晩餐会 4
それは、マーリーが高々と演目を告げ、仮面をつけた瞬間だった。
突然広間の中を突風が巻き、蝋燭の火がすべて消えた。
一瞬の静寂の後、婦人達が騒ぎ始めた。
「灯りを持ってこい」と誰かが叫び、どやどやと広間の外が騒がしくなる。
「姫様」
「リルか」
「お借りいたしますね」
「なに?」
リルは、微かな星明かりの中でララサララの頭に手を伸ばすと、王冠を取り自分の頭に乗せた。
「卓の下へ隠れてください」
そして、有無を言わせずにララサララを食卓の下に押し込んだ。
「灯りはまだか!」
王冠を乗せたリルが叫んだ。それはララサララの話し方にそっくりだった。
ひゅっ、と風切り音がして、食卓下のララサララの頬に暖かい水滴が飛んだ。どさっ、と人が倒れるような嫌な音がする。ララサララが指で頬を拭うと、水滴は微かに滑った。
ようやく〈灯石〉が灯り、広間内が青白く照らし出された。何が何やらわからず食卓の下から這い出したララサララは、そこに信じられないものを見た。――リルが左脇腹に傷を負い、血の海に沈んでいた。
「リル!」
三諸侯が異変に気付き、ララサララとリルに駆け寄る。
舞台の前では、大司教がルーリーを睨み付けていた。
「やはり〈金翠の歌姫〉か! 女王陛下を手にかけ、王宮の龍青玉を手に入れるのが目的か!」
「よくもそんなことを! すべてはあなた方の謀でしょう」
「ぬけぬけと。儂はたしかに見た。〈魔法封じ〉が解けたのを良いことに、陛下に向けて魔法の矢を放ったのをな」
そして大司教は、広間中に響く大音声で叫んだ。
「この者は陛下を襲った賊じゃ! 捕らえよ!」
その声に、ララサララとリルを囲んでいた三諸侯が散った。
「姫様……」血まみれのリルがララサララを呼ぶ。
「リル、今手当をする」
「いえ、聞いてください。王子殿下はご存命です。そして、謀たのはおそらく、私の父と王子殿下……。ご即位のことも、今回のことも……。今はお逃げください……」
「私に、またひとりだけ助かれと言うのか? また、師のときと同じ想いをしろというのか?」
リルは答えず、小さく折りたたんだ紙をララサララの手に握らせた。
「陛下、大丈夫ですか」
近づいてきたのは女官長だった。
ララサララは反射的に後ずさった。
「おや、どうなされました」女官長は無表情に言った。
「なぜだ……、女官長」
「さて? その娘はデル・マタル王国の間諜です。しかも、あれなる魔術師の手先。その娘の妄言を信じてはなりません。さあ、お退きください陛下。怪我をなされますよ」
女官長の手には、小さな〈魔法弩〉が握られていた。
〈魔法弩〉は龍青玉の魔力を矢と変える魔法武具だ。〈弩〉は、横にした弓に弦を張り、矢を置いて、引き金を引くことで発射する武器だ。矢をつがえるのに時間がかかることが難点の武器だが、〈魔法弩〉は、魔力が切れるまで打ち続けることができる。
女官長は、あくまでもリルを狙っているという口ぶりだった。しかし、その手の〈魔法弩〉はララサララに向けられている。おそらく、一発目も女官長が撃ったのだろう。リルが身代わりになっていなかったら、間違いなくララサララが打ち抜かれていた。
女官長が無言で引き金に指をかけた。
ララサララは思わず目をつぶった。