チカ
「闘技場の前の家、ここですね」
小さな一軒家の前に、俺達は着いた。
「さて、じゃあ行くぞ」
コンコン、とドアを二回ノックした。すると、すぐに家の中から筋肉だるまの男が現れた。この人がチカか?
「あの、チカさんに挑戦しに来たんですけど」
「ああ、挑戦ね。今ちょうどチカが家にいるところだから、すぐ開始出来るよ」
どうやらチカはこの男ではなかったようだ。ということは、これ以上に筋肉がある男が登場するってのか?
「おーいチカ―、お前に挑戦者が来てるぞー!」
男が家の中に呼び掛ける。だが、チカはいつまで経ってもやってこない。
「あいつ、寝てるんじゃないかな。しょうがない、ちょっとついてきてくれ」
「はぁ」
別に俺達がついていかなくても、あんたが一人で起こしに行ってくれればいいんじゃないのか? と思ったが、下手に何かを言って挑戦をさせてもらえなくなったら困るので、大人しくついていくことにする。
家の中は、ごくごく普通の作りになっていた。金持ちっぽくも貧乏っぽくもない、一般的な家だ。俺達は、男の案内で奥へ奥へと進んでいく。
「チカ―、入るぞー」
やがて一つの扉の前に辿り着くと、男はそう一言言ってから、扉を開けた。
男と共に、俺達はその部屋へと入っていく。
「おいチカ、挑戦者だぞ」
男はそう言って、ぐっすりと眠っていた女の子に呼びかけた。
って、まさか。
「その人がチカなのか?」
「そうだ。オレの可愛い娘のチカだ」
「チカ、女だったのか」
勝手に男だと思い込んでいた。
「この人が、どんな勝負でも絶対に勝てる人なんですよね? とてもそうは見えませんが」
カリバの言う通り、全く強そうに見えない。俺達の前で寝ているショートカットの女の子は、筋肉などは全くついていそうに無く、華奢な体だ。ただ一つ、胸だけは華奢とはほど遠いが。服をはちきれんばかりの大きさで、トタースにいたどんな女よりも大きい。ミステのぺったんことは真逆だ。
「人は見かけで判断しちゃあいけないよ」
ガハハと笑って男はそう言った。
「それは分かりますけど……」
確かに、攻撃力や防御力が高い人間が必ずしも皆筋肉質だとは限らない。実際俺には筋肉なんて全く無いし。だけどそもそも、この女の子からは、強者が放つ威圧感というかオーラというかそういうものが感じられない。
「ほらチカ、早く起きなさい」
男はチカの体を強引に揺さぶった。そして、ようやくチカは目を覚ました。
「何?」
まだ眠たそうな目で、チカは男を見た。
「お前にお客さんだ。挑戦者だと」
「えー挑戦者? 今気分じゃないんだよね」
「気分気分って、いつもお前はそう言うが、一応やればお金貰えるんだから頑張れ」
何その俺達が負ける前提の言葉。金貨十枚を払うことになる可能性は微塵も考えていないのか。
「今別に欲しいものないし」
男の金の誘惑に、チカは乗らなかった。
「そう言われてもな、挑戦者さんもう家にあげちゃったし」
「えー、なんでそんなことするのさ。その挑戦者はパパがなんとかしといて。アタシもう一回寝るから」
そう言うと、チカは再び眠ってしまった。
「がはは! いやぁ、すまんね。娘がこの調子なんで、挑戦は出来ないという形で」
「えー! 私達結構遠くから歩いて来たんだよ! それなのに駄目って!」
「だけど、娘がこのままではなあ」
男がどうしたものかとしばらく頭を悩ませていると、チカは目を擦って起き上がった。
「む? やっぱり戦う気になったのか?」
「違う。トイレ」
チカはそう言って、部屋を出て行ってしまった。
「普段からこんな感じなのか?」
「うむ。挑戦を受け始めたばかりの頃はもっとやる気があったんだが、何度も続けていくうちに、いつの間にかこんな風に」
となると、日を改めるってのも駄目だな。やっぱりウインクで落として戦わせるしか無いのか? できればそれは避けたい。落とした状態で戦ったら、好きな相手だからと手加減されてしまうかもしれないからな。
「ただいま」
チカがトイレから戻ってきた。
「お、早かったな」
「出なかった」
「そうか」
チカは淡々とした会話を父親と交わした後、またごろんと横になってしまった。このまま放っておけば、またチカは熟睡してしまう。それだけは止めないと。
「なあチカさんよ。俺達、遠い街から遥々あんたに会うためにここまで来たんだよ」
「そういう人、今までいっぱいいたけど、だから何?」
くっ、なんか態度悪いな。
「いや、だから、戦わせてくれないかなーって」
「めんどくさい」
めんどくさいって。そんな理由で断って、相手が納得するとでも思ってるの?
「銀貨でも金貨でもいくらでも払うからよ、頼むよ」
「そう言われても、どうせつまらないし」
「つまらない?」
「何やってもアタシが勝っちゃうから、面白くない」
「ほう、ずいぶん自信がおありなようで」
「だって、負けたことないし」
「俺だって負けたことない、と言ったら?」
そう言った後、チカの目がほんの少し変わったような気がした。
「あなたと戦って、アタシは楽しめる?」
「さて、それは戦ってみなきゃ分からないさ。ただまあそうだな。今までお前に挑戦してきた人達とは、違うと思ってくれていい」
どんな人がいままで挑戦したのかは知らないが、俺くらいの実力の人間がそうそういるはずもない。
「そ。ならまあ、暇だからやってあげる。全然期待はしていないけどね。で、負けたらさっさと帰ってね」
「おうよ! 俺を失望させるなよ?」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
次話、対決です。




