木を纏う力
「!?」
死んだかと思った。死んだかと思ったが、死んでいなかった。
私の意志とは関係なく、長齢樹の葉が私の身体を包み込み守ってくれていたのだ。
「ありがとうございます」
言葉が通じるかどうかは分からないが、気持ちを込めて伝えた。
――気にしないでください。あなたの行動は、カリバの為に繋がるのですから。
「え?」
今、声が聞こえた気がした。聞いたことの無い声なのに、不思議とすんなり受け入れられる声が。
今の声は誰だったんだろう。カプチーノ達でも、伝説級の四人でもない。
「まさか、今の一撃を食らって死ななかったのですか?」
私の「え?」という声を聞いて、私がまだ生きていることに気づいて相手のウトは驚きを隠さずに言った。
私だって驚いている。長齢樹が自分から動くなんてこと、今まで無かったのだから。
なんにせよ、死ななくてよかった。まだカプチーノと何もできていないし、こんなところで死にたくない。
ただ、また攻撃があったとしたら、次もまた木が動いてくれるとは限らない。
どうにかしなくては。何か、突破口を探し出さなければ、私は今日ここで死ぬ。
――その突破口、よければ私に開かさせていただけませんか?
「!?」
またさっきと同じ声だ。だがさっきよりも鮮明に聞こえる。
他の皆は聞こえていないのだろうか。そう思い辺りを見回すが、誰も反応していないところを見るにおそらく聞こえていないのだろう。
――あなた以外には聞こえていません。
「そう、なんですか」
――あなたは植物を司る女性。おそらく、私の声が聞こえているのはそのため。
「ということは、まさかあなたは長齢樹なんですか?」
ここには植物なんて長齢樹と伝幻樹しかない。そうなると、突破口を開かせてほしいと言ったこの声は長齢樹であると考えるのが自然だ。
――その通りです。それと、わざわざ口にしなくても、心で念じることで私はあなたと会話可能です。
なんとなくそんな気はしていたのですが、やはり長齢樹だったのですね。
心の声が漏れていると分かると思わず敬語になってしまうという自分の悲しき性を受け入れ、ウトは会話を続ける。
って、ちょっと待ってください。植物を司るって理由で私に声が聞こえるのなら、あっちの私にもあなたの声が聞こえているのですか?
――いいえ。私はあなたのパートナーで、あの人のパートナーではありません。そんな関係では、声は聞こえませんよ。
なるほど。じゃあ逆に、私には聞こえていないだけであっちの私は幻伝樹の声が聞こえている可能性もあるということですね。
――おそらくは、聞こえてはいないのではないでしょうか?
そうなんですか?
だってあっちの私は、今の私の上位互換的な存在でしょう?
――私は何億という年数を生きてきました。なので、人の言葉も当然理解しています。ですが、幻伝樹は短命の木。言語なんて理解しているはずもありません。ましてやその言語を使って人と対話するなどという行為は、何億年もかけてようやく手に入れることができる力です。
そうだったんですか。今私があなたと話せるのは、あなたが長生きしていたおかげなのですね。
あれ? でも今の私の言語は、私が元いた街の人にしか使えない独特な言語ですよね? なんでそれをあの場所から動くことが出来なかった長齢樹さんが使えるのですか?
――これだけ長く生きていると、あなたが先程もう一人のあなたとしていた会話を少し聞いているだけでどのような言語なのか理解することが可能なんですよ。
なるほど。長齢樹さんって、本当にとってもとっても凄い木なのですね。改めて、あなたに出会えて本当によかったと思います。
それであの、話を戻させていただくと、突破口を開くというのは?
――私をあなたが使えばいいのです。
ええと……。
今までだって私はあなたを使っていたつもりなのですが……。
――何を馬鹿なことを。あなたは私を一割程度しか使えていません。私はこの世で最も長く生きた最強の木なのですよ。短命な木なんかに負けるはずないじゃないですか。
そういうこと、自分で言っちゃうんですね……。
――こほん。とにかく、あの木と比べれば私の方が数段上です。なので安心してください。あなたが私を使えば負けることはまずありませんよ。
そう言われても、私には勝てる気が……。
――いいですか? もう一度言います。あなたが私を使えばいいのです。一割では無く、私のすべてを。
すべて……。
――心に私を感じてください。私のすべてを受け入れてください。
全てを、受け入れる……。
――目を閉じてください。そしてそこに、あなたと私を繋ぐものが見えた時、私はあなたと一つになります。
目を瞑り、意識を集中した。すると、暗闇の中に一筋の光が見えた。
あれが長齢樹の言っていた、繋ぐものなのだろうか。光の方へ、そっと手を伸ばしてみる。
すると、光は私の体の中へすぅっと入ってきた。暖かな不思議な感覚が、頭の天辺から足の爪先まで広がっていく。
やがて光は全て私の中に入った。もうどこを見ても光は無い。
ゆっくりと目を開ける。私の前には、もう長齢樹は無かった。
けれど、存在が無くなってしまったわけではない。長齢樹は――
「な、なんですかその姿は!?」
私を見て、あちら側の私が驚いた。
「これは――長齢樹と一体化した姿」
自分の姿を鏡で確認しなくても、今どうなっているかが分かる。今の私は、長齢樹を身に纏っている。私を、長齢樹が包んでいる。
「一体化ですって!? 意味が分かりません! 黒かった髪の色は緑色になっているし、おっとりとした目もキリッとした目に変わっていて、何よりその全身から溢れている謎の緑のオーラ! 完全に別人じゃないですか! 今のあなたは、私ではありません!」
「その通り。今の私は貴方とは違う。今の私には、貴方を倒すことなど赤子の手を捻るくらい簡単なこと」
「ふ、ふん。見た目が変わったからって、そう簡単に強くなるはずは――」
ズン! 勢いよく加速して、相手の私の目前へと一瞬にして到達した私の重い拳が、頬にぶち当たった。
直後、きりもみ回転をして、殴られた彼女は後方へと勢いよくぶち飛んだ。
「な、な」
声にならない声が、先程攻撃を受けたもう一人の私から上がる。
「どうする? まだ戦うかい?」
この時、平行世界側のウトは悟った。ああ、私ではどう頑張っても勝てないな、と。




