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第十五話 さらば、美しき日々【メナール視点・回想】


『──そこまで!』


 からん、と転がる木剣(ぼっけん)の音の後、立会人の声が響く。

 兄の勝利をもたらすその声は、恐らく周囲の誰よりも私の耳に届いた。


『っ、ハァ。ハァ……っ』

『腕をあげたな、メナール』


 地面に座り込む幼い私に手を差し伸べると、彼は誇らしげにそう言った。

 ルジール・アイレ。

 美しく聡明で、剣の腕も素晴らしい。自慢の兄だった。

 誰の目から見ても、彼が騎士の家系である次期アイレ男爵家の跡継ぎで間違いはない。

 もちろん、私もそう思っていた。


『にっ、兄さんこそ、はぁ。あいかわらず、おつよい』

『ありがとう。……だが、おまえのひたむきな心があれば、すぐにおれに追いつくさ』


 穏やかに微笑む彼の姿は、美しかった。

 容姿だけではない。

 その心はアイレ男爵家の誇りそのもの。


 国やベレゼン王家への忠誠心と、魔物の被害を幾度と食い止めたことから祖父は一代貴族である騎士男爵の位を賜った。


 そして彼の騎士の心は父へと引き継がれ、父の代でもその代わりのない忠義に王は正式に男爵位を与えた。

 父から教えを受けた兄は、まさしくこの家の(おこ)りである騎士道を体現する者。


 ──私も、そうで()りたい。


 祖父の武勇伝を聞いて育った私にとって、彼は目標でもあり、よきライバルでもあった。


『いよいよだな、メナール』

『は、はい』


 六歳になると人は生まれ持ったスキルを知ることとなる。

 国が運営する施設で、魔道具を用いて初めて分かるもの。

 スキルは魔力と密接に関係しているため、その力を利用するのは六歳以降と定められていた。


『まぁ、兄のようにはなるなよ』


 ウインクを飛ばし、軽口を叩く。

 十二歳の彼は、【大地の加護】というスキル持ちだった。

 例え地属性に適性がなくとも、土魔法や緑魔法を操るという。


 充分に素晴らしいものだと私は思った。


 だが、祖父の【神速】というスキルは剣を扱う者にとっては伝説のようなもので。

 次いで父は【見切り】という、動体視力が常人の何倍にも高まるスキルを持っていた。


 国にとって、アイレ男爵家の存在意義とは騎士であり、剣の達人。

 魔術師として大成することを望まれてはいなかったのだ。


『兄さん……』

『おっと、これからスキルを知る弟に言うことじゃなかったな。脅したわけじゃないぞ?』


 高らかに笑い飛ばせば、私もつられて笑う。

 私の目には、兄は自分に絶対の自信を持っていて、揺るぎのない人だと。

 あの瞬間までは、そう思っていた。




『ま、【魔法剣】……!?』

『……?』

『そんな、まさか! この国では、まだ誰も持っていないスキルを……?』

『噂には聞いたが、実在したのだな』


 大人たちの表情は、どんどん様変わりしていった。


 ある者は驚き。

 ある者は困り。

 ある者は称賛し。

 ある者は、嘆いた。


『ど、どうするんです? 男爵殿』


 父は、困惑していた。


 まさか、身体強化のスキルならまだしも、当時国内にはいないとされたスキル。

 剣士ながら、あらゆる属性の魔物に対処することが可能なスキルだったからだ。

 騎士団で言うならば、魔術師隊の人員を大幅に節約できる。


『……ッ』


 父は、その場で結論づけることはなかった。


 私としては、その場で兄の揺るぎないアイレ家の継承を宣言して欲しかった。

 だが、父とて騎士であり剣士。

 貴族の一員でありながらも、実力がものを言う世界で生きていた。


 そして、それこそが私と兄を(わか)った。




『──そこまで!』

『や、やった……!』


 四年後。

 あの日以来、ぎこちないながらもなんとか兄と弟をやっていた私たちに、転機が訪れた。


『──っ』


 初めて、兄に勝ったのだ。

 もちろんスキルなど使わずに。


『おお、メナール様もずいぶん成長されましたな』


 剣の指南役の一人がそう言えば、恐らく派閥がちがうのだろう。

 別の指南役は、


『……ふん。まさか、スキルを使ったのではあるまいな?』


 と言った。


『なにを言いますか』

『ジョーダンですよ』


 次第に、私と兄のぎこちなさというものは、周りの者たちをも巻き込んでいった。



 ◇



『──メナール様を、跡取りに!?』

『しっ、声がでかいぞ』


 父の書斎の近くを通りかかろうとすると、大きな声が聞こえた。

 そして、書斎の扉前には。


『……兄さん? ────っ!!』


 それは、今までに見たこともない形相だった。

 通りかかった私を、まるで仇のような目で見下した。

 十歳の私は大きなショックを受けた。


 理由を察することはできたが、私は兄こそ家を継ぐにふさわしいとずっと声に出して言ってきた。

 スキルがどうであれ、これまでの自分たちの関係が変わるものではないはず。

 その時まで私は信じていたからだ。


『に、にいさ……』

『……』


 兄はすぐに視界から私を排除すると、その年騎士団に入団したこともあり、それ以降私と話すことはなかった。



 ◇



『いよいよですな、メナール様』

『……』


 兄と話さなくなって、五年。

 いくらアイレ男爵家の者とはいえ、正式な騎士になるまでは他の者と同じ道を歩む。

 騎士見習いになるための入団試験を受ける日がきたのだ。


 しかし、私の心には迷いがあった。


 兄との関係。騎士そのもの、アイレ男爵家の一員である自分への疑念。

 もし父が諦めていなければ、正式な騎士となった私に家督を譲ろうとするのかもしれない。


 様々な心配はあった。

 だが、なにより祖父と同じ、誰かを守る剣でありたいと。

 自分の心に思い描く、騎士としての心。

 それに従って、入団することを決意した。


 ──だが。


『久しぶりだな、メナール!』

『!? に、兄さん』


 驚くべきことに、彼は真っ先に私を出迎え、笑顔で話しかけてきた。

 その笑顔は変わっていなかったように思えた。


『え? あれが?』

『【魔法剣】のメナールか』


 試験を受けに修練場へと集まった者たちに、あっという間に認知された。


『心配したよ、来ないんじゃないかと』

『そんなことはないよ、兄さん。私は……、あなたと共に、この国を守りたい』


 嘘ではないが、正直ではない心境を伝えると──。

 彼は初めて見たような笑顔で、「そうか」とだけ答えた。




『え!? ルジール様、自ら!?』

『うええええ、マジかよ! ぜってー勝てねぇ!』


 入団試験は、なぜか兄主導で行われた。

 正式に騎士になったとはいえ、日は浅いはずだった。


『存分に打ち込んでくるといい。なにも、勝ち負けだけを見るわけではないよ。私は、君たちの中にある騎士の心を見たいのだから』


 人の良さそうな笑顔でそう言えば、騎士になることを夢見る者たちには最高の褒美であった。




 次々に受験者と兄が打ち合う。

 真剣を使っているため、兄が怪我をさせないよう手加減していた。


 その相手を誘導するような動きを見ても、やはり彼は家名を継ぐ者としてふさわしい。

 鍛錬を(おこた)った様子のない、優れた剣士そのものだった。


 ──杞憂(きゆう)だったか。


 私の中の迷いは、彼の剣さばきを見て徐々に消えていった。


『──次! アイレ家次男、メナール!』

『はい』

『お手柔らかにね』

『御冗談を』


 今思えば、彼の眼は笑っていなかった。


 あの日以来向き合う。

 こみ上げてくる全てのものがどうでもよくなるほど、私はまた彼と剣を交わすことができて高揚していた。


『では、──はじめ!』

『ッ!』


 ただ、全力で挑みたい。


 私の頭の中にはそればかりが反響し、彼の心の内を推し量る余裕など微塵もなかったのだ。




『! ──そ、そこまで!』

『うそだろ!?』

『どんだけ力つえぇんだ!?』


 勝負は、私が彼の剣を叩き折って幕を閉じた。

 兄に手を抜いた様子はない。

 私も手を抜かなかった。


 それはあの日言われた言葉通り、立派な騎士になりたいと願う私のひたむきさが示した結果なのだと疑わなかった。


 項垂(うなだ)れる兄は、何も言わなかった。


『お待ちくだされ』

『……?』


 そこに割って入ったのは、以前私にスキルを使ったのではないかと疑いをかけたベテランの指南役。騎士団でも地位の高い者だ。


『な、なんですかな?』


 立会人は突然の乱入者に狼狽える。


『剣は、試合前に強度と切れ味を確認した騎士団所有のもの。そぉ易々とは折れまい』

『はぁ』

『メナールよ。……残念だ』

『え?』


 私は彼の言いたいことがまったく分からなかった。


『純粋な剣の腕を競い合う神聖な場で……、スキルを使ったな?』

『!? なっ!』


 私は疑われたことにもそうだが、何より兄との勝負に水を差された気がして激高した。


『それは(いささ)か暴論では……? 証拠があるのですか?』

『ほう?』


 立会人がそう言えば、待っていましたとばかりに男は傍に落ちていた剣先を拾った。


『──ここへ』

『……?』


 眼鏡を掛けた男が現れる。

 城の文官、だろうか。

 少なくとも騎士団所属の身なりではない。


『この者は【鑑定】のスキル持ちだ』

『それが?』

『【魔法剣】のスキルを使ったのなら、魔力を帯びるはず』


 言われるままに眼鏡の男が剣先を観察すれば、目を見開いた。


『──! お、折れ目に……、魔力が!』

『!? そんな、バカなこと──』

『そんなバカなことを、貴様はやったんだ!! 恥を知れ!!』


 弁解する間もなく、彼の拳が頬を殴った。


『っ!? ……!?』


 私は一瞬何が起きたか分からず、よろめいた拍子に項垂れていた兄の横顔を見た。


 ──笑っている?


 それは、今までで一番愉快な。

 目論見が成立した時に見せるような笑顔だった。


『な、なにを』


 立会人が制しようとするが、指南役の男はその場を仕切りだす。


『よいか! 貴様は神聖な騎士団内部で、不正を働いたのだ!

 神が許しても、わしは許さん! 二度と騎士団の敷居を(また)ぐでないわ!』


 指南役が現れてより、周囲の私を見る目が明らかに変わる。

 それはまるで大きな淀みのように、修練場を支配した。


 私は理解した。

 これは……茶番であると。


 私がスキルを使っていないのなら、この人の目に囲まれる場所で誰がスキルを使うのか。

 兄しかいない。

 まさか彼の【大地の加護】は、鉱物で作られたものをも操るのだろうか。


 その時、心にあった迷いが再びせり上がってくる。


 ──私はこの場所で、なにを目指すというのだ。


 祖父の武勇伝に憧れた私。

 憧れていた兄の姿。

 はじめて手合わせした日。

 はじめて打ち勝った時。


 あの日、あの時の想い出が────消えていく。




 どうやって帰ったのかは覚えていない。

 ただ、背中に突き刺さる疑惑の目が私の騎士の心をも否定しているようで、一刻も早く逃げたかった。


 帰って父にあるがままを話せば、


『メナール、なにがあったにせよ……決定は(くつがえ)らない。大人になれ』


 と言われた。


 大人になる?

 それはなんだ?

 誰かを守りたい。強くなりたい。誰かを越えたい。


 そんな想いよりも大切なことなのか?


 あとから分かったことだが、恐らく父は権力争いに負けていた。

 指南役の男は高位の騎士ではあるものの、貴族の家柄ではなかった。

 そのことがずっと引っかかっていたのだろう。

 自分の娘を兄に嫁がせることで、騎士団内の発言力を増したらしい。


 父は王家や民衆からの支持は厚いが、平民出身の兵には羨望のまなざしと共に妬まれることもあった。

 レアなスキルを持つ私を跡継ぎにすれば、今後ますますアイレ男爵家の地盤は盤石のものとなる。


 彼らにはそれが面白くないのだろう。

 ならばいっそ、その地盤をも取り込もうとしたのだ。


 現に指南役の彼と兄は、騎士団内部の人望も民衆からの人気も高い。

 父も、今さら事を荒立ててせっかく男爵家となった家を危険に晒すような真似もすまい。


 すべて、彼らの思惑通りとなった。




 私は逃げた。

 家から。未だ胸に(くすぶ)る憧れの騎士の姿から。


 かと言って、死ぬような理由もない。

 私はまるで抜け殻のようだった。


 取柄は剣の腕とスキルしかないのだからと、冒険者になった。


 ……そこで、騎士の心を取り戻すきっかけとなった、彼に出会うことになる。



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