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ババカタラ王 3

「やはりこちらでしたか、陛下」

「レーヌ……見つかってしまいましたね」

 ババカタラは振り返らずに言った。眼前には、アパ・カタラ連峰に傾いた太陽がある。あと半時(約一時間)もすれば、美しい夕焼けを見ることができるだろう。そこは、八本の大理石の柱に囲まれた、小さな円形の部屋だった。〈玉座の間〉の隣にあるここは、王の瞑想室だ。王宮建設時に、ババカタラが望んで造らせたものだった。小さな丸いこの部屋で瞑想をしていると、ババカタラはとても落ち着くことができた。臣下達はそれを知っているので、むやみやたらと入室してこない。入ってくるのは、王夫おうふと王子、そして、大司教レーヌ・ファブナックぐらいだった。

「ついにご決断なさると伺いました」

 レーヌは、金髪と翡翠色の瞳を持った、五十絡みの背の高い男だった。

「耳が早いですね。そういうことだから、あなたにも迷惑をかけます」

「迷惑?」

「旧王家と親しかった司教を、テルメノ王が見逃すとは思えません。あの国は、精霊信仰はあまり盛んではないとも聞きますし」

「なるほど」

 レーヌは苦笑しつつ、女王に並んで立った。小さな窓から、アパ・カタラ連峰の威容が見て取れる。

「王夫殿下と王子殿下達はどうなされましたか?」

「あの人は、最後まで王宮に残ると言っています。息子達も、騎士団と共に最後まで戦うと……。あの子達も大人ですから、本人の判断を尊重します」

 ババカタラは苦悶の表情を浮かべた。女王の夫である王夫ダイダカス・バラオも、ふたりの王子、サカスルスとククムククも、降伏して王宮を明け渡した後、命を赦されるとは思えない。

「私は、この国をつくるとき、民達と約束しました。皆の生活を私に預けて欲しい。その代わり、私は全身全霊でこの国のために働くからと。だから、いざというときは、命に代えても守らなければなりません。国ではなく……民達を……」

「……」

「あの人も、あの子達も、それはわかっているのでしょう」

「陛下。そのお命をかけると仰るなら、一つだけ手があります」

「手? なんの手ですか?」

「マーテル王国軍を追い返す手です」

 ババカタラはレーヌを正面から見据えた。

「この期に及んで、私を使ってどんな実験をするというのですか?」

 ババカタラは含み笑いをしながら訊いた。レーヌは一瞬呆気にとられ、そして笑い出した。

「ははは。さすがは陛下。お見通しですか」

「何年、あなたと付き合っていると思っているのですか? まだ、この王国が形もなかったころからですよ」

「そうですね……。陛下。私が、人の手で龍青玉を造ろうと研究していたことはご存じですよね?」

「ええ」

「龍青玉を一欠片と素体になるものを用意して、その素体を龍青玉の結晶に変換することには成功しました。素体になるのは、植物とか鳥や動物……命あるものです」

「まあ、初耳です」

「見た目だけ……なのです。例えば、薔薇の花を使うと、綺麗な青い薔薇の形をした龍青玉らしきものができます。でも、龍青玉として魔力を引き出すことができないのです。その青い薔薇のぎょくに、魔力はあるように感じます。でも、引き出すことができない……」

「どういうことですか?」

「あくまでも仮説ですが、結晶化した命の〈意志の方向〉にのみ、魔力が発揮されるのではないかと思います。掘り出された龍青玉は、もとになった魔竜の意志が永い年月で風化し、力だけが残ったのではないかと。そして、結晶したばかりの龍青玉の魔力は、素体の意志を色濃く反映するのではないか……」

「……つまり、私がマーテル王国軍を滅ぼしたいと思って結晶化すれば、私の命を攻撃魔法に変換できる……そういうことですね?」

 レーヌは頷いた。頷いて、それから、ゆっくりと首を振った。

「考え方はその通りです。でも陛下、あなたは攻撃など望んでいないでしょう?」

 ババカタラが目を丸くした。

「何年、陛下とお付き合いしていると思っているんですか? 陛下の望みは、この国の平和。民達の幸福。心の奥底がそれで占められている以上、うわべだけ攻撃を望んでも、それは実現しないでしょう」

「つまり?」

「操心魔法です。陛下の結晶に込められた〈王国の平和〉という魔力を、王宮を中心に、無差別な操心魔法として発動するのです。そうすれば、マーテル王国軍は戦意を喪失して、これ以上、王国の平和を脅かすことはなくなるでしょう」

 ババカタラは腕を組んで考え込んだ。

「レーヌ、それはあくまでも仮説ですよね? 失敗したらどうなりますか?」

「二度と戻れません」

「そうですか……」

 それからしばらくして、〈玉座の間〉に主立った人々が再び集結した。ババカタラ女王は、翌朝、マーテル王国軍に降伏する旨を決定したのだった。

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