第四十五話 パン屋にて
村の広場を空から見たとすると、宿とギルド、それから雑貨屋は広場の北の方に位置している。
四方向には大きな道があり、北西には主に農耕地へと続く道が。
北東には騎士団の砦。
南西は俺たちが初めて訪れた時に着いた村の入り口、ハイケアへと続く街道。
南東はベルメラやメナールも住むらしい、家が立ち並ぶエリアへ。
多くの施設は広場かその四方向の道沿いに連なっていて、とても利便性がいい。
村には急な勾配があるエリアもそう多くないから、移動が楽で助かる。
『パン屋ッパン屋ッ』
「またお気に入りのパンが見付かるといいな」
肉屋を出た俺たちは、北西に伸びる道の途中にあるというパン屋さんへ向かうことに。
道なりに建物が立ち並ぶものの、ふと右手奥を見れば緑の豊かな大地。
なだらかな丘になっているところもあれば、平坦な畑が続いていたりと色々な作物を植えているようだ。
特に収穫前の小麦が多くを占めているようで、青から茶に変わる穂波が美しい。
「小麦の産地なら、パンもたくさんあるかな?」
『イエーイ!』
ツークは肉も好きだが、パンも好きらしい。
ハイケアで買った時も妙に気に入っていた。
「──ここか?」
ハンナさんから聞いた場所には、こじんまりとした外観ながらも味のある年季の入った大きな木製の扉が目を引く建物。
入り口脇には花や植物も綺麗に植えられていて、手入れが行き届いている。
壁には同じく年季の入った木の板で『パン』と書いてあるから、ここで間違いはないと思う。
貴重なものに触れるよう優しく扉を引くと、正面奥に位置するカウンター内のマダムと目が合った。
「あ……、どうも」
「はい、いらっしゃい」
おっとりとした白髪の女性は、笑顔で手招きして俺を迎え入れてくれた。
「初めてかしら?」
「あぁ。最近、この村に来たもので」
『! パン、発見ッス!』
店内を軽く見回すと、女性のいるカウンター周り。
そこの棚にパンがたくさん置いてある。
茶色のライ麦パンから、白いパンまで大きさも様々な種類が置いてあった。
「けっこう、白いパンも多いんですね」
「ええ。領主様に献上してもなお、余りあるほど小麦が作られていますから」
「へぇ」
王都のような流通の多い大都市はともかく、こういう自給自足が主な村でも上等な小麦がパンに使われている。
勝手なイメージだったが、地方では貴族や有力者しか食べられないものだと思っていた。
ここの土地が豊かな証拠だな。
もしくは領主のおかげなのか。
「どういったものがお好みですか?」
「そうだなぁ」
『オレっち、アレが食べたいッス!』
「ん? あれ?」
肩でツークがビシッと指さすのは、ほんのり香ばしさの漂う四角いパン。
周りには何かの種だろうか? それが表面にいくつもくっついている。
「炒ったカボチャの種ですよ」
「あぁ、なるほど!」
どうりで反応するわけだ。
ツークはよく植物の種を口いっぱいに頬張るんだよな。
焼きたてだろうか?
甘みのある香ばしい匂い。
表面は種でサクサクとした食感が楽しめそうだ。
中はきっと、熱気と共にふわっとした生地なんだろうなぁ……。
食べたい。
「じゃ、じゃぁ。これを一つ」
「はい」
『おひとつで足りやすか!?』
「ツークの食べ過ぎ防止だよ」
『タハー』
どうやら好きなものを注文すると、取ってくれるスタイルのようだ。
これは自分たちで食べる用だから一つでいいだろう。
「あとは……」
表面の皮が固そうなパンに、ハーブだろうか?
さきほど同様何かがまぶされたパン。
おそらくクルミがふんだんに入った、どっしりとした生地のパン。
細くスライスされ、やや酸味のある香りがするライ麦パン。
全体的に食事のお供として食べるからだろうか。
やや固めで、甘みは控えめなパンが目立つ。
しかしどれも形や色合い、添えられたアクセントとなる食材も異なっていて、なかなか絞ることができない。
もはや全部食べたい。
「あっ」
『どうしやした?』
俺たちの昼ご飯はグルートクロコの余りを使って食べる。
それを挟めるパンがあるといいよな。
「じゃぁ、これ」
「お一つですか?」
「二つで」
「はい」
シンプルな長いパン。
横に切り込みを入れたらちょうど具材を挟むのにぴったりだ。
「あとは……」
今度こそ食堂で出すときに添える用のパンをいくつか見繕って、購入。
全部で銅貨六枚だった。
随分安いなと思ったが、どうやら家族で小麦を生産し製粉まで行い、粉屋も兼ねているらしかった。
王都にいる時よりたくさん買えて、お得な気分だ。
「ありがとうございます」
「また来ます」
『あざッス!』
俺とツークは上機嫌でパン屋をあとにした。