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働かざるモノ

一年ぶりの投稿です……

 カタカタ、カタカタ……。

 暗闇の中でキーボードを叩く音が響き渡る。そこに男がスナック菓子を頬張る音とときおり漏れる不気味な笑い声が合わさり、堕落の協奏曲が奏でられていた。


「はぁ、あんたそろそろ働いたらどうなの? やばいよ?」


 そんな様子を見兼ねたように、半ば呆れ気味の声が男にかけられる。男はその声のする方をちらっとみると、うんざりした様子で気怠げに言葉を返した。

 

「働かないと楽だし、こうやってる方が俺は楽しいんだよ」


 男はさっとスナック菓子を口に運び、再びPCの画面に目を向けると口と手以外を動かさない。


「それに、俺が働かなくたって普通の生活できてるじゃねえか」


「普通じゃないから。それにその生活は誰のおかげでできてると思ってるの?」


「母のおかげだろうよ」


「なんで半ギレ気味なのかしら……」


 少しの間、声が途絶える。カタカタとキーボードを打つ音と、バリボリとスナック菓子を噛み砕く音がしばらく続き、また会話が再開された。


「てかあんた、同年代の子たちはみんな働いてるのにこんな生活してて罪悪感や危機感がないの?」


「あったら家事かバイトくらいやってるわ」


「それもそうね」 


「納得されるとそれはそれで悲しいんだが……」 


 男は少々不機嫌そうにキーボードを叩く。ガサガサと袋を漁り、最後のスナック菓子をちびちびと食べた。そんな様子がブルーライトでぼんやりと照らされている。


「んー、そういや働かなくてなってから今日で三年丁度になるなぁ」


「なんでそんな正確に覚えてるの?」


「働かなくていい喜びを、毎日噛み締めながら生きてるからな」


「最低……」


 ぐはは、と高笑いした男は空になったスナック菓子の袋を床に落とし、今度は引き出しから巨大チョコチップクッキーを取り出す。そして、金メダルにかぶりつくようにバリバリと食べ始めた。


「どんだけ食べるのよ」


「気がすむまで食うんだよ」


「前々から思ってたけどあんた食べすぎ」


「職だけじゃなくて食にも説教かよ」


「そりゃそんなに食べてたら体に悪いし」


「食のありがたさを毎日噛み締めて生きてるからいいだろうが」


「じゃあ、そのエネルギーをぜひ働く方に充てていただけると」


「そりゃ無理だな」


 バリっといかにも不機嫌そうにクッキーを噛み砕くと、うんっ、とわざと喉を鳴らして飲み込んだ。


「うーん、じゃあ、働くより前に少しは動こうよ。部屋から全然出てないでしょ?」


「ゲームの中で動いてるからいいだろ」


「そういうことじゃなくて現実で体を動かしなさい」


「手と口動かしてるっつーの」


 男はわざとらしく口をがーっと開け、意味もなくキーボードを何度も叩く。


「ほら、動かしたぜ」


「体全体を動かして。運動よ、運動しなさい」


「いや、それはだるいって」


「だるいもなにも、あなたの健康のために言ってるのよ」


「健康ねぇ……」


 はぁ、と同時に息を吐き、彼は床にゴロンとだらしなく寝そべった。


「動きたくねーよー、好きなことだけして生きてーよー」


「そういう生活されてるせいでこっちに負担がかかってるんだけど?」


「そうは言っても直接俺には関係ないだろ」


「私の負担は間接的にあなたの負担になるかもしれないのよ?」


「どういうことだ?」


「私が働けなくなったらお菓子は好き放題食べれなくなるし、ゲームももちろんできなくなるのよ?」


「その時はその時だろ。でも、簡単に働くのやめるわけないだろうな。働くのやめたらそっちだって自由に生きていけないぜ?」


「あなたのためにずっと働いてるから、もともと自由なんてないんだけどね」


「俺の自由のための犠牲だ。関係ない」


「最低……」


 再び沈黙が続いた。捨てられた菓子の袋がぼんやりとブルーライトで照らされ、気まずさとも苛立ちとも言えない様子が浮き彫りになっている。そんな沈黙に耐えかねてか、画面の光がエラー音をたててふっと切れてしまった。


「うお、画面の光消えちまったな」


 男はだるそうに立ち上がると、手探りでパソコンを探し側面を叩き始める。バキッと嫌な音がした後、男はどしどし歩いて床に寝っ転がった。


「んや、もう壊れたな。こいつは俺みたいに働くのをやめちまったみたいだ」


「そう……」


 

 物を視認できないほどの暗闇の中に、再び沈黙が訪れようとしている。しかし、その沈黙の時間は一声でどこかへ行ってしまった。


「ねぇ」


「ん? なんだ?」


「働かないってやっぱり楽?」


 突然の話の切り替わりに困惑する男。


「え、急だな。んーそりゃ俺を見たらわかる通り超楽よ」


「そうよね……」


「急にどうしたんだよ」


 疲れ果てたようなため息が部屋に響く。

 それに加えて、自分の意思をはっきりと伝えるような堂々とした口調で会話が再開される。


「最近働くのしんどくなっちゃって」


「いやー、でも働いてもらわないと俺が困るんだけど」


「こっちもあなたに働いてもらいたいんだけど」


「それは無理だ」


「じゃあもう私働くのやめるから」


「ちょ、さっきから色々急なんだって」


「もう働かないって今決めたから」


「嘘だろ?」


「嘘じゃないよ」


「……っ! 頼む! 俺も変わるから働いてくれ!」


「どうせ何も変わらないでしょ」


「いや、変わる! この通り!」


 男は自分のプライドを全て捨て、地面にひれ伏して頭をペコペコ下げる。その様子を心底哀れむようなため息と共に、呆れ半分の声がかけられた。


「はーしょうがないな。チャンスをあげるよ」


「え、まじ!? ありがとうございます!」


「あなたが働くっていうなら私も働き続けてあげるよ」


「え? それって」


「言葉の通りの意味よ、あなたが働くなら私も働く。どうする?」


「くっ……!」 


「働くの? 働かないの?」


「ぐぐぐ……」


「そんなに悩んでるならこのチャンス無かったことにしようかな〜」


「うむむ……」


「じゃあ無しでいいか」


「わかった! 働く! 働きます!!」


「ほんとに?」


「ほんとにほんとです!!」


 優しく微笑むような声に続き、男は意気揚々とした様子で立ち上がった。


「よかった! じゃあこれから頑張ろっか」


「はい!!」  


 ふふっと再び微笑みが部屋に溢れた。

 しかしその声はぴたりと止む。

 男が不思議そうに声の方を見ると、せせら笑うような声が部屋に響き渡った。


「なーんて。私はもう働くのやめます」


「は? それはどういう……」


「そのままの意味よ」


「え、嘘だ」


「嘘じゃないです。チャンスはあなたにありません」


「え、待って」


「さようなら」


「え、ちょ、待っ……ぐはぁっ!」


 男は苦しそうに胸を押さえてその場に倒れこんだ。

 そう、彼の心臓も働くのをやめてしまったのである。

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