一撃でしたよねぃ……』
「つまり! おれが一人で討伐すれば、更に上を行く評価を得ることになる!」
「ま、まあ」
「でも、奥まで見回った感じ、Aランクの魔物は居なかったんですよね?」
「そうだな。飛翔猿が居たくらいか。獄炎鳥は元々、こっちによく来る種じゃないらしいぞ」
「むっ、そうか……。奴が村に居る間に見せつけてやろうと思ったが……」
どうやら当てが外れたらしい。
ミゼルが顎に手を当て考え込むと、背後より凛とした声が響いた。
「何ですの? このふざけた男は」




