第四十六話 想定外の客①
「──あっ、忘れてた」
『どうしやしたアニキ?』
食堂へと戻った俺とツークは、手早く作った昼飯を食べ終えギルドへ向かおうとしていた。
昼は濃い目に塩胡椒で味付けしたグルートクロコの肉を、香草と一緒にパンに挟んで食べたが中々旨かった。
手軽さもありながら、パンの程よい固さで噛み応えも充分。満腹だ。
今日は早めに予定が立ったのでハンナさんの分も差し入れておいた。
口に合うといいが。
「パンくずのこと聞くの忘れてたな」
チーズを削って食材に降り注ぐが如く、細かく粉砕したパンくずをまぶして油で揚げると、小麦粉とはまた違ったサクサクとした衣になるらしい。
確かに王都のレストランでそれらしい料理を見た気がする。
実際に口にはしていないが、しっとりもちもち、ふわふわとした普通のパンの食感からは想像ができない。
『ほえ~』
「それを使って揚げると、サクサクになるらしいぞ」
『パンが……サクサク~? またまたぁ』
早くツークにも食べさせてやりたいな。
「じゃ、ギルドへ行きますか」
『うい~~~ッス!』
食堂の窓をすべて閉じて、さっそくギルドへと向かう。
◇
「……ん?」
ギィっという音と共に、ギルドの扉が開く。
今は午後、昼時も過ぎたころ。
ハイケアから来た冒険者が帰還するんだろうか。
朝は誰もいなかったはずだが……。
「……」
『わっ』
──鋭い。
一言で表すと、そんな雰囲気を持つ人物がぬっと扉から出てきた。
『ヒュー、背ぇ高いッスねぇ。ハルガ先生といい勝負でさぁ!』
……いつからハルガさんは先生になったんだ?
しかし確かに背の高い、黒髪の男だった。
俺より頭一個分は確実にでかい。
研がれた雰囲気に似て、目つきの鋭い整った顔立ちをした男。
ギルドへと進む俺たちとは対照的に、彼は宿の方へと歩もうとする。
必然的にすれ違うことに。
「……? ──うわっ!?」
『ピャーー!?』
纏う雰囲気とは裏腹に、踏み出した一歩はどうにも頼りない一歩で。
ぐらりと倒れかけたのを見た俺は、慌てて駆け寄りツークが乗っていない右肩で受け止めた。
「お、おい!? ちょっ、大丈夫か?」
返事がない。
声は出さないものの、肩が上下する様子からは体の不調がうかがえる。
外傷がないかと確認すれば、露になった腕には細かい傷。喉元には包帯が巻いてあった。
……古傷が痛むのか?
それにしては血の滲んでいる様子もない。
伝わってくる熱は俺のそれよりも高い。
体全体が熱を帯びているようにも思える。
こういう状態を、前に一度だけ見た気がするが……。
「アビーはいないからな……。ひとまずツーク、ポーションを」
『へ、へいッ』
ツークに声を掛けると無造作に伸ばされた黒髪の隙間から、金色の瞳がうっすらと覗く。
ちらりと俺を見たかと思えば、益々細められた。
「……っ。誰だ、貴様」
「え、えぇ!? と、通りすがりで……」
ものすごく不愉快そう。
そりゃぁおっさんの頼りない肩じゃ心もとないかもしれないけど、いきなりそれはちょっとひどい。
「……ハァ、っ」
「お、おい」
俺にもたれ掛かる男は、益々息が荒くなる。
なんだっけ、どこで見たんだ?
どういう状態だっけ……これ!?
『あ、アニキィ! もしかして……魔力欠乏症なんじゃ……?』
「! そうか」
それだ。
以前、俺がまだCランクの頃。
Dランクの冒険者と組んだ際に、魔力切れ中だというのに無茶をした魔術師がこうなったのを見た。
魔力欠乏症はたとえ回復術師でも易々とは治せない。
スキルはともかくアビーが言うところの魔素吸収量や魔力変換効率。
人が持つ元々の魔力の性質を変えることは、回復魔法では至難の業だ。
魔力切れというのは時間が経てば解決する。魔力生成の機能には問題がないからだ。
だが、魔力欠乏症というのは単に蓄えた魔力が尽きた状態じゃない。
アビーが言うところの魔素吸収、魔力への変換といった魔力生成の過程に異常が生じている状態。
あるいは魔力切れが常時起きるほど、生成が追い付いていない状態。
手足が痺れる程度の魔力切れに比べ、魔力欠乏症というのは飢餓状態にも似た渇き、骨が軋むような痛みがずっと続くという。
彼はそれらと今戦っているに違いない。
ともかく、魔力切れなら手足が痺れる程度。
それは冒険者ならたまに遭遇することではある。
彼の状態から察するに、恐らく魔力欠乏症と見た方がいいだろう。
アビーなら詳しいことが分かるんだろうが……。
『へいアニキ、ポーションですぜぃ!』
「ありがとな。……えっと、飲めるか?」
「……ハァ、無駄、だ」
それもそうだ。
仮に彼の状態が魔力欠乏症なら、体を治す効果のポーションでは根本的な解決にはならないはず。多少楽になるくらいだ。
ど、どうする。
『! アニキ、アニキ』
「どうした」
『料理に補助魔法を掛けて、食べてもらったらどうですかい?』
「! ……なるほど」
アビーの予想通り、俺のもう一つのスキルが【魔力付与】のようなものであれば、今この場で治せるはず。
だが、今彼に魔力を渡したいとだけ願っても効果は表れない。
つまり俺の場合、補助魔法を掛けると同時に魔力を付与しているんだと思う。
しかしそれだと魔力欠乏症や魔力切れの者にはリスクを伴う。
本来相手の魔力に働きかけるのが補助魔法だ。
魔力が尽きかけている相手にやるには危険。
そもそも俺はそこまで自分の能力を理解していない。
その点料理なら安心だ。
食べることで魔素も補えるはず。
「君、ちょっと我慢できるか?」
「……、?」
「とりあえず、一緒にそこの宿まで来てくれるか?」
「……チッ」
『ッカー! 礼儀のなってねぇ奴ッスねぇ!』
「アハハ……」
ここ最近、ウェントやベルメラのような……ちょっと俺をよく思っていない若者と接してきて、こういうのに慣れた感じはある。
それよりも、彼の容体の方が心配だ。
魔素の吸収が上手くいっていないのか、それとも魔素から魔力への変換機能に異常があるのか……。素人の俺じゃ分からない。
俺の【鑑定】だと、【魔力欠乏症】状態ってことを読み取れる程度。
こういう時アビーがいてくれたら助かるんだが……。
「よっ」
向き合うように支えていた体を、彼の右腕を首後ろに通して同じ方へと歩けるように支えなおした。
「歩けるか?」
「…………チッ」
『弱ってるヤツを転移するのもアレですよねぇ』
「大丈夫だツーク、ありがとな」
彼は体全体に力が入らないみたいだった。
半ば引きずるように運び、奥の大きなテーブル席に座らせ急いでエプロンを身にまとった。
キッチンから謎の男を見れば、一番左。
俺の名が刻まれた席より最も遠い席でぐったりと机に上半身を預けている。
こうなることを予想して広めのテーブルへと案内しておいてよかった。
「すぐに作るから、待ってろよ」
「……」
「とりあえず、水置いておくから」
ツークに出してもらったコップに水を注いで置いておく。
魔力欠乏症。こんなにキツいものなんだな。
「キライなものがあっても文句は言わないでくれな」
さきほどパン屋で一つ、有用なことを聞いた。
それが早速役に立つとは思わなかったが。
「固めのパンをくり抜いた中に、シチュー……か」
ツークと話しながらパン屋で何を買うか迷っていると、こういう食べ方があると提案をしてくれた。
シチューといえば、王都で見かけたワイルドボアのシチューを思い出す。
「ツーク、彼に異変があったら教えてくれ」
『ウイッス!』
ツークはカウンターの高い位置に乗って、俺の手伝い兼彼の見守り役として張り切っている。尻尾を立てて気合い充分な様子だ。
「さ、急いで作ろう」
俺たちの分は夜食べるとして。
ひとまずシチュー、作るぞ!
◇
「早くも使うことになるとは」
ヘルバイソンの肉。
魔素が一番豊富そうだったから、これを早速使おう。
まずは、タマネギから。
上下を切って落として、固い皮をむいて流し台の端に寄せとく。
んで半分に切って、親指サイズに……。
……いや、買ったパンを器に見立てるなら、もう少し小さい方がいいか?
パンの幅は俺の掌くらいだもんな。
煮込む時間の短縮にもなるし、その方がいいか。
大きさは爪くらい?
さっそくまな板の上で、細かく切っていく。
ついでに彩りにいいと言われた赤と黄色のパプリカ。
これもタマネギよりちょい大きい程度に切っていく。
……。
…………。
よし、こんなもんだな。
『色がありやすと、華やかですねぃ!』
「だな」
野菜はこんなもんか。
……あ、トマトもだ。
煮込んでスープ状になるよう、同じく細かく切っておく。
あとは肉を一口サイズに。
塩と胡椒をもみ込んでおくんだったか。
「彼の様子はどうだ?」
『突っ伏したまんま動きやせんねぇ』
「そうか……」
ああいうのは体力が戻れば治るものなんだろうか?
よく分かっていないと、もどかしいな。
「ツーク、フライパンとってくれ」
『ウイッス!』
背後の壁に掛けられた大き目のフライパン。
ツークがぴょいっと飛び跳ねてタッチして、転移でコンロに置いてくれる。
「火を点けといて……」
薪に火が行き渡る間ニンニクの皮をむいて、包丁の面で軽く押しつぶした後細かく刻んでおく。
相変わらずの香りがキッチンを満たした。
……うーん。多すぎたか?
ちょっと強い香りの方が、パンには合うよな?
「よし」
大体の下準備はオーケー!
あとは、
「あっためて……」
オリーブオイルをさらりと垂らし、熱で温める。
手首を回してフライパン上に行き渡らせたら、まずは肉を焼く。
『ハァ……すでにお腹が……』
「俺たちは食べたばかりだろ?」
まったく、ツークは本当に食いしん坊だな。
まぁ、弾ける音と共に勢いよく焼かれるヘルバイソンは、たしかに食欲をそそる。
美味しいという事実が目と耳で分かる。
火を通すと、ややワイルドな香りが立ち込めた。
全体的に焼き目がついたら、いったん皿に移して別にしておく。
「お次はタマネギっと」
茶色くとろとろになるまで炒める。
ニンニクみたいに香りも刺激も強いはずなのに、炒めると甘く感じるから不思議だ。
料理をするってのは、そんな不思議でいっぱいだ。
材料を揃えただけでは想像もできない料理ができたり、食材の意外な一面を知れたり、……ただ見るだけじゃ分からない。
作ってみて、はじめて分かることがたくさんある。
俺の二十数年の生活は、毎日それの繰り返しだったな。
「そろそろいいか」
茶色く色づいてきたタマネギが、そろそろだと合図してくる。
そこへトマトと赤と黄色のパプリカ、肉。
それから、料理の要であるパプリカパウダーを投入!
『ハンナさんが買ってたやつですよねぃ? なんですかい、それは?』
「赤いパプリカをカラッカラに乾燥させて、すり潰したやつだよ」
『ほえ~』
「色付けと、味としては……そうだな。甘酸っぱさがあるかな? 苦味はそんなに強くないけど、なくもない。煮込み料理にいいぞ」
トマトと相性ばっちりだ。
タマネギ、トマト、パプリカ、ヘルバイソンの肉に行き渡るように木べらで万遍なく炒めて絡ませる。
そこに具材が浸らない程度の赤ワインを入れて、風味と香りをプラス。
これで肉の臭みはほとんど無くなるはず。
水分が飛ぶまで、強火のまま炒める。
「……そういえば、村でワインを作ってるって言ってたな」
『ハルガ先生が喜びそうですねぃ!』
「だな。うーん……今後もメナールが二人を連れて来ることもあるだろうし、酒も常備しておきたいな」
さすがに毎度店の酒を拝借するのはな……。
今【収納】に入っているのは料理用に買ったやつだし、量もない。
『今度行ってみましょうよアニキィ』
「そうだな。……ワインか。料理でちびちび使う程度で、飲む機会はあまりないからな」
王都ではハウスの家賃を払っていたから、嗜好品に割く金がそうなかった。
ほとんど冒険者としての必需品を揃えるのと、料理用の出費に消えていた。
酒を飲むにしても、安酒だったからな。
『もうそろそろいいですかい?』
「あぁ」
湯気が立ち込める場所からフライパンをのぞくツーク。
ひくひくとしていた鼻がピタッと止まり、その芳醇な香りに目を瞬かせた。
『ホワー!』
「ハハ、一気に鼻にくると、ちょっとアレだよな」
俺の何倍も鼻が利きそうなツークには、ワインの香りがツーンとした刺激になったかもしれない。
「あとは水を入れて……」
ちょっと煮込む。
具材を細かく切っといて正解だった。
机に突っ伏す彼を横目に、ツークに言って買ったパンを取り出してもらった。
『このままでもうまそうですよねぃ』
「ツークってパン、好きだよな」
小麦粉とライ麦をブレンドして作ったというパン。
農耕地が近くにあることに加え、領主に献上してもなお余りある生産量というのは領民にも豊かな食生活をもたらすんだろう。
王都と比べて、値段も手頃だった。
パンは横に大きく、厚みはボウルほど深くもない。
これを皿に見立てるのか。
中身のくり抜き方、結構大事だな……。
「ツーク、スプーンくれ」
『はいよぉ』
しっかり焼かれた茶色のパンを横にして、包丁で蓋となるようてっぺんを切り落とす。
中からは白と茶色の混じった断面が現れた。
「くり抜いた中身はツークにやるよ」
『っしゃああああぁぁ!!』
俄然やる気の出たツーク。
五秒に一回、彼の方を見て『異常なしッス!』と報告してくる。
食い気が直接やる気に繋がっているようだ。
「こんな感じなのか」
ふんわり、というよりはもっちり弾力、ちょいふわ。
スプーンで器になるように中身をくり抜こうとしても、ボロボロとならずしっかり形を保つ。
パンを手作りしたことはないが、せっかくかまどもあるし何か作ってみたいな。
「できた」
『オー! 完全に皿ッスねぇ』
蓋つきの皿……、というか、小鍋?
のようなパンの器ができた。
「こっちはどうかな」
フライパンを見れば、具材は大体煮えているようだ。
あとは味の仕上げ。
塩とニンニク、それから王都で買ったいつものスパイス。辛くはなく、柑橘系の皮と数種類のハーブから出来てるって商人は言っていたが……具体的な中身はよく分かってない。
……こんなもんか?
ちょっと味見。
……うん!
トマトとパプリカのさっぱりとした酸味が、いい!
「もうすぐだぞ」
『イエーイ♪』
シャカシャカと上下に腕を振り出したツーク。気分は最高潮だ。
……俺たちが食べるのは夜だと分かっているんだろうか?
平皿にパンの器を置いて、セッティング。
あとは注ぐだけ。
「────よし!」
パン屋で教わったシチュー、完成!




