第14話:境界の観測者、終焉のプログラム(後編)[リメイク版]
『バ、バカな……!? 概念消去プログラムが……相殺されているだと……!?』
【境界の観測者】の白鏡の顔面に、凄絶なノイズの亀裂が走り抜けた。
和也たちが『アーク・プロトタイプ』へと集束させたのは、単なるエネルギーではない。
地球、火星、帝都アルカディア、外銀河ネビュラ、そして平行宇宙の何兆もの住人たちが紡いできた「生きた感情」と「生きている証(歴史のログ)」そのものだ。
命の輝きと可能性に満ちた莫大なデータ量は、オメガが全多重宇宙を白紙へ戻すために構築していた「初期化プロトコル」の処理限界を遥かに超越していた。
「初期化して管理しやすくしようなんて……現場のエンジニアから見れば一番の愚策だ!」
和也は船長席から勢いよく立ち上がり、手の中の端末を高く突き上げた。
「世界が複雑になり、不具合が起きるなら、その都度に向き合って修正していけばいい! それを諦めて全部消そうなんて……お前は『管理者』の資格すらないただの不具合だ!!」
『マスター! 全次元接続出力、限界突破!!』
軍服姿のエリスが、凛とした声を轟かせて可憐な手を高く掲げる。
「いくよ、和也! ボクたちの全ハッキング・スキルと、みんなの想いを乗せた……『超高次元・概念上書きパッチ』!!」
アリスが銀髪をなびかせ、渾身の力でエンターキーを叩き込んだ。
「全多重宇宙の未来を……私たちの手で守り抜きます!!」
第一皇女セレナ・アルカディアが胸元に手を当て、祈るように叫ぶ。
和也の指先が、神速を超える速度でコンソールの最終決定キーを叩きつけた。
「全平行宇宙へ告ぐ! これが俺たちアーク・テクノロジーズの……『最終デバッグ(修正)』だぁぁぁぁぁっ!!」
ズドォォォォォォン……ッ!!
『アーク・プロトタイプ』の先端から放たれたのは、見えない概念をも可視化する、澄み渡るような純白と虹色の超次元パッチ光線。
光の柱は【観測者オメガ】の削削波動を完全に打ち破り、その巨大な時計仕掛けの巨体と白鏡の顔面へと真っ直ぐに突き刺さった。
『ギ……ギギガガガガッ……!? 我が……我が初期化プログラムが……『更新』されていく……!?』
オメガの体が虹色の光に包まれ、無数のエラーコードが弾け飛んでいく。
和也たちの放ったパッチは、オメガの「消去プログラム」を「多重宇宙の自動修復・成長プログラム」へと根本から書き換えていったのだ。
『そうか……不確定な分岐とは……消し去るべき不具合ではなく……宇宙が進化するための……『可能性』だったのか……』
【観測者オメガ】は満足したかのように静かな音声を残し、崩れ去るのではなく、神聖な「多重宇宙の新しい安全基盤」へとその姿を変えて溶け込んでいった。
漆黒の亀裂が完全に塞がり、【次元交差点】に輝く無数の世界樹の枝々が、かつてないほど眩い生命の光を放ち始めた。
消滅しかけていた平行宇宙がすべて元通りに復元され、全多重宇宙に「平和と無限の可能性」が戻ってきたのだ。
「や……やったぁぁぁぁぁっ!!」
アリスが飛び上がり、和也に抱きついて大歓声を上げた。
「勝ったんだね、和也! 多重宇宙の『OSそのもの』をデバッグしちゃったんだね!!」
「ああ、成功したよ」
和也はアリスの頭を優しく撫で、ホログラムのエリスと、涙を浮かべて微笑むセレナ姫に向かって力強く頷いた。
『おめでとうございます、マスター。……貴方はついに、全多重宇宙の真の管理者となられました』
エリスが誇らしげに胸を張り、可憐に微笑む。
「最高管理者、か……」
和也は作業服のポケットに手を突っ込み、船長席の窓から広がる、何兆もの世界が虹色に輝く多重宇宙の光芒を静かに見つめた。
かつて札幌の小さな下請け会社で虐げられていた、冴えない一人のエンジニア。
理不尽な構造に苦しみ、自分の技術に価値などないと思い知らされていた日々。
だがいま、彼の前には、自分の手で守り、修復し、可能性を繋いだ無限の大宇宙が広がっている。
「和也、次はどこへ行くの?」
アリスが目を輝かせて尋ねる。
和也は不敵で、どこか誇らしげな笑みを浮かべ、前方を力強く指差した。
「どこへだって行くさ。この多重宇宙のどこかで、理不尽なバグに苦しんでいる人がいる限り……俺たちのデバッグ(仕事)に終わりはない!」
和也は船長席で力強く命じた。
「全システム、オールグリーン! 探査船『アーク・プロトタイプ』……新たなる無限の未来へ向かって……発進!!」
『御意、マスター!!』
「おーっ!! 未来へ出発だぁぁぁっ!!」
「どこまでもお供いたします、佐藤様!」
常温核融合リアクターが力強く脈動し、漆黒の探査船『アーク・プロトタイプ』は、虹色の光が舞う多重宇宙の彼方を目指して、眩い光の尾を引いて永遠の星々の海へと飛び立っていった。
冴えないエンジニア佐藤和也の逆襲から始まった大冒険は、いまや全宇宙の希望の光となって、未来へ向かって永遠に紡がれていくのだった。
(第14話・完)




