出逢い 7
「パパマスカ王の御身柄は、どうなったのですか?」とルーリーが訊いた。
「常識的に考えれば、父王は生きてはいないでしょう」とカカパラスが答えた。だから、ララサララに王位を譲るという勅令は、三諸侯がでっち上げたものだろう、とのことだった。
「三国側としては、王の退位までは予定通りだった。しかし、新王がララサララ殿下だとは誰も思っていなかったのだ」子爵は苦笑した。
「結局、アプ・ファル・サル王国に大手を振って攻め込むことができないのは、地勢的な理由と、守護魔法の伝説のためなのだ。その魔法がバラオ王家秘伝だという話は、この国の人間は意外と信じている。もちろん、王侯貴族も例外ではない。だから、パパマスカ王を玉座から追い落とすいうのは、守護魔法を封じ込めるという意味も含んでいたのだよ。三諸侯へはさんざんそのことを言い含めたようだったが、結果はあの通りだ。継承権の順位の問題で、カカパラス王子を祭り上げて乗り込むお膳立てはできたわけだが、王子を上手く駒として使えなかったときのことを考えると、片手落ちと言わざるを得ない」
結局、アプ・ファル・サルの三諸侯としても、唯々諾々(いいだくだく)と三国の話に乗ったわけではないと言うことだろうか。彼らにしてみれば、ララサララを王とすることで、三国に対して守護魔法という切り札を守ることができる。さらには、若い女王を思いのままに操り、王国を我がものとすることもできる。
黙って話を聞いていたカカパラス王子が、さも可笑しそうに笑った。
「加えて、すでに私は企みを知り、デル・マタル王宮から逃げてきてしまっている。私がいなければアプ・ファル・サル王国へ乗り込む理由が立たない」
以前から、リルを経由して交流のあったブリスター子爵とカカパラス王子は、留学以来さらに親交を深めていた。
だから、アニシャ東方三国の思惑は、子爵を通じてカカパラスの知るところとなった。没落貴族のブリスター子爵にしてみれば、デル・マタル王国の現王家に義理も未練もなく、精力溢れる豪胆な若者に肩入れしたくなるのも無理からぬことであった。
カカパラスを〈王位を奪われた悲劇の王子〉に祭り上げ、アプ・ファル・サル王国へ乗り込もうというアニシャ東方三国の思惑は、王子が逃げてしまった時点で失敗したと言えるだろう。
「正確には三国の意向と言えるかどうかも怪しいのだがな」と子爵。
「どういうことですか?」
「あまりにもアプ・ファル・サル王宮が指向されすぎているのだよ。考えてもみたまえ。無理矢理王を退位させたのなら、新王を立てる理由があるかね? 国王の不在に付け込んで、攻め込んでしまえば良い。当初の筋書きはたしかに外聞が良い。三国の王達がそれにこだわった、との見方もできるが、しかし、国を攻めるということは綺麗事だけでは済まされない。王子殿下を人質としてパパマスカ王を脅すという手もあった」
子爵の言葉に、カカパラスが肩をすくめた。
「中途半端なのだよ。外聞良くアプ・ファル・サル王宮へと入る理由を探している……、と感じるのは私だけだろうか。国家が三つ集まって企てていると言うより、誰か個人の意志に誘導されている気がしてならないのだ。アプ・ファル・サル王国を引き入れろ、という世論についてもそうだ。三国の連邦からの脱退はダシにされたに過ぎない。……なら、その誰かの目的はなんだろうか? アプ・ファル・サル王国と言ってまず思いつくのは……」
「魔法……ですか?」
ルーリーの言葉に子爵は頷いた。
「アプ・ファル・サル王国は魔法の代名詞といわれる国だ。となれば、目的は王宮内にあるという巨大な龍青玉か、王家秘伝といわれる魔法技術というところだろう。そんなものを指向するのはまず……」
「魔術師……」
「……私はそう考えている。まあ、憶測の域は出ないがね」
「王家秘伝の魔法。巨大な龍青玉。それは存在するのですか?」ルーリーはカカパラスに問うた。
「さあ?」王子はその質問を軽く流す。答える気はないようだった。
子爵が続ける。
「本当にあるかどうかなど問題ではない。それを狙っている者が信じるかどうかなのだ。その者が、バラオ王家の人間さえ王宮から排除すれば、と考えているのなら、次の手は自ずと見えてくる」
「ララサララ女王の排除でしょうか?」
「おそらくな。三国側に今のところその動きはないが、仮に黒幕の魔術師が存在するなら、いつその動きがあるかわからない。だからルーリー、君にあの国に赴いてもらいたいのだ。〈金翠の一族〉に連なる君ならばうってつけだろう」
そして、子爵はこう言った。――自分が今夢見ているのは、アニシャ東方三国をカカパラスが新たな国として平定し、アプ・ファル・サル王国を妹のララサララが統治することなのだと。兄妹が治める、若く鮮烈な国家の誕生に立ち会いたいのだと。
カカパラスは、子爵の言葉に微笑んでいるだけだった。しかし、否定しないところを見ると、本当にアニシャ東方三国を平定しようと思っているのかもしれなかった。
ルーリーはゆっくりと頷いた。
子爵は目に見えて肩から力を抜くと、「ありがとう」と言った。そして、小さく折りたたんだ手紙をルーリーに差し出した。
「以前お会いしたとき、リル様はまだお小さくていらっしゃいました。私の歌を聴いて眠ってしまわれました」
そうだったかな、と子爵が笑った。
ええ、とルーリーは微笑み、場が和んだのを機に暇を告げたのだった。




