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困った私の道標~海の神さまと、私のぬりかべ~  作者: サトウアラレ
一章

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1 雄三視点 

昭和五十年代の若松は令和の現在よりも賑やかだった。令和の現在は、住宅も増えて、道路も綺麗になったが、昔の様な活気はなくなって少し寂しさを覚えるくらいだ。


俺が子供の頃は石炭の積み下ろしで若松の港は栄え、工業地域で働く荒っぽい兄さん達の声や、多くの労働者を支える食堂のおばちゃん達の笑い声が元気よく響いていたものだ。仕事が終われば皆、一杯ひっかけ、賭け事が好きな奴らは休みの日は決まって競艇場で顔を合わせることが多かった。


「船、見に行くか?」


と、幼い俺に父が聞くのはお洒落な帆船や豪華な船の事ではない。


「おい、好きな数字を一から六まで二つ、言ってみろ」そう言われて連れられて行くのは若松競艇場だった。


ボートの走る大きな音、皆の歓声、出店で食べた甘辛いたれが着いた串肉。耳を押さえて水面を走るボートを父と見た。串肉は一本がとても大きくて、少し焦げ目があって、とても美味かったのを覚えている。もう、その店もないだろうな。


昔のアルバムを整理してると色んなことを思い出した。歳をとると


一枚の写真を手に取ると、坊主頭の小さな子の頭をしゃがんだ俺がぐりぐりと、触っている写真だった。


『慎一と』


そう写真には書かれていた。


「慎一は元気しとうやろか。コレ、見せろうか」


思わず写真を見ながら声が出たが、あいつももう、五十を過ぎている。今更、こんな写真をただ、「懐かしかろ?」と、見せられても困るかもしれない。連絡をしようが、迷惑か、とスマホを持つ手を一瞬止めた。


「まあ、でも、元気にしとうかくらいは電話してもいいか。いや、なんだ、ラインってやつか。えーっとこうやって送るんだったな」


俺は、自分に言い聞かせながら、スマホを開いて『慎一、久しぶりに飲むか?昔の写真を見てた』そう文字を打ち込むとメッセージを送信した。



※※※※



俺、町田雄三は、福岡の北にある北九州市から若土大橋という真っ赤な橋を渡った先の若松と言う町で産まれた。海がすぐ側にあり、北九州の工業地帯が目と鼻の先にあり、その工場地帯では夜も灯りが消えることなく、賑やかな町だった。まあ、博多とは比べられないが、田舎と都会と港が混ざったような、坂が多い悪くない街だ。


俺の家系は代々の医者の家系だったらしいけれど、爺さんが医者になるのを嫌がり、大工になってからは医者になった爺さんの弟に医者の秘伝書を渡したらしい。その後は持っていた土地を切り売りしながらまあまあ、裕福に暮らしていたのだと思う。


大工になった爺さんはそんなちょっと変わりものの人だったが、俺は好きだった。頑固だったが、真っすぐな人で俺は可愛がってもらったと思う。


そして、父は所謂、昭和の男だった。良く働き、酒を飲み、子供の世話は嫁に任せ、そして時々遊んでは母に小言を言われる、そんな父だった。


俺は歳をとって出来た子だったから、俺が小学校にあがる頃には、父は丸くなっていたと思う。兄達は家を出ていて、家に俺しかいなかったから、俺は末っ子だったが、それこそ一人っ子の様に育てられていた。


偶に帰ってくる兄達とは仲が良くも悪くもなく、お菓子を貰ったり、小遣いを貰ったりと、友人達の兄弟の様な関係では無かったと思うが、俺は別になんとも思っていなかった。それが当たり前だったし、他と比べようもないのだから、寂しいとは思わなかった。


ただ、友達の家の様に、兄弟で遊んだり、お菓子を分け合ったり、そう言うのを少し羨ましいとは思っていた。


まあ、そうはいっても、兄達は家を出ているわけで、年の離れた俺と、ベーゴマをする事も、キャッチボールをする事も無く、俺はすくすくと大きくなったのだ。そして、俺が中学に行く頃に年の離れた一番上の兄が結婚した。


相手はおっとりとした優しそうな人で、遊び人の兄が、まともな人を選んだとことに驚いたものだったが、仕事先の人の紹介と聞いて納得した。家に挨拶に来た時に、義姉さんは俺に「福岡で買って来た物です。お口に会ったらいいけど。チョコレートのクッキーなんです」と言って、俺に綺麗な焼き菓子をくれた。


父と母には上等な練り物菓子で、俺には別に甘いクッキーをくれるところが、友達が姉や兄にお菓子を分けて貰っているのを思い出して、俺は無性に照れてしまった。


「雄三さん、宜しくお願いします」


「あ、はい」


そう言って穏やかに俺にも挨拶してくれたのが義姉さんだった。


優しい義姉さんで、兄さんも幸せになったらいいな、と思っていたのだが、そうは上手くはいかなかった。俺が高校に上がった頃に子供が生まれたと聞いたけれど、兄はもうその前から家に帰っていなかったらしい。


結局子供が二歳になる頃に離婚して、兄は何処かへと行ってしまった。借金と女を作って、小さな子供を置いて逃げたのだ。置いて行かれた子供と義姉さんを見て、俺は我が兄ながら情けないと思い、父と母は何をしてるんだと思ったが、母は祖母の介護で忙しく、父も身体を壊し、足を悪くしていた。


学生の俺に何が出来る訳では無いが、俺は、父と母の分もと思い、休みの日は義姉の家へ行き、甥っ子の慎一と遊ぶことにした。道のりでいえば自転車で三十分から四十分。天気の良い休みの日は母に握り飯を作って貰って、小遣いを握りしめて、そこらにある食べ物もリュックに入れると、自転車にまたがって午前中には家を出ていた。


「おい、慎一きたぞー」


俺が義姉さん達が住む、ボロアパートについて声を掛けると、薄い扉の向こうから「ゆうにいちゃんだ」と言って、慎一が走って来るのが分かった。


慎一は無口な子供だったけれど、俺の事を「ゆうにいちゃん」と言っていた。


「雄三さん、いつもごめんね」


義姉さんはそう言っていたけれど、休みなく働く義姉さんは俺が来ると、すこしほっとした顔をしていた。


「いや、俺、暇やけ。コレ、母ちゃんから。隣から、野菜もらったって。傷む前に食べりって言いよった」


「ありがとう。いつもすみませんっち、言っておいて」


隣の人からのもらい物の野菜を義姉さんに渡すと、申し訳なさそうにしながらもいつも受け取ってくれていた。


「よし、慎一、遊びに行くか」


「うん、ゆうにいちゃん」


「義姉さん、今日、俺、にぎりめし、持ってきとうけ、夕方まで帰ってこんけ。慎一、今日は昼飯は外な。水筒に水だけいれていくか」


「そとでたべると?」


水筒に水を急いでいれると、嬉しそうにはしゃぐ慎一の手を繋いだ。


「ゆうにいちゃん、グミの実、まだあったら、食べたい」


「グミはもう終わったかもしれんけど、ヤマモモか、スモモなら貰えるかもしれんけ、裏に行ってみるか」


「おいしい?」


「慎一は確か、スモモ好きやったろ?ほら、あった。裏のババ様の所やけ、言ったら少し、くれるやろ」


俺がそういうと、声が聞こえていたのか、大家のババ様が出て来て「遊びいくんか?しんちゃん、よかったな。ほら、もっていき」と、スモモをちぎって四つくれた。


「気を付けるんよ」


「ああ、ありがと」


「ババ様、ありがと」


俺よりも随分と温かくて小さい手が一生懸命スモモを握っていた。


「しんちゃん、ゆうちゃんの言う事、しっかりきくんよ」


「はーい」


スモモを貰って、公園まで手を繋ぐと黙って嬉しそうにしていた。


そう言う日が一年位続いた。


慎一が「ゆうにいちゃん」というのが嬉しくて、俺はよく、慎一のボロアパートに顔を出していたんだけれど、高校三年生になると、慎一の家にもあまり顔を出せなくなった。受験生になり、今迄遊んでいたツケが綺麗に回ってきたのだ。流石に遊んでばかりでは大学には行けない。


「慎一が寂しがっとうやろうな」


そう、思っていたが、自分の将来の為にも遊び惚ける訳にはいかなかったのだ。


そうして、半年以上顔を出さなかったか、ある夜「慎一がいなくなった」と、家に電話がかかってきた。





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