クローゼットを開けたら王女様が出てきたんだが
年末、仕事納めの日。
ようやく訪れたはずの平穏は、クローゼットの中からやって来ました。
異世界から来たのは――勇者ではなく、なぜか王女様。
しかもこの王女様、やたらと偉そうで……?
エリート社畜×上から目線姫の、騒がしい同居生活が始まります。
大森雄一、二十八歳。
都内の大手広告代理店勤務。
世間一般で言うところの“勝ち組”エリートサラリーマン――のはずだった。
なお、現実は。
「あ゛~~~……無理……死ぬ……」
年末進行で魂が半分ほど抜けかけた社畜である。
終電一本前の電車に揺られながら、雄一はネクタイを緩めた。
スマホには仕事の通知が大量に溜まっている。
営業部長。
取引先。
後輩。
なぜか休日のはずの経理。
未読件数は三十八件。
もちろん既読はつけない。
(見なかったことにしよう。今日は仕事納めだ。神様も許してくれる)
疲れ切った頭でそんなことを考えながら、ようやく自宅マンションへ帰宅した。
駅徒歩五分。
オートロック完備。
高層階。
家賃は高いが、その分“他人に邪魔されない生活”が保証されている。
――はずだった。
「……ただいま」
誰もいない部屋に声を投げる。
返事はない。
静寂。
最高だ。
今日は風呂に入って、カップ焼きそばを食って、動画でも見ながら寝る。
それだけでいい。
雄一はスーツの上着を脱ぎながら寝室へ向かった。
その瞬間だった。
クローゼットの中が、突然まばゆい光を放った。
「……は?」
パァァァァァァッ!!
「ちょっ――ま、待っ――」
ドサァッ!!
何かが派手に転倒する音。
続いて。
「いたぁっ!? ちょっと! 頭をぶつけましたわ!!」
知らない女の声。
雄一の脳が現実を拒否する。
(……疲れすぎて幻聴が聞こえるようになったか?)
だがクローゼットの中では明らかに誰かがゴソゴソ動いていた。
疲労感が一瞬で吹き飛ぶ。
「……空き巣か?」
雄一は警戒しながら、そっとクローゼットへ近づいた。
恐る恐る扉を開く。
そこにいたのは――
金色の髪。
宝石のような青い瞳。
フリルとレースだらけの豪華なドレス。
そして、尻もちをついたまま涙目でこちらを睨む少女。
どう見ても“異世界のお姫様”だった。
「……誰?」
雄一が呆然と呟く。
すると少女は勢いよく立ち上がり、スカートの裾を払った。
「それはこちらの台詞ですわ! ここはどこですの!?」
第一声がキレ気味だった。
「いや、それはこっちが聞きたいんだけど」
「なんですの、この薄暗い石造りでもない妙な城は!」
「城じゃねぇよマンションだ!」
会話が噛み合わない。
雄一は額を押さえた。
(コスプレイヤー……? いや、にしては完成度が高すぎる)
「で、お前誰?」
改めて問う。
すると少女は優雅に胸へ手を当て、一礼した。
「わたくしはリリィ・フォー・グランデル。リミッタ王国第一王女ですわ」
「警察にでんわしなきゃ……」
雄一は即座にスマホを取り出した。
「110番、110番……」
「待ちなさい!!」
バシッ!!
信じられない速度で、リリィが雄一の腕を掴んだ。
「っ!?」
細い腕なのに、妙に力が強い。
「騎士団を呼ぶ気でしょう!? こちらの世界では“警察”と呼ぶのでしょうけど! 聞いてますわよ! 豚箱とかいう檻に閉じ込めるのでしょう!?」
「情報が微妙に正確で腹立つな!」
「わたくしは捕まりませんわ!」
かなり本気で嫌がっている。
設定を演じている感じではない。
雄一は少しだけ冷静になった。
「……一回落ち着け。話を聞くから」
「最初からそう言いなさい」
リリィはスッと手を離した。
切り替えが早い。
雄一は深いため息を吐き、ソファへ座る。
「で?」
「勇者召喚の儀式ですわ」
「やっぱ頭のおかしい人だ……」
「最後まで聞きなさい!」
リリィはむっと頬を膨らませた。
その仕草だけ妙に幼い。
「わたくしたちの世界では、定期的に異世界から勇者を召喚し、魔王と戦わせる伝統がありますの」
「伝統でやることじゃねぇだろ……」
「ですが、その儀式を見学している最中――」
リリィは少し視線を逸らした。
「……わたくし、好奇心旺盛なので」
「嫌な予感しかしない」
「ちょっと魔法陣に入ってみたら」
「お前が原因かよ!!」
雄一は即座にツッコんだ。
「結果、こちらの世界に来てしまいましたの」
「“しまいましたの”じゃねぇよ!」
完全に事故だった。
しかも百パーセント自業自得。
雄一は頭を抱える。
「で、帰る方法は?」
「ありませんわ!」
「は?」
「魔法陣、壊れましたもの!」
「終わってるじゃねぇか!」
リリィはなぜか胸を張った。
「ですが安心なさい! そのうち迎えが来ますわ!」
「その“そのうち”ってどれくらい?」
「わかりません!」
「最悪だ!!」
静かなはずだった年末の夜が、一瞬で崩壊していた。
数秒の沈黙。
やがてリリィが口を開く。
「ところで」
「なんだよ」
「執事風メガネ、お腹が空きましたわ」
「誰が執事風メガネだ!!」
「あなた、どう見ても執事タイプですもの」
「違う! 俺は大森雄一だ! あとこれはシルバーフレームの高級メガネだ!」
なぜかメガネだけは強調してしまう。
リリィは興味なさそうに頷いた。
「では雄一。食事を用意なさい」
「命令形やめろ」
だが、確かに腹は減っている。
雄一はキッチンへ向かった。
(どうせなら適当でいいか)
棚からカップ焼きそばを取り出す。
お湯を注ぎ、三分。
完成。
「ほら」
テーブルへ置くと、リリィは露骨に顔をしかめた。
「……なにこれ」
「食い物だ」
「見た目があまりにも庶民的ですわ……」
「言葉選べ」
しばらく睨み合い。
やがてリリィは覚悟を決めたようにフォークを手に取った。
ひと口。
もぐもぐ。
――ピタッ。
動きが止まる。
「……どうだよ」
「……」
無言。
さらにもうひと口。
もうひと口。
結果。
無言で完食した。
「……」
「……」
「……たまには」
リリィがぽつりと呟く。
「愚民の食事も悪くありませんわね」
「言い方ァ!!」
だが口元はほんの少しだけ緩んでいた。
(絶対気に入ってるな、これ)
雄一は苦笑する。
その夜。
「ベッド使え」
「当然ですわね」
「俺はソファで寝る」
その瞬間。
「……え?」
リリィが固まった。
「あなたは?」
「だからソファ」
「……よろしいのですか?」
珍しく声が小さい。
さっきまでの尊大さが少しだけ消えていた。
「別にいいよ」
「……そう」
小さく頷くリリィ。
だが次の瞬間には、
「ですが、この部屋は狭すぎますわね! 豚小屋かと思いましたわ!」
「やっぱ外に放り出すかお前」
「やめなさい!」
結局うるさい。
そして数分後。
「ところでこの世界には“えふじーおー”というゲームがありますの?」
「なんで知ってるんだよ」
「転移者情報ですわ!」
「嫌すぎる情報共有だな!」
その直後。
雄一のスマホが震えた。
【カード利用通知】
『ゲームソフト購入 ¥49,800』
「……は?」
雄一が固まる。
ゆっくりと顔を上げると、リリィが口笛を吹いて、とぼけるように目を背けた。
「退屈でしたので」
「お前ぇぇぇぇぇぇ!!」
こうして――
静かな生活を愛する社畜と、
傍若無人すぎる異世界王女の、
最悪で最高に騒がしい同居生活が始まったのだった。




