第二章 ~ これは救済なのです ~ (5)
ふむ。
困っていますな、悩んでいますな。
5
ウサギの機嫌を伺う気はまったくないし、媚び隔てる気もないので、夜まで放っておいた。
ずっとウサギが背中を向けているかたわら、テレビを眺めていた。チャンネルを変えていると、ニュースに切り替わっていた。
どこかのマンションらしき建物の入口付近にレポーターに立ち、何かを話している様子であった。
話を聞いていると、どこかで殺人事件があったらしく、その現場から中継されているらしい。
また重たいニュースだな、と思っていると、犯人らしき人物の写真が映し出されていた。
運転免許証の写真らしい姿が。
「ーーえっ?」
言葉が詰まってしまう。
「これって新木小春?」
映し出されたのは新木小春の顔。
ただ、普段歌番組などで見る華やかさはなく、素顔に近く、感情の抜けた表情であったけれど、本人であると確信してしまう。
「……若村…… 奈緒?」
顔は本人なのに、名前が違うことに違和感を抱いてしまい、すぐさまスマホを取り出し、検索してしまう。
しばらくして手が止まる。
「……ない」
消えていた。
どれだけ検索しても、新木小春の記事が一つも出てこなかった。
何度繰り返しても、同名の人物のことは何個か出てくるだけであり、“アイドル”である新木のことは一つもなかった。
数時間前、学校で検索していたときは本当か? と疑いたくなる話すら出ていたのに、急に出なくなっていた。
記事の奥が歪んでいく。筆で塗った絵の具が滲んでいくみたいに。
ただ本名と芸名との違いなのか、と首を傾げてしまうけれど、テレビを見る限り、納得できない。
「おい、バカウサギ。これはどういうことーー」
半ば助けを請うようにウサギに問いかけると、ウサギはテーブルに座り、武器の手入れをしていた。
手にしたナイフを研ぎ石でゆっくりと磨いている。料理人が包丁を研いでいるみたいに。
耳を澄ますと、鼻唄らしい声が聞こえる。多少機嫌は治ったのか。
「おいっ、答えろって」
つい声が大きくなってしまうと、ウサギの手が止まる。
「それは少年。お主が早く判断しなかったからだぞ」
「はぁ? 何を言っているんだ…… ってか、それじゃぁ、やっぱり」
「そう。そこに映っているのは、“元”新木小春である」
研ぎ終えたのか、ナイフを蛍光灯に掲げて研ぎ具合を確かめ、平然と話す。
「どういうことだよ、それ」
一仕事終えた、と背伸びをしたあと、ウサギはお茶を飲み出した。もう、どこから出したのかは指摘しない。
「本来ならば、新木という少女は、“不倫”という罪によって断罪される予定だったのに、少年の判断が遅れたことで、殺人という凶行に陥ってしまったのです」
「なんだよ、それ」
「いいかね、少年。私に下された宿命にとって、大事なことを言っておこう」
そこでウサギは立ち上がり、腰に手を当てる。
「罪に覆われた者を断つことは、その人物を救済することなのである。我々が経つことで、罪を重ねさせないのです。それを放置したままにすると、罪を何重にも犯していく運命となっているのです。しかも、本来の人格を奪われたうえにね。まぁ、今回はこうして表に現れたけれど、世間に現れることもなく消えるのが自然ですね」
「別の存在として、罰せられるということ?」
「そう。存在意義を否定されるのです。それはどれだけ屈辱なのでしょうねぇ」
存在意義を否定される。
実感はないのに、言葉が急に全身を縛り上げ、圧迫させていき、息苦しくなる。
「苦しいでしょう、少年。人はそういうものなのです。本能的にそうなっているのです。だから、私たちは先手を打って断っているのです。さらなる苦しみを与えないために」
ウサギは何かを懇願するみたいに、手を合わせた。
「じゃぁ、標的を消すってことは……」
「言っているではないですか。救済であると。だから早く判断してくれればよかったのに。少年」
救済という言葉が心をざわめかせていく。それでもかぶりを振る。
「でも、お前が消すっていうのは、結局は殺すことと一緒だろうが」
ベッドを力強く叩いて訴えると、ウサギは耳を垂らす。
「もうっ。強情ですな。いいですか、これは人助けだと考えてください。標的だと決まったときに消さなければ、今回のように、誰かが新たに犠牲になることもあるんですよ」
「人助け…… 本当にそうなのか……」
「さぁ、少年の気持ちが整ったところで、新たな標的の発表といきましょう」
救済。
そう、救済てますぞ、少年。




