晩餐会 2
食事が終わると、菓子と茶が用意された。
ルーリーとマーリーは、広間の一角に用意された舞台に上がった。期待感よりも、多分に好奇が勝った拍手が起こり、ふたりは頭を下げた。
この国に来てから何度も繰り返したように、まずルーリーが〈麗しの王国〉を歌った。その後、宮廷楽団が現れ、出席者らの求めに応じて宮廷歌謡がいくつも歌われた。楽団の伴奏に合わせてルーリーと合唱しながら、マーリーは、ララサララとの約束を果たす機会が巡ってくるのかと気が気ではなかった。
宮廷歌謡が一段落したところで、大司教が劇を見せてくれと言い出した。それを聞いた三諸侯達は、顔を見合わせると、口々に言った。
「パウバナ大司教、彼らは〈うそつき面〉を使います」と港湾候。
「この広間は、魔法具が使用不能にしてあるではありませんか」と鉱山候。
「劇をご所望なら、明日にでもご自宅に召せばよろしい」と平原候。
しかし、大司教はいかにも残念そうな顔をした。
「明日より、しばらく王都を留守にするでな。女王陛下いかがですか? ほんの一時、〈魔法封じ〉を解いて、この者達の劇を見ようではありませんか」
ララサララはしばし逡巡した。
ルーリーの歌にすっかり魅了されていた晩餐会の面々は、大司教の提案に驚きつつも、期待を込めて女王を見つめている。
「……わかった」
「陛下! それはいけません」ルーリーが鋭い声を発した。
「貴様、陛下に対して無礼であろう」平原候がルーリーを睨み付け、「歌い手風情が」と吐き捨てた。
ルーリーは、今にもかみつきそうな目で平原候を睨んだ。それから、大司教に目を移すと、「今〈うそつき面〉は持っていません」と言った。
「大丈夫じゃ」
大司教は近くの女官に耳打ちをした。女官はいったん広間を出ると、すぐに盆を手に戻ってきた。銀製のその盆の上には、〈うそつき面〉が並べられていた。
「王宮に伝わる〈うそつき面〉じゃ。これを使えばよい」
普段ルーリーとマーリーが使っている木製の面と違って、それは金と銀と宝石でできている。そんなものは使えないとはさすがに言えず、ルーリーは唇をかんだ。
ルーリーの無言を大司教は肯定と受け取った。
「では陛下、よろしいですかな?」
「うむ」
おもむろに席を立ったララサララは、大司教と共に、パパマスカ王の肖像画の前に立った。右手を肖像画にかざすと口を開く。
「第九代アプ・ファル・サル王ララサララ・バラオ。我が名において願い奉らん。広間に巡らしたる、代々の王の御力と、精霊の力をしばし眠らせん」
ララサララの王冠の中央にはめ込まれた、一際大きな龍青玉が青白い燐光を発した。
「司青署卿サン・パウバナ。陛下のお言葉と並び願い奉らん」
大司教の右手の指輪にはめ込まれた龍青玉も、やはり光を宿す。同時に、広間に飾られた八枚の王の肖像画が青白い燐光を発した。肖像画に埋め込まれた龍青玉を使って、広間内の魔力を相殺する魔法、〈魔法封じ〉がかけられていたのだ。
照明に蝋燭を使っていたのは〈灯石〉が使えなかったからなのか、とマーリーが感心しているうちに、肖像画の光は徐々に弱くなり、やがて消えた。
「さあ、これで良いであろう」とララサララが言うと、大司教は満足そうに頷いた。
「陛下……」
ルーリーの顔は泣きそうだった。近くの女官に声をかけ、リルを呼んでくれるようにと言う。女王の近くに控えていたリルが呼ばれ、ふたりはふたことみこと言葉を交わした。リルは頷くと、持ち場に戻っていった。
何がどうしたのか、ルーリーは壇上に戻ると、悲愴な顔でマーリーに耳打ちをした。
「マーリー。何かあったら、女王陛下をお守りしなさい」
「?」
そして素早く自分の首飾りをマーリーにかけると、演目を決めた。
ふたりは、女官から豪奢な〈うそつき面〉を受け取り、観客に向いた。演目を告げるのはマーリーの役目だ。
「それでは皆様、これより、北はベスーニャ帝国の、双子の王子の物語をお目にかけます」




