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第四十話② VSグルートクロコ【メナール視点】


「……」


 騎士団の夜警中に目撃情報のあった、魔物の討伐依頼。

 北方からヨミの森を通り村近郊へと流れる川。

 向かう道中、さきほどのことをどうしても考えてしまう。


「メナール殿は元気がないであるなぁ」

「……考え事じゃないですかね」


 いくら間が悪かったとはいえ、自分のことを棚にあげて言うべきではなかった。

 確かに彼女の性格は周りを振り回し、元々は戦いに生きる者でもない。

 その言動に辟易することももちろんあるが……。

 先ほどの事は、私にも反省すべき点がある。


 兄さんや父、あるいは騎士団の者たち。

 私はきちんと彼らと向き合い、『誤解』であると声高に叫んだのであろうか?


 どこか諦めにも似た感情をもって、わずかに持っていた希望を押し殺して逃げ出したのではなかったのだろうか。


 自分にも他人から見れば気がかりな部分もあるだろうに。

 他人の粗さには、目ざといというのか?

 それとも、自分と同じようなものを感じるからこそ目につくというのか?


 彼女のあの性格は、貴族の。それも長子であり且つ女性。

 私とはまた違ったものを抱え、一人逆境の中努力を重ねてきたがゆえのもの。


 頼れるはずの者たちは己の足を引っ張るばかりか、領のために尽くしてきたとは言えない者に自分の大切に思っていたものを奪われることになる。


 元々真面目で責任感の強い彼女のことだ。

 それすらも自分の至らなさゆえであるかと悩んだことだろう。


 自分で。

 自分が。

 自分さえ。


 愚直に道を突き進んできた結果、周りが見えていなかったという点には覚えがある。

 私の剣の道も、きっとそうだった。

 兄の心境などまるで分かっていなかった。


 だが、仮にそれを今理解したところで過去に戻れるわけではない。

 彼女はきっと──


「──しかし、強化(バフ)というのはいいものであるなぁ! 見よ、盾がこんなにも軽い!」

「ちょ、あぶなっ」

「……ハルガ、危ないぞ」


 自分の体を覆うほどの盾を、軽々と振り回す。

 リシトさんに力が上昇する【雷のような猛威(ヴィス・サンダー)】を料理に掛けてもらったからだ。


「もー。……それで、なんでしたっけ? グルートクロコ?」

「あぁ。村に近寄る前に叩く」

「大型で獰猛なワニ……。水魔法が得意、であったな」

「ハルガより大きいからな。気を引き締めていこう」

「うわー……ハルガさんより大きいとか。ムリ」

「アビー殿は吾輩の後ろに控えておくといいである!」

「言われなくてもそうしますよ……やだやだ」


 村を東南の道から出て、ヨミの森へと徐々に近づく道のり。

 ハイケア側ほどではないが、畑や麦畑、放牧地といったのどかな景色が脇に広がる。


 遠くにそびえ立つ山は深い緑の森を有しており、それに向けて歩を進める我々はさながら探索者のようだ。


「森に入ったら、まず水辺を探すぞ」

「はーい……」

「楽しみであるなぁ!」

「……うそでしょ?」

「はぁ。ハルガは生粋の武人だからな」


 だからこそ、剣の道しか知らなかった私にとって、気兼ねなく接することのできる人物となった。


 そして、剣以外の。冒険者としての指南をしてくれたリシトさん。

 自分の知らない世界を教えてくれた彼に対して、憧憬の念を抱くのも無理からぬことだ。



 ◇



「ふむ」

「うえ~、引きずり跡~」

「この辺りにいるであろうなぁ」


 到着すると、森の中を流れる川辺へ。

 村近郊を流れる川から逆算して大体の位置は分かっていた。

 問題は、目撃情報のあったグルートクロコの所在であるが……。


「陸では四足歩行。腹を付けず歩くから、素早いと聞くが……。獲物を引きずった跡ということか?」

「もーやだ、帰りたい」

「まだまだこれからだぞ! アビー殿!」


 倒れた木々や木の根が水の流れを海へと導く川。

 土砂は少なく所々に大きな石がある程度。

 それほど深い場所でもなかった。

 水中に引き込むのであれば、もう少し深い場所だろう。


「さらに奥か」


 奥地へと足を踏み入れようとした時だった。


 ──パキ


「「「!」」」


 右奥。

 進行方向の木々の合間より、大きい物体が木の枝を踏みしめる音がした。


「ふむ、手間が省けたか」

「……冷静ですね」

「ワッハッハ! 吾輩の出番であるなぁ!」

「任せた」


 言うとハルガは、まるで「見つけてくれ」と言わんばかりに背負った盾を堂々と構え音へと近づいた。


「足場わっる」

「アビーは無理をしないでくれ」

「はーい……」


 ハルガが止まる。

 同時に音も止まり、両者が見合った。


「うえ~、でっか」


 人の中でも体の大きいハルガ。

 さらに二倍ほど大きなグルートクロコ。


 四つ足でゆったりと近づいてきたかと思えば、ハルガを目の当たりにすると後ろ脚だけで立ち、体をさらに大きくみせ威嚇した。


「その意気や、よし!」

「全然よくないよ……」


 ハルガは、初撃を()()止める。

 それを見越して動く。


 グルートクロコはその大きな口でハルガへと襲いかかった。


「せええええええい!!」


 鋭い歯と金属のかち合う音が聞こえると、縦に割れた瞳がギョロリと跳ねる。


「……魔法!」


 まるでニヤリ、としたかのようなその眼がハルガを射抜いた。


「アビー殿、吾輩の後ろへ! ────ぬんッ!」

「っ!」


 大きく開いた口は盾に阻まれたかと思えば、その喉奥より水魔法を射出しハルガを貫こうとした。

 だが、ハルガのスキルに瞬時にかき消される。


 ハルガのスキルは【神威(かむい)】。

 爆発的に魔力を消費する代わりに、無敵の時間を得るという驚異のスキル。


 だが、ハルガは魔素の吸収量が人よりも低く、魔力が少ない。

 ゆえにハルガは、一秒。

 それを小刻みに発動させることで継戦能力を得た。


 父のような【見切り】のスキルがなくとも、相手が動きを止める瞬間。

 それを己の経験で見極め、発動する。

 まさに歴戦の武人。


「ハルガ、そのままだ」

「承知!」


 さきほどと打って変わり、驚きに満ちた眼で後退しようとするグルートクロコ。

 だが、ハルガが盾を持たない方の手で相手の左腕を力いっぱい掴む。

 あまりの力に、ボキボキと物騒な音が響いた。


「【光の槍(ライト・ランス)】」


 アビーは尻尾と両足。

 それを魔法で地面に縫い付けた。

 チャンスだ。


 グルートクロコの真後ろに回り、剣を構える。


「──っ」


 しまったな。

 位置が悪い。

 ハルガと挟み込むように位置取ったが、風の魔法剣を使えばアビーに掠めるか……。


「──メナールさーん、全力でどうぞー」

「!」


 気づけば、アビーは自身に【光の盾(ライト・シールド)】を張っていた。

 これなら……!


「魔法剣──【風刃(ウィンド・スパダ)】!」


 勢いよく風の流れを纏った剣。

 それを振りかざすと同時に、放出した。


「ちょっ!?」

「おっと」

「……あ」


 グルートクロコはあまりに簡単に剣の軌跡と同じく、斜めにスパッと切り裂かれた。

 ……と思いきや、ハルガとアビー。それぞれにまで到達し、なおも勢いの衰えなかった風魔法は、付近の木々をも巻き込んで切り裂いた。

 ズシンと重い音が振動と共に響く。

 やや周辺の視界がよくなった。


「……さ、さすがリシトさん」


 魔法剣の威力向上のために、【全知の王冠(アストラル・クローネ)】を掛けてもらったが……。

 むしろ、やりすぎなのでは?




 見事に真っ二つのグルートクロコ。

 ある程度血抜きして表面を軽く焼き、力の有り余るハルガが運んでくれた。


「ふーむ」

「どうしたんですかハルガさん」


 帰り道、ハルガはずっと唸っていた。


「先ほどはなんだか、……リシト殿と一緒に戦っているような気分であるな!」

「!」

「はー……? ハルガさんって、恥ずかしさっていう概念ないんです?」

「恥ずかしい、であるか?」

「いや。別にいいんですけど……。……メナールさんはなんで照れてるんですか?」

「え!? き、気のせいだ」


 一緒に組んで頂きたいという想いも強かったが……。

 なるほど。こういう形で力を借りるというのも、ある意味実現したと言えるかもしれない。


「……帰りたいな」

「家ですか?」

「あ、あぁ」

「……というか、聞きたかったんですけど。ベルメラさんとは、あれなんですか? ……不仲?」

「どうだろうな。私はそう、思っているつもりはないのだが。まぁ、……彼女の性格はともかく、貴族の子女としての事情については幾分か理解できるつもりだ。この村で、立場的には彼女に近いのは私だろう」

「へー。貴族の人なんだ」


 なんせ、周りの者が今の彼女に寄り添うことはできても、過去の彼女に寄り添うことができるのは……。

 もはや、彼女自身だけなのだから。

 例え近しい存在であっても、私が彼女の助けになるかと言えば。

 そんなことは、ないだろうな。


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