晩餐会 3
晩餐会が始まっても、リルは上の空だった。始まる前にルーリーから聞いた話が、頭の中をぐるぐると巡っていたためだ。しかし、ルーリーとマーリーが客として参加しているとはいえ、その他の顔ぶれは代わり映えのない晩餐会だ。少しくらい気がそぞろでも、リルは不足なく仕事をこなした。
リルは、父ブリスター子爵とカカパラス王子が、ルーリーに伝えた話を咀嚼していた。自分の知っていることと組み合わせて、できるだけ正確な情報をララサララに伝えたい。
リルは、できるだけ簡潔に状況を整理してみようと試みた。
《黒幕の魔術師は、アプ・ファル・サル王国の〈何か〉が欲しい。しかし魔術師は王国の伝説の守護魔法が怖いので、アニシャ東方三国を出しにして、王国へと近づこうと考えた。
しかし、三国の正面切っての王国への交渉は失敗した。そこで魔術師は、搦め手としてカカパラス王子を使うことを思いつき、またも三国をその計画に上手く乗せた。三国は、今度はアプ・ファル・サルの三諸侯に接触し、謀に引き入れることに成功した。
三諸侯はパパマスカ王を退位させて、ララサララを即位させた。ララサララの即位は王の勅命とされたが、それは三諸侯のでっちあげだった。その結果、王位継承権を飛ばして王になったララサララに対して、王子が異議を申し立てる建前ができた。
しかるに三国は、王子の後見として王国に侵攻する建前を得た。
しかるに魔術師は、三国に乗じて王国の〈何か〉に近づく機会を得た。
しかし、現在王子は三国の手から離れてしまったので、魔術師が次の手を考えている――》
こう考えてみると、女王はララサララ本人である必要はあまりない。隠れてしまったララサララを見つけられなかった三諸侯が、偽者を立てようとしたのもわからなくはない。
しかし、話の最初と最後にだけを顔を出す魔術師が、取って付けたような感が否めない――考えてみれば、魔術師の存在は、状況証拠からブリスター子爵が推測したものだ。単なる杞憂、もしくは勘違いの可能性もある。とすると――
《三国は王国へと近づこうと考えた。王国への交渉は失敗したので、搦め手として王子を使うことを思いついた。三国は三諸侯に接触し、引き入れることに成功した。
三諸侯は王を退位させて、ララサララを即位させた。ララサララの即位は王の勅命とされたが、それは三諸侯のでっちあげだった。
その結果、王位継承権を飛ばして王になったララサララに対して、王子が異議を申し立てる建前ができた。
しかるに三国は、王子の後見として王国に侵攻する建前を得た――》
ことの本筋は変わらず、随分とすっきりとする。いっそのこと三国も外してしまおうか――リルの思考は、わずかに暴走した。
《三諸侯は王を退位させて、ララサララを即位させた。
ララサララの即位は王の勅命とされたが、それは三諸侯のでっちあげだった。
その結果、王位継承権を飛ばして王になったララサララに対して、王子が異議を申し立てる建前ができた――》
ほら、わかりやすい――と、リルは内心ほくそ笑んだ。
リルの眼前では、華やかな晩餐会が続けられている。ルーリーとマーリーを客として迎え、ララサララも普段より楽しそうにしている。
そんなララサララの顔に釣られたわけではないが、リルはくすっと笑ってしまった。今の自分の考えが成立したら、黒幕は王子殿下ということになってしまう――
「……」
リルは、自分の顔が一瞬にして引きつったのを自覚した。
待て――待て。仮に――仮にカカパラス王子殿下が黒幕として糸を引いていたと仮定すると、どうなる?
《王子の指示で三諸侯は王を退位させて、ララサララを即位させた。
ララサララの即位は王の勅命とされたが、それは三諸侯のでっちあげだった。
その結果、王位継承権を飛ばして王になったララサララに対して、王子が異議を申し立てる建前ができた――》
しかし、なぜララサララを王にしたのか、その理由が依然わからない。三諸侯はララサララを見失った後、わざわざ偽者を用意している。本人である必要はなくても、ララサララという女王を誕生させたい理由があったのだろうか? 人にこだわらないというのなら、重要なのは〈女王〉という点だろうか。ララサララである必要がなくても、ララサララならば国民も納得しやすいということか。
加えて、リルに宛て送ってきた手紙の内容にも疑問が生じる。リルを騙しても、ブリスター子爵とカカパラス王子に益があるとは思えない。ならば、リルではなく、ララサララを騙したかったのだろうか――いや、それもしっくりこない。リルにしろ、ララサララにしろ、黒幕が〈魔術師〉だろうと〈三国〉だろうと、あげく〈王子〉だろうと、心情的にはともかくとして、現状が変わるわけではない。それなのに、わざわざルーリーを使者に仕立ててきた――
リルはルーリーの正体には心当たりがあった。子供の頃、ブリスター子爵が良く話してくれた、稀代の魔術師。美しき〈金翠の歌姫〉。
――魔術師?
リルは胸がざわめいた。
王子が魔術師を送り込んできた――この構図はなんだろう?
魔術師が狙っているからという理由で、魔術師のルーリーが送り込まれてきた――携えてきた手紙も、そして語られた物語も、すべてルーリーに向けられたものだったとしたら――
アプ・ファル・サル王宮の状況を知らないルーリーは、ブリスター子爵の話を信じてしまった。王子殿下の目的は、魔術師ルーリーをアプ・ファル・サル王宮へと誘うことただ一点――。ここまで来れば、何も知らずに送り込まれたルーリーを、三諸侯辺りが黒幕に仕立てるのは容易い。とすれば――黒幕は王子殿下という線で決まりだ。子爵も共犯なのは間違いない。
「陛下! それはいけません」
ルーリーの鋭い叫び声に、リルは我に返った。
大司教がルーリー達に、〈うそつき面〉を使用した劇を望み、広間の〈魔法封じ〉を解除しようとしているところだった。
――やはり、そういうことなのだ。王子殿下と三諸侯、そして大司教までもが共犯のようだ。そして、総出でルーリーを嵌めようとしている。ララサララではなく、ルーリーを。
呆然としているリルに、女官が声をかけた。ルーリーが呼んでいるという。
ルーリーは泣きそうな顔で、リルに耳打ちをした。
「どうやら私は嵌められたようです」
「やはり……。殿下と父が?」
ルーリーは悄然と頷く。彼女もまた、リルと同じ結論に思い至ったようだった。
「理由はわかりません。しかし、私を捕らえたいようです。私のことは自分でなんとかします。女王陛下を」
リルは無言で頷くと、ルーリーの元を離れた。
若き女王の手助けをするつもりでこの国へと来たルーリー。彼女を捕らえようとするならば、ララサララは格好の人質だ。そのためなら、三諸侯や大司教は、ララサララに怪我の一つも負わせるかもしれない。最終的には、それをルーリーのせいにしてしまえばよいのだから。
リルは拳を握りしめると、ララサララの元へ急いだ。




