ノース 2
広場から続く町の大通りから外れ、小さな路地に入る。似たような小さな家が密集している一画にノースの家はあった。
「じっとしていて」
ノースは清潔な布に水を浸してララサララの傷を拭うと、軟膏を塗り込んだ。額だけでなく、足の傷にも軟膏を塗る。椅子に座ったララサララは、眉一つ動かさず、されるに任せていた。
「はい、これで大丈夫よ」
「感謝する」
「それはどうも、女王陛下」
ノースの声には皮肉の響きがあり、ララサララをまだ女王その人だと認めていないことがわかる。
「そなた、騎士団第八大隊長と申したな。余の顔がわからぬのか?」
しかし、ノースはその質問には答えず、隣の部屋へと姿を消した。
「ララ……」マーリーが見かねて声をかけた。
「在位三ヶ月の王などこんなものか……。少しみすぼらしくなると、国民どころか、騎士にも信じてもらえぬ」
ララサララはぐっと唇をかむとうつむいた。
「普段家にいることが少ないから、こんなものしか出せないけれど」
部屋に戻ってきたノースは、木製の杯に入れられた水をふたりに差し出した。
マーリーはお礼を言って杯を受け取ったが、ララサララは手を出さなかった。ノースはため息をつき、杯を手近な卓の上に置いた。そして、立ったまま腕組みをして言った。
「正直、判断しかねているわ。たしかに陛下に似ている。でも、陛下がこんな所にいるはずがない。〈行幸の御証〉はね……、私も内情を知っているから。でも、さっきは確認を取ると言ったけど、正直なところ、あまり常識外れなことは王宮には聞けないわ」
「じゃあ、僕らをどうするんですか?」
「どうもしないわ。好きにして頂戴。父さんのお墓の供え物を食べた件はもういいわ。だから、君達は自由よ」
そう言うと、ノースは玄関の扉を開いた。出て行けと言っているのだ。室内から見る外の風景は、妙に白々としていた。
まずララサララが無言で立ち上がり、とぼとぼと外に出た。マーリーもそれに続こうとしたが、しかし思い止まった。ノースの顔を見上げる。ノースは背が高く、マーリーより頭一つ半も大きい。
「?」
「ブリューチス大隊長ですね?」
「ええ、そうよ」
「アプ・ファル・サル王国の騎士は、迷子の子供ふたりを見捨てるんですか?」
「なんですって?」
「僕達には、ここがどこだかもわからないんです。お金もありません」
「それで?」
「だから、僕達の力になってもらえませんか?」
「君が言いたいのは、彼女が本物の女王陛下かどうかに関係なく、君達ふたりを保護しろと、そういうこと?」
「はい」マーリーは唇を引き結んで頷いた。
「広場で助けてあげただけでは足りないの?」
「それは感謝しています。ララの傷の手当てをしてくれたことも。でも、まだ困っているんです」
しばし、マーリーとノースの睨み合いが続いた。
「君、何歳?」
「十五です」
「十五歳で、自分は子供だから助けてくれって、そう言うの?」
「言います。駄目ですか?」
ぷっとノースが吹き出した。
「駄目じゃないわね。大人だって、困っているときは助けてもらいたいものだもの」
ノースは両手を上げて、降参という仕草をした。
「わかったわ。信じる信じないは別にして、とりあえず、今すぐ君達を追い出すのはやめるわ。ほら、あなたも戻りなさい」
ララサララは事態が良く飲み込めていないらしく、ポカンとしている。マーリーが手を引き、家の中へと連れ戻した。
ノースが扉を閉めると、三人は改めて、部屋の中央の卓を囲んで座った。
うほん、とわざとらしい咳払いをしてノースが口を開く。
「そうとなれば、騎士団の大隊長としては、根掘り葉掘り訊くわよ」
ぐるるる――見計らったようにララサララの腹が鳴った。ノースは目が点になり、すぐに大笑いを始めた。ララサララは頬を染めて横を向き、苦々しげに呟く。「何なのだ」
「そうね、まず腹ごしらえをしましょうか」
ノースはそう言うと、食事の用意をするために席を立った。
こうして、ララサララとマーリーは、二日ぶりにまともな食事にありついたのだった。




