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兄妹 1

「ご即位を心よりお慶び申し上げます。女王陛下。お祝いが遅くなり、誠に申し訳ございませんでした」

 アプ・ファル・サル王宮の〈玉座の間〉に敷かれた深紅の絨毯の上で、カカパラス・バラオは片膝をつき、深く頭を下げた。

 カカパラスが礼をした先には、絨毯の敷かれた十八段の階段があり、その上にはアプ・ファル・サル王の玉座がある。カカパラスの背後には、平原候と鉱山候を筆頭に、大司教や署卿・尚書らが並んでいる。広間の両脇に警護の騎士団が整列しているのは言うまでもない。そして、誰もが、女王と王子の対面を固唾を飲んで見守っていた。

言祝ことほぎ、感謝します。兄上。顔をお上げください」

 カカパラスが膝をついたまま顔を上げた。

「それにしても、突然のご帰国で驚きました。アプ・タリルの港に到着されるとばかり思っていました」

「デル・マタル王国で懇意になった方が、魔法使いを世話してくださいましたので、それに甘えました。〈黒の森〉を越えるというのは、なかなか貴重な体験でした」

 公式には、カカパラスは、この日アプ・タリルの港に到着することになっていた。しかし、馬に乗ったカカパラスは、唐突に王宮の上空に飛来したのだった。カカパラスの乗る馬には魔法使いが同乗していた。それは、一頭の馬に〈騎士〉と飛翔魔法を操る〈魔法使い〉が同時に乗る〈飛行騎士〉の形態だった。カカパラスは共として、飛行騎士を五騎ほど従えていた。

 突然の飛来に驚いた王都警護の騎士団第八大隊は、六騎の空飛ぶ馬に対して矢をつがえた。しかし、先頭を飛ぶカカパラスの馬がアプ・ファル・サル王国の旗を掲げていたため、かろうじて攻撃を思い止まったのだった。

「港湾候が出迎えの準備をしていたと思います。王都警護の騎士団は、敵襲かとさぞ驚いたことでしょう」

「それは失礼をいたしました。しかし、王宮内で魔術師の襲撃などあったと聞きまして、気がきました」

「ご心配をおかけしました。それについてはことなきを得ました」

「それは何より」

「では、今宵は兄上のご帰国を祝ってうたげを開きましょう。留学先でのお話など、楽しみにしております」

 そこまで言うと、女王は玉座から立ち上がった。そして、話は終わりだとばかり、壇上脇にある扉へと向かう。

「お待ちください、陛下」

 カカパラスが女王を呼び止めた。立ち上がり、ひたと女王を見つめる。〈玉座の間〉を辞そうとしていた女王は立ち止まり、カカパラスへと振り向いた。

「何ですか? 兄上」

「伺いたいことがございます。よろしいですか?」カカパラスは、幾分強い口調で言った。

「どうぞ」女王は踵を返すと、玉座に座り直した。

「父王と母上はどうなされておいでですか?」

「身内のことは、後でゆっくり話しましょう」

「これは王家のことだ! 王国全体の話です。皆がいるところで話しをして、何の障りがありましょう」

「……隠居しておられます」

「居室は〈奥の宮〉か?」

「いえ、マーテチス州の離宮です」

「なんと……王宮から追い出したのか?」

「……」

 カカパラスは、ずいと一歩玉座へと近づいた。その視線は、女王へと据えられている。

「父王は何故退位なされたのだ?」

「お心の内はわかりません」

「では……、なぜ、次期王が私ではなく、ララサララ、お前なのだ?」

「勅命です」

 カカパラスが黙した。下を向き、両脇で拳を握りしめている。その肩が小さく震え始めた。やがて、顔を上げたカカパラスは――笑っていた。

「ふふふ……ははははは。勅命? 誰の勅命だ?」

「だれ? 決まっています。前王陛下です」

「本当ですか?」

 突然、カカパラスが首を巡らした。そこには、いつの間に入ってきたのか、ひとりの男が立っていた。

 無造作に広がる暗褐色の髪。線の細い顔。その場にいる全員が彼を知っていた――誰あろう、パパマスカ・バラオ前王だ。

「どうですか? 父王」

「余は、そのような勅命を出した覚えはない」

〈玉座の間〉が、しんと静まりかえった。

 カカパラスはさらに視線を巡らし、人垣の中の尚書令グラス・ホルシュを見据えた。

「尚書令、卿は誰の命で勅令を発したのだ」

「……はい……」グラスは下を向くと、申し訳なさそうに言った。「ララサララ陛下です。パパマスカ陛下が退位なされ、カカパラス殿下が不在の今、空白の期間は作れない……国民が納得しやすいのは勅令だから……と」

 女王は無言でカカパラスを見ていた。そのとき、壇上、玉座脇の扉から、ひとりの官吏が飛び出してきた。彼は女王の近衛兵に何事か耳打ちをして、急ぎ戻っていった。耳打ちを受けた近衛兵は、女王に近づくと、やはり耳打ちをした。女王は一つ頷き、そして立ち上がった。

「それで? 兄上は何が仰りたいのですか?」

「わからぬか?」

「……」

「では、はっきりと言わせていただこう。貴様は王には相応しくない!」カカパラスは、大音声と共に女王を指さした。

「実の妹に対して、酷い仰りようですね?」

「実の妹? たしかに、精霊の秘儀を受けたのはララサララだったようだ。しかし、貴様は別人だ」

「別人?」

 ざわ、と〈玉座の間〉が揺れた。ざわめきに乗じて、いつの間にか、平原候と港湾候、そして大司教が、カカパラスの背後に並んでいた。自分達もカカパラスと同意見だ、という構えである。

「数日前に魔術師の襲撃があったそうだが、そのとき、貴様はすり替わったのだろう? いくら似せても、実の兄の目はごまかせぬ」

 カカパラスの言葉に大司教が続く。

「昨日、陛下のご遺体が見つかりました……」

〈玉座の間〉は騒然とし始めた。ことの成り行きが把握できない警護の騎士達が、さすがにそわそわし始めたのだ。

 壇上の女王は俯いていた。口元には――笑みが浮かんでいる「……なるほど、そうきたか」

「?」

 カカパラスが訝しげな顔をした。

「笑止!」

 女王は傲然と顔を上げた。その瞳が、燃えるように輝いている。

 女王の一喝に、広間内は水を打ったように静まりかえった。その隙を突いて、数人の警護の騎士が女王の元へ寄り、近衛兵と共に警護の陣を厚くした。一方で、別の数人の騎士がカカパラスと大司教らを取り囲む。こちらは警護ではなく包囲だった。

 カカパラスがわずかに身構える。

 大司教が顔をこわばらせる。

 鉱山候が狼狽うろたえる。

 平原候が兵をめ付ける。

 それらを見ながら、壇上の女王は大きく両手を広げ、胸を反らせた。

 息を吸い、そして声を張る。


 ――バラオ王家の紅き血

   カタラの山の白き峰

   タリル川の緑の流れ

   日出ずる海の碧き波

   父の父の父も生きた

   小さき小さき土地に

   母の母の母も愛した

   豊穣の豊穣の土地に

   子の子の子が誇れる

   永く優しき国造らん


 それは、アプ・ファル・サル王国の国歌だった。

 凛とした歌声に合わせて、〈玉座の間〉に萌葱色の光の粒が溢れ、満たした。

 それは、紛れもないアプ・ファル・サル王の証――〈行幸の御証〉だ。

 カカパラスも、パパマスカも、広間中の誰もが、呆然と漂う光の粒を見つめた。

「そ、そんな馬鹿な!」大司教がひとり、玉座に向かって叫んだ。

 女王――ララサララ・バラオその人は言い放った。

「兄上! これでもまだ余を疑うか? 実の妹を前に〈偽者〉などと、まるで、〈偽者〉がこの場にいることが、最初から決まっていたようなもの言いではないか? 大司教もだ。余はここにいるというのに、誰の遺体が見つかったというのだ? いい加減、ごとはやめるがよい!」

 ララサララは、昨晩ミーネと入れ替わった。本物のララサララがミーネの振りをしていたのだ――もっとも、女王が偽者に入れ替わっていることを知っている人間は数えるほどしかいなかったので、それは容易なことだった。

 そして、ララサララはミーネとして、カカパラスとの謁見に臨んだ。大司教達の計画は、その場で偽者をあばきたて、ララサララ女王を廃位に追い込むことだったのだろう。当然、暴くのはカカパラスの役目だ。しかし――カカパラスはミーネと会ったことがない。いかな実の兄妹とはいえ、策に溺れる可能性はあった。偽者だと決めつけられた女王が、その実紛れもない本物であったなら、彼は逆に窮地に立たされる。

 ララサララはその可能性に賭け、それは現実となった。もちろん、今朝、マーリーと共に男達に連れてこられたのが、入れ替わったミーネだった。

 今や形勢は完全に逆転した。

「もう一つ。たった今、王宮の物見塔に〈遠矢文とおやぶみ〉が立った」

 誰もが、固唾を飲んだ。〈遠矢文〉は長距離連絡用の魔法の矢文だ。緊急事態に際して、各州城から王宮へと放たれる。

「アプセン州からだ。王国の沿岸にアニシャ連邦と思われる艦隊が現れた。これはどういうことか? 兄上!」

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