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兄妹 2

 時は少し遡る。傷の男達に賞金首として王宮に突き出された――もちろん作戦のうちだが――マーリーとミーネは、大司教サン・パウバナの前に引き出された。

 ミーネは、ララサララと服を取り替えて王宮を抜け出し、明け方、マーリー達の宿屋へと飛び込んできた。マーリーと男達が、本人が戻ってきたのかと勘違いするほど、その姿はララサララに良く似ていた。

 ミーネはララサララからの伝言を携えていた。マーリーと男達は、日が昇ると同時にララサララの作戦を実行に移すことにした。――作戦。それは、ララサララがミーネとして王宮で王子を迎え、反逆の意を見せたところで捕らえる。ミーネはララサララとして、マーリーと共に王宮に突き出され、大司教らを油断させる、というものだった。ミーネとララサララは、その作戦を成立させるために、一睡もせずに打ち合わせをしてきたのだった。

「また会ったな、少年」大司教が満足そうにマーリーの顔を覗き込んだ。

 場所は王宮内の司青署卿しせいしょきょう執務室。マーリーとミーネの背後には、それぞれ騎士が起立している。ふたりは後ろ手に縛られ、騎士に抑えられていた。

「母さんはどこだ!」

「心配せずとも生きている。殺してしまっては元も子もないからな」

「……母さんをどうする気だ?」

「少年。お前は母親の正体を知らなかったようだな。哀れなことだ。しかし、案ずるな。死に目には立ち会わせてやる。〈金翠の歌姫〉が新たな国のいしずえとなる、すばらしき瞬間にな!」

 大司教は、かかかと笑うと、ミーネへと向いた。

「これはこれは、陛下。何とも言えないお姿ですな」

 背後の騎士達は、大司教がミーネを〈陛下〉と呼んだことに、動揺一つ見せる様子がない。彼らもこの謀に荷担している者達だということだった。

「大司教。さっさとこの縄をほどけ」

「そうはいきません。王宮に女王はふたりもいりません」

「ふたり? どういう意味だ?」

 ミーネの演技にマーリーは舌を巻いた。彼女は、昨日の夜まで女王としてこの王宮にいたのだ。そして、今朝は偽者として連行されてきた。今は、大司教の前で本物のララサララとして振る舞っていて、まるで疑われていない。偽者の存在を知っている者も知らない者も、彼女を前にして自分の先入観を疑うことがない。平原候に教育されたとのことだったが、彼の教育は見事だった、と言うしかないだろう。

 大司教はミーネの質問には答えず、にやにやと笑った。

「しかし、今日という日に見つかるとは。やはり、運は殿下にあるということですな」

「殿下? どの殿下だ?」

「もちろん、カカパラス王子殿下です」

「な……、兄上が生きているのか?」

 ことさらに、ミーネが驚いて見せる。

「ああ、陛下には〈王子殿下は行方不明〉ということにしてあったのでしたな。お喜びください。本日戻られますぞ」

「……それで?」

「玉座の偽者を引きずり下ろし、殿下が王になられる。そして陛下……御身は、魔術師と共に王国の礎となるのです」

 ミーネは顔面蒼白となった。ララサララと入れ替わらなかったときの、自分の身の上を想像したようだった。

「……礎とは何のことだ?」

 手駒が揃ったことへの安堵感からか、大司教の口は軽かった。

「今から百年ほど前、初代ババカタラ王が、王国を中心に発動した〈操心魔法〉。誰も、王国に対して野心や敵愾心や不満を持たないように、とかけられたその魔法は、百年の時を経て有効だったのですよ」

「伝説の……守護魔法……」

「そうです。しかし、さすがにここ数年は効力が弱くなってきていた。……わかりますか? 陛下。バラオ王家は、その求心力で王国を運営してきたわけではないのです。魔法の力で、隣国ばかりか王国の民達をもたばかってきたのです」

「……そう言うなら、兄上とてバラオ王家の人間だ」

「勘違いなされては困りますな。私は、百年の操心魔法を否定しているわけではないのです。むしろ、その素晴らしさには賞賛を惜しみません。……〈玉座の間〉の裏に〈王の宝物庫〉と呼ばれる部屋があるのはご存じですか?」

 ミーネは首を振った。大司教が勝ち誇ったような顔をする。

「あそこには、龍青玉でできたババカタラ王の像がある。いや……あれは、王が龍青玉に結晶したものだ。そして、それを実現する魔法式も残されている。操心魔法の効力があった頃は、目に見えていても解読されなかった式……いにしえの〈金翠の一族〉が組み上げた式です」

「金翠の……一族」マーリーが絞り出すように呟いた。

「そうだ! かの一族は、自分達が行った魔法の余りの強大さに恐れをなし、西へと逃げたのです」

「何故、魔法を解除しなかったんだ?」

 大司教は、哀れみを込めた目でマーリーを睨め付けた。

「何故? それは無理です。操心魔法は魔術師達にも等しく働くのです。自らの記憶の喪失を止めるくらいが精一杯で、王国への敵対行為となる、守護魔法の解除など、以ての外でしょう」

 大司教はミーネに近づくと、そのあごに手をやった。ミーネは顔を背けようとするが、背後で騎士が抑えているために思うに任せない。

「瑞々(みずみず)しい命をそのまま龍青玉へと変換すれば、魔力は強大なものになる。只の人よりも王。男よりも女です……」

「だから……余を騙して王としたのか?」

「残されていた魔法式は生きた女王を素体としたものでした。ならば、式の通りが良いだろうと、殿下が仰ったのです。三ヶ月前、我々の前から逃げたことがありましたな? 陛下。あのとき発見されなければ、偽者に精霊の秘儀を受けさせても良かったのです。そうすれば、それは本当の王になる。バラオ王家の人間である必要はないのです。だから、申し上げました。あなたは精霊の秘儀を受けたから王になるのです、とね」

 大司教は喋り足りたのか、騎士達に顎で指示を出すと、ふたりを連れて司青署卿執務室を出た。そして、王宮内をぐるぐると歩き、窓一つない部屋へと入った。

「この入り口も最近見つけたんですよ。以前は〈玉座の間〉からしか入れなかった」

 そこは、八本の大理石の柱に取り囲まれた、円形の部屋だった。床の固い感触は、どうやら金属のようだ。金属の表面には、何やら細かい文字がぎっしりと刻み込まれている。天井はそれほど高くなく、部屋の中央には、祈りを捧げる女性の像が建っていた。よく見なければ気付かないが、像は微かに青白く光っている。

「ババカタラ王……?」ミーネが呟いた。「じゃあ、ここが……」

「そうだ。〈王の宝物庫〉だよ」

 マーリーは呆然と室内を見渡した。壁に灯された数少ない蝋燭が、ぼんやりと室内を照らしている。その暗がりの中、マーリーは、反対側の壁、像の向こう側に人影を認めた。

「母さん!」

「さて少年。お前には、〈金翠の歌姫〉に対する人質となってもらいますよ」

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