兄妹 3
「で……殿下! 艦隊とはどういうことですか?」
平原候ジョシュ・マーテチスが、慌てた口調でカカパラスに質した。
「どうということはない。アニシャ東方三国の連中が、連邦脱退のための切り札を欲しがっていたからな。この国はどうだ、と言ってやったまでだ」
「し、しかし!」
「案ずるな。俺が王になったら、すべての国を一つにまとめる」
平原候は絶句した。
「ララ! お前も意外とやるではないか。穏便にことを済ませようと思っていたが、予定が狂ってしまった。大司教、失態だな」
「面目ありません」
大司教は、女王が入れ替わっていたことの動揺を、未だ引きずったような顔をしていた。
「兄上! 先ほどのお言葉、反逆罪と見なして拘束する」
カカパラス達を包囲していた騎士達が、ずいっと包囲の輪を縮めた。
「さて、できるかな?」
言うが早いが、カカパラスは懐から何かを取り出して放り上げた。
「!」
刹那、〈玉座の間〉に目映い閃光が迸った。〈灯石〉を基盤に開発された〈閃光石〉だ。本来なら、〈玉座の間〉は〈魔法封じ〉が施されているため、魔法武具は使えないはずなのだが――
「大司教か!」
ララサララが気付いたときには、カカパラスは包囲の騎士を蹴散らしていた。ララサララが王宮にいなかった四日間で、大司教は王宮中の〈魔法封じ〉をすべて解除していたようだ。
「陛下! ご無事ですか」
〈玉座の間〉にノースの声が響いた。カカパラスの帰国のどさくさに紛れて、第八大隊はかなりの数〈玉座の間〉に潜り込んでいた。先ほど、真っ先に動いた騎士達も第八大隊だった。
「ブリューチス大隊長! 飛行騎士に気をつけろ!」
「遅いな」
ララサララが叫んだときには、カカパラスが壇上まで駆け上がっていた。近衛兵と騎士達が倒されている。
同時に、〈玉座の間〉の外、王宮内で、雷が落ちたような轟音が響き渡った。
「兄上!」
睨み付けたララサララを、カカパラスは剣の柄で殴りつけた。ララサララの小さな体は飛び、玉座に叩き付けられた。
「ぐ……」
「王宮の〈魔法封じ〉を過信したな? ララ。これでおしまいだ」
カカパラスと同行してきた飛行騎士達――魔法使い六人と騎士五人――は、王子の賓客として別室で歓待されていた。もちろん、武装解除は行った。しかし、魔法使いだと思われた六人が魔術師ならば、武装解除など意味はない。魔術師は、魔法具がなくても魔法を使うことができる。
「もうすぐ、新たな飛行騎士達が〈黒の森〉を越えてくる。沿岸からの侵攻も始まるだろう」
「それで? この国を荒らして、兄上はどうするのだ? 百年前と同じように、陥落直前に守護魔法をかけようというのか?」
「そんな馬鹿の一つ覚えはしない。こんなちっぽけな国は、俺の礎となりさえすればいいさ」
「?」
カカパラスは、ララサララの首根っこを掴むと、壇の下へと投げ落とした。背中から落ちたララサララは、呻いて気を失った。
「陛下!」
ノースが駆け寄る。しかし、ひとりの騎士が立ちはだかった。ミューカス第二大隊長だった。
「ミューカス大隊長! 陛下を裏切るのですか?」
「カカパラス殿下が正当な次期王陛下だ。それがわからぬか、ブリューチス大隊長!」
「正当? 今はララサララ陛下が王だ! それが現実です!」
ノースとミューカスの剣が交わった。金属と金属がぶつかる鋭い音が響き、力が拮抗する。その間に、カカパラスは壇から降りると、ララサララを抱え上げた。
「そこの女騎士、考え直すなら今のうちだ」カカパラスが言う。
「何?」
「ララに何を吹き込まれたか知らないが、所詮子供の考えることだ。この国の人間は腑抜けだからな。力がすべてだということを教えてやる。大司教、やれ」
「はい」
ノースが何も言い返せないうちに、轟音と突風が〈玉座の間〉を満たした。朦々と立ち上る煙と埃が晴れると、玉座と階段は無惨に破壊され、そこに大きな穴が開いていた。穴の向こうには、円形の部屋が覗いている。大司教が破壊の魔法を使ったのだった。
呆気にとられたノースの一瞬の隙を突いて、ミューカスの一撃が脇に入った。ノースは横様に吹っ飛ばされ、床に叩き付けられた。
〈玉座の間〉は騒然となった。騎士達が入り乱れ、怒号が響き渡る。そこに、さらなる衝撃が、焼け付くような輝きと共に叩き付けられた。その狙い澄ましたような〈魔法の雷〉は、外に面した窓という窓を砕いた。その窓の破片を踏み越えて、六人の魔術師と五人の騎士が姿を現した。もちろん、カカパラスがデル・マタル王国から引き連れてきた飛行騎士達だ。魔術師は全員深紅の外套を、騎士は深紅の甲冑をつけている。居並ぶその姿は、悪い夢のようだ。王宮内では、急ぎ戻ってきた騎士団第七大隊先行部隊が応戦していたはずだが、彼らは傷一つ負っている様子がない。
「いくぞ」
ララサララを抱えたカカパラスに続き、大司教と六人の魔術師達が、円形の部屋へと入っていった。五人の騎士は、部屋の入り口を塞ぐように仁王立ちになった。彼らが剣を鞘から抜く冷たい音が、瓦礫の山と化した〈玉座の間〉に冷たく響く。その威圧感に、広間中が息を飲んだ。
時を同じくして、すっかり見晴らしの良くなった窓の外に、新たに飛来する三十騎ほどの飛行騎士の姿が認められた。




