第二十六話 耐える男
「お、メナールさん。……そちらは?」
「どうも。リシトです」
昼食を食べ終わった俺たちは、村唯一の肉屋に来ていた。
解体屋直営らしい。
ギルドや宿と同じ広場にある。
店内に入ると、ガラスの中に氷が敷き詰められたショーケースが二つ並んでいた。
その上にいくつもの皿に乗った肉が並べられている。
ツークはといえば、入店した瞬間から余所行きモード発動中。
「彼はBランク冒険者。先日村に到着したばかりで、ハンナさんの宿に宿泊されています」
「……え!? ハイケアから来てるんじゃないのか? あそこの旦那さんはいま──」
「一応、料理ができるもので」
「は~、そうかい。冒険者ってのは、宿暮らしが多いと聞くが。野営が多いってことは……、もしや兄さん。腕に覚えのある、やり手だね?」
「い、いや。一応最近は賃貸のハウスに暮らしていた。その前は今と同じように、宿のキッチンを使わせてもらったりしてたんだ」
「へぇ~、感心だねぇ」
シグレさんと同年代と思われる肉屋の店主。
朗らかな印象で、解体屋のお兄さんと同じ前掛けを着けている。
お兄さんと唯一ちがうのは、頭にバンダナを巻いている点だ。
「獄炎鳥はもう、入っているか?」
「あぁ! なんでも、最近仕事が減っていたもんで、気合い入れたらしいぞ」
「私とリシトさんで討伐したんだ」
「おぉ! やっぱり兄さん、やるんだなぁ」
「アハハ……、ありがとうございます」
さて。どの部位を買おうか。
「ツーク、なにか食べたい料理はあるか?」
『(うーん。オレっち、アニキの料理なんでも好きですからねぇ……)』
……なんで小声なんだ?
俺の耳元でひそひそと話す。
「従魔かい?」
「はい。クロークテイルのツークです」
ぺこり、とツークは手を前で揃えて淑やかにお辞儀した。
「ほー。はじめて聞いたが【収納】持ちかい?」
「そうです。転移も少し使えます」
「それはいいな。ツーク、好きなの選んでくれ」
さすがは『かわいい』と『かっこいい』を併せ持つ男、ツーク。
初対面の者はその見た目のかわいさにすっかり気を許している。
……俺以外には、どうやってかっこいいを見せるんだろうか?
『(ムムム)』
「(いつもみたいに、はしゃげばいいのに)」
一応モードのちがうツークを尊重して、小声で言う。
メナールもツークと同様、並んだ肉をまじまじと観察していた。
『(チッチッチ。アニキは従魔道をわかっちゃいませんねぇ)』
また変なことを言い出したぞ?
『(今アニキは、おっちゃんにすごい男と思われてるんですぜ? オレっちがそれを崩しちゃぁいけませんよ)』
「(な、なるほど……)」
深い。深いぞ、ツーク。
だが、肉を前にして明らかにそわそわし始めている。
己の欲に耐える男の中の男、ツーク。
難儀な男だ。
「そういや兄さん、よくご無事ですねぇ」
「え!?」
ツークが選ぶのに時間がかかると思ったのか、店主は話題を振ろうとなにやら不吉なことを言い出した。
「ご、ご無事とは」
「あ、言葉をまちがったな。いやぁ、失礼。ベルメラ様にはもうお会いしたかい?」
「あぁ、そういう!」
それが理解できる状況というのも、変な話である。
「あの方は本当にすばらしい方なんだ。…………よその男以外には」
「アハハ……」
「だが、邪険にしないでやってくれ。兄さんのことがどうとか、そういう話じゃないんだ」
「それはなんとなく」
俺、というよりは『よそから来た』『男』に過剰に反応しているのはよく分かった。
「まぁ、あんまり勝手には言えないんだが……。
……そうだ! この村に貢献してくださっていることなら、話してもいいか」
「そうですね、それならば彼女の逆鱗には触れないでしょう」
話に入ってきたメナールも、おそろしいことを言い出す。
なんだ、聞いちゃいけない話って……なんだ!?
「この村の領主というのは、砦を治める辺境伯様なんだけどね。つまりは、ハイケアとは領がちがうんだ」
「へぇ」
辺境伯……。辺境の地を治めたり、国境付近を守る貴族だよな。
その重要な役割から侯爵と同等っていうし、貴族の中でも発言力が強い方だ。
まぁ、男爵家出身のメナールはともかく、俺にとっては雲の上の存在だな。
「まぁ、その。代替わりしたお方が、けっこうヘン…………変わった方で」
「は、はぁ」
今、『ヘン』って言ったぞ。
「もともとは先代が、先の魔物災厄を退けたことで安泰だと思われていたんだけど。……こう、何十年と災厄が起こらないと、国は彼の方が提示する防衛費を次々に削減していってね。辺境伯の立場は国にとってもちろん重要なんだけど、お偉方の中には『親子二代にわたって金を要求する厄介な家』と思う人物もいたそうなんだ」
「なんだか、難しい話だ……」
俺は冒険者だから常に危険と隣合わせ。
圧倒的に辺境伯とやらの意見に同意する。
でも、守られる側の人間なら、どう思うだろう?
俺には想像できないが、そういう意見が出るのもあり得なくはないな。
「……まぁ、その人物ってのが城の財務官の一人であるディアバートン子爵なんだけど」
「えぇ!? ベルメラの、父親?」
「そうそう」
「でも、ベルメラは……」
そのヘン……じゃなかった、辺境伯家が治める村に来たんだよな?
父親と対立しているのに?
……ま、まさか。
変な取引をして、ベルメラは人質に──!?
「それで、当代のお方は国にこう言ったんだ。『よし、ならばこうしよう。私は降りる、あとは貴殿らで守ってくれたまえ。次の魔物災厄は明日かもしれないがな、ハッハッハ』……って」
たしかに変な人だ。うん。まちがいない。
「まぁ、そんなこんなで砦の維持費が足りない。ひいてはこの村の資金も足りない。じゃぁどうする、となった時に手を挙げてくださったのが、ベルメラ様なんだ」
「今の流れだと、そうはならなそうですけど」
「あぁ。つまり、ベルメラ様が子爵家と決別されたんだよ」
「!」
決別……?
「タナーさん、その辺で」
「そうだな」
「?」
つまり、決別すると決めた理由がよその男を嫌う理由?
情報がまったく結びつかないな。
「王都でいろいろあったベルメラ様は、幼少から子爵領に出入りしていてね。領地経営の勉強もされていらしたので、ルーエ村に移住して運営費を出す代わりにいろいろと口出しさせて欲しいと領主に願い出た。……それで、当代は二つ返事で『どうぞ』と言ったんだ」
「そんなことが」
「ついでに言うと、ベルメラ嬢はあぁ見えて策士。防衛費も以前の水準で現在支払われています」
「何者なんだ……」
自分の父親を言い負かしたってことだよな?
すごすぎる。
「つまり、彼女は村長?」
「もともとの村長がいるから、立場的には副村長か? 冒険者でもいらっしゃるから、役職はないけど。相談役?」
「相談役、か」
どちらにしても、彼女がこの村を大切に思っていることはよく分かるな。
「理由は今の俺には分からないけど……。彼女にとって、この村が大切なんだろうな」
「はい。なので、村の者は皆あのお方が大好きなんです」
照れたようにタナーさんが笑う。
……いい村だな。
『……オレっちってば、なんてダメなやつなんだ……。話に聞き入りすぎて……』
どうやら肉より大切なことだと思ったのか、選ばずに話を聞いていたらしいツーク。
「ゆっくりでいいぞ」
俺はツークのそういうところが好きだな、と改めて感じた。




