妹と兄
「で、どいつからやるの?」
「どいつって?」
「そっち四人いるじゃん。その中の誰がやるのかってこと」
「そんなの決まってるだろ」
俺だよ、と言おうと思ったが、やっぱりやめた。
「誰?」
「それは、全員ってのもありなのか?」
「めんどいけど、駄目ではない。そっちの四人は、全員負けたことないの?」
「ああ」
一応、萌衣もカリバも負け戦を経験したことは俺が知る限りでは無いから、ここは頷いておく。
「分かった」
「よし」
せっかくだから、皆で挑戦しよう。俺があっけなく倒して終わっちゃったらつまらないし。
「え!? わたしも出るの? わたし、戦ったこととか無いんだけど」
「まあせっかくリクトまで来たんだし経験してみろよ」
「えー、痛いの嫌なんだけどなあ」
「そう言うなって」
負けることは分かっていても、正直俺は萌衣が戦っているところを見てみたい。
「誰からやるの?」
「どうっすっかなぁ」
俺は最後が良い。後のメンバーは、まあ強い順でいいか。
「萌衣、カリバ、ミステ、俺の順でやる」
「分かった」
「わたし一番最初!? なんで!」
「お前が一番弱いからだ」
「うぅ。やりたくないよぉ」
目を潤ませ、萌衣は言った。
「で、どんな勝負をするの?」
「どんなって、ルールを決めろってことか?」
「違う。勝負って呼べるものならなんでもいいから、どんな勝負をしたいか言って」
「えーっと、それってつまり、大食い勝負とかでもいいってこと?」
いやいや萌衣よ、それはいくらなんでも。
「そういうこと」
なんだと!?
「やった! それならわたし痛い思いしなくていいんじゃん! どうしよっかなぁ、どうしよっかなぁ」
萌衣は、途端に上機嫌になった。よっぽど痛い思いをしたくなかったらしい。
にしても、マジか。てっきりチカは戦闘に特化してる人なのだと思ってたら、勝負だっからなんでもありなのか。
なんでもありで絶対に勝てるって、それって凄すぎないか? 本当にそんなことが可能なのか?
「どんな勝負でもいいとなると、なるべく萌衣に有利なやつにした方がいいな」
「そうだよねー。わたしに有利って、なんだろう」
萌衣に有利な勝負かぁ。えーと。
「どちらがエロいポーズができるか勝負、とか」
こいつの帝王杯でジョスーを魅了したあのポーズなら、絶対に勝てるだろ。
「嫌! もうエッチなポーズはしたくないの!」
「そうか……」
もったいない。せっかく勝てる勝負があるというのに。
「じゃあ、どちらが可愛いか勝負、とか?」
「え!? それって、お兄ちゃんから見てわたしがチカちゃんより可愛く見えるから、そういう提案を?」
「うっ……。そうだよ、悪いかよ」
俺はシスコンではないが、俺の妹より可愛い女なんて絶対に存在しないと思う。シスコンじゃないけど。
「まったく~お兄ちゃんは」
ニヤニヤと、萌衣は俺を見て笑う。
「なんだよ」
言いたいことがあるならきちんと言ってほしい。
「なんでもないなんでもない。さて、じゃあお兄ちゃんがどうしてもって言うなら、どちらが可愛いか対決をやってあげてもいいけど?」
「別にどうしてもってわけじゃないんだが」
他に勝てる勝負があるなら、そんな勝負やらなくてもいい。
「もう! そこは『妹様お願いします!』って頼む流れでしょ!」
「そうか?」
全然そんな流れだとは思えないんだが。
「そうなの! ほら、言って!」
「……妹様お願いします」
いまいち納得できないが、俺は言った。妹には逆らえないのが兄ってものなのである。
「よし! じゃあわたしが、とびきり可愛いってところを証明してあげるよ!」
自信満々だな。いやでも、俺も萌衣が勝つと思うけど。
「あなたとの勝負は、どちらが可愛いか対決でオーケー?」
「うん! 負けないよ!」
「ルールはそっちが決めていい」
「ルールかあ。そうだなあ、知っている人にどっちが可愛いかを聞いても真の可愛さは分からないし……」
「確かに、そっちの筋肉の人に聞いたらチカって答えちゃうし、俺が聞かれたら萌衣って答えちゃうな」
それでは勝負にならない。
「決めた! 適当にその辺歩いてる知らない人達に、わたしとチカちゃんのどっちが可愛いか聞いてって、先に十人に可愛いって言われた方が勝ち」
「分かった」
「そうと決まれば早速行こう!」
萌衣とチカを先頭に、俺達は家を出た。さて、チカはこんな勝負でも勝てるってのか?
「じゃあ、まずはあそこの五人組にしよう」
五人で固まっていた男達を、萌衣が指差した。チカはこくりと頷くと、二人で男達の方へと向かった。
「ねえねえ、わたしとこの子、どっちが可愛い?」
いきなりの直球の質問! いや、まあ別にいいか。
「え? オレらに聞いてんの?」
「そうそう!」
「マジ? これって逆ナン?」
いや、ナンパだったらそんな変な質問しないでしょ、普通に考えて。
「どっちが可愛いかだろ? そんなの分かりきってんじゃん! なあ皆?」
男達は、その言葉に各々「当たり前だろ!」などの返答をした。マジか、分かりきってるのか。どっちもかなりの可愛い女子だし、そんな簡単に決められる問題ではないと思うけど。
「じゃあせーので指差すか。せーの!」
ビシッ! 五人全員の指先が、一斉に同じ方向に差された。
「えーと、チカさんが五票、シスタさんが〇票ですね」
「……え?」
萌衣は、今の状況が信じられないといった目をしていた。俺もそうだ。いくらなんでもあり得ない。
「不正票じゃないのか? あらかじめお願いしてあったとか」
そうとしか考えられない。きっとそうだ。
「そもそも、この人達を選んだのは、負けた子の方でしょ」
「確かに……」
この五人組に選んでもらおうと決めたのは萌衣だった。でも、こんなのって。
「これで分かったでしょ? アタシが絶対勝つって」
「いや、今のは偶然に決まっている! 萌衣の方が絶対に可愛い!」
「あっそ。ねえあんたさ、この子にお兄ちゃんって呼ばれてるけど、兄妹なんだよね? 妹のことを可愛い可愛いって、いくらなんでもブラコンすぎなんじゃないの? まあいいや、じゃ、さっさと次の人に審査頼もうよ、どうせ結果は分かりきってるけど」
くそ! 五人全員がたまたまお前を選んだからって、調子乗りやがって。
「あの男にする」
俺が次の聞く対象の人を選んだ。一人佇んでいる、若い男だ。
「いいよ、それで」
チカは、そう言って了承した。
「いいか萌衣、お前が負けたのはたまたまだ。絶対にお前の方が可愛いんだ、自信をもて」
ショックを受けて放心していた萌衣に、俺は自信を持って言った。萌衣が負けるはずない。
「でも、さっき、皆わたしのこと」
今にも泣き出しそうな目で、萌衣は弱気にそう呟いた。妹のこんな姿、俺は見たくない。早く可愛い子として選んでもらって、元気になって欲しい。
俺は萌衣に色々な言葉をかけて、なんとか勇気を出してもらうと、萌衣はチカと共に次の男の元へと向かった。
「ねえあんたさ、アタシとこの子、どっちが可愛い?」
今度は、チカがどっちの方が可愛いか訊ねた。
「え、なんで?」
「ま、なんでもいいじゃん。面倒だから早くしてよ」
そんな催促するような言葉を吐いたら、きっと男は嫌な気持ちになるはずだ。これなら、絶対に萌衣の方に――
「じゃあ、こっち」
男は、チカの方を指差した。
「なんでだよ!」
納得ができず、俺は男に当たってしまった。
「だって、こっちの方が可愛いから」
おっかなびっくりと、男は俺に言った。
「そんなんじゃわかんねーよ! どう考えたって、萌衣の方が!」
「もういいよお兄ちゃん」
叫ぶ俺を、萌衣が止めに入った。
「私きっと、そんなに可愛くないんだと思う」
「そんなこと!」
「いいの。あ、チカちゃん、この勝負負けでいいよ。もう勝てる自信無くなっちゃったし」
「分かった。じゃあ次は誰がやる?」
「ちょっと待てって! なあ萌衣、お前は可愛いんだ! な?」
「だって、だって、六人も聞いて、全員がチカちゃんの方指差して……。私なんか、私なんか、うえええええん!」
萌衣は慟哭した。
くそ! 俺がついていながら、萌衣にこんな悲しい想いをさせてしまうなんて! こんなの兄失格だ!
「ごめんな萌衣、俺がお前に勝負をさせたせいで」
「ひっぐ、わるいのは、おにいちゃんじゃ……ないもん。わるいのは……可愛くもないのに、そんな勝負を引き受けた、わたし」
「違う! いいか萌衣、何度だって言ってやる! お前は可愛い!」
間違っているのはさっきの男共だ。
「ほんとに?」
涙を流しながら、萌衣は俺を見る。
「ああ! ほんとだ! 世界で一番、どんな女の子よりもだ! ずっと、ずっと一緒に生きてきた俺が言うんだから、間違いない!」
俺は萌衣を見つめ返し、嘘偽りない俺の気持ちを答えた。萌衣は可愛い、誰が何と言おうと、絶対に。
「えへへ、ありがとお兄ちゃん。わたし、たとえ皆から可愛いって思われてなくても、お兄ちゃんが可愛いっていっぱい思ってくれるなら、もうそれでいいや。大好き、お兄ちゃん」
たくさん流れている涙を手で拭い、萌衣は笑顔を作ってそう言った。




