第33話 死神と村長
うわぁ、気持ち悪い!
まるで、虫の死骸に群がるアリみたい。
『バドさん、本当に大丈夫なんですか? あの数』
ノブトシの心配はもっともだわ。
たどり着いた東の村には、すさまじい数の小鬼がいた。
「大丈夫です。一匹一匹は、本当に弱い奴らですから」
村の〝防壁〟は、まだ多少は機能しているようで、中に入ろうと押し寄せる小鬼を、幾分かは押し留めている。
……でも、この数相手じゃ、壁なんか有って無いようなものね。掬った手から水がこぼれ落ちるように、どんどん中へ入っていくわ。
「よし、総員、戦闘開始! 数が数だからな。囲まれないように気をつけろ!」
バドの号令で、兵士たちは一斉に突撃した。
「分かっていると思うが殲滅戦のつもりで行くぞ。一匹も逃すな」
バド率いる兵士20名が正面から突入。小鬼たちの気を引く。
カッツとノブトシは、数人の兵士と一緒に、こっそり裏側に回り込んで、村人が立て籠もっているという集会場を目指すみたいね。
『カッツさん、気をつけてください!』
気をつけるのはアンタでしょ! そのカッツという男は、アンタがステータスをほとんど〝移譲〟しちゃったから、このメンバーの中ではダントツで最強なのよ?
「ついてきて下さい。私たちが村を出る時に通った、防壁の裂け目があります」
カッツの案内で、村の外周を遠巻きにぐるっと回る。当たり前だけど、こっちにも結構な数の小鬼が居るわ。
……あ、すごい。バド隊の方に、ゾロゾロと引き寄せられていく。
『バドさんたちが暴れてくれているおかげで、随分と手薄になったなあ!』
「ノブトシさん、こっちです! ここ、防壁が大きく壊れていて通れるんですよ。ここから入れば、集会場のすぐ裏手に出られます」
『分かりました。急ぎましょう!』
防壁の隙間から、村に侵入。いっきに集会場を目指す。
次々と小鬼を倒していく兵士たち。本当に弱いのね、この魔物。
でも、あまり盛大にやり過ぎると……
ほらね、集まって来ちゃう。
……背後に気をつけろノブトシ。
『うわっ!』
後ろから飛びかかろうとしていた小鬼を、鎌で両断する。
『……ふう。ビックリした。ありがとう、死神』
「い、今のはどうやったんですか? ノブトシさん」
カッツが、目の前で真っ二つになった小鬼を見て慌てている。
私の姿は、ノブトシにしか見えないんだから当然よね。
『あ、忘れてました。僕は、えっと……〝呪い〟によって守られているんです。僕が無事、故郷に帰るまで、全力で守ってくれています』
そこはもう〝加護〟で良いんじゃないの?
ん? あれあれ? それはそれで、死神としてはどうなのかな。
「守って……? 変わった呪いですね。それで、故郷に帰り着いたらどうなるんですか?」
『僕は、呪いに殺されます』
ギョッとした表情のカッツ。でも、当のノブトシは嬉しそうにニコニコと笑っている。
「ノブトシさん、死ぬと分かっていて故郷に帰るんですか?」
『ええ。僕が故郷に帰れないと〝呪い〟に迷惑が掛かっちゃうんですよ』
「〝呪い〟に迷惑……? えっと、迷惑を被っているのは、ノブトシさんじゃないんですか? 〝呪い〟なんでしょ?」
『いえいえ。僕のせいで、色々と大変な目にあってるのは〝呪い〟の方なんですよ。だから僕は、必ず故郷に帰らなければならないんです』
嬉しそうに笑うノブトシ。
……おかしなヤツ。やっぱり変だ!
私はあんたを殺そうとしているのよ? 本当に分かっているの?
「……まあノブトシさんが、その〝呪い〟の事を、なぜかとても大事に思っているという事は分かりました」
ノブトシが、私を?
な、何を言っているの? そんなはず無いじゃない。バカバカしい。
余計なムダ話しは放っといて、倒した小鬼の〝偽造魂〟を回収しておかなきゃ。
……大事に、思ってる? 私の事を?
何だろう、この湧き上がる不思議な感情は。すごく、暖かい……
って、ちょっと。本当に何なのよ、もう!
『ああ……ひどい』
村の惨状に目をやり、悲しい顔をするノブトシ。その表情を見て、私まで心が痛む。
おかしい。私はどうしてしまったのだろう。人間の死は、飽きるほど見てきたし、この世界ほどでは無いにしろ、人は理不尽に死ぬ。誰ひとり、その死に方に文句をつけることなど出来ない。でも、これはさすがに余りにも……
「ノブトシさん……」
『すみません、カッツさん。急ぎましょう。一人でも多くの人を助けなければ!』
村の集会場が見えてきた。石造りの立派な建物で、いかにも頑丈そうな作りね。
でも、建物には、すごい数の小鬼が群がっていて、壁を叩いたり、引っ掻いたりしている。いくら弱い魔物とはいえ、あれじゃさすがに多勢に無勢じゃない?
『カッツさん、あれじゃ近づけないんじゃ……』
そうね。大体、どうやってあんな所から抜け出したのよ、あなた達。
「あの手前の小屋の地下に、隠し通路があるんです。集会場まで続いています」
なるほど。そういう事か。
「ただ、大勢であの小屋に行くと、小鬼に見つかってしまうかもしれないですね」
『それじゃ、僕とカッツさんで行きましょう。中の様子を知りたいですし、食料を届けないと』
そうね。私の無限袋を、食べ物で一杯にしてくれちゃって。しかもあなた、守備隊が用意した保存食以外にも、自腹ですごい量の食べ物を買い込んでたじゃない。
……どれだけお人好しなのだ、お前は。
『えー? だってさ、干し肉とか硬いパンとかより、できれば新鮮な物を食べたいじゃないか』
その心遣いが、この緊急時に必要なのか? 私には分からぬ。
『あはは、そうだよね。緊急時なのに、おかしいかな』
そう言って、にっこり笑うノブトシ。
……ああ、まただ。何だろう、この苦しいような切ないような気持ちは。
『すみませんが、皆さんは無理をせず、待機をお願いします。あ、出来る限り、ヤツらを小屋に近づけないで下さい』
兵士を待たせて、そっと小屋に入り、重い隠し扉を開けて地下へ。狭くて暗い通路を進む。
『皆さん、無事だといいですね』
「はい……ありがとうございます、ノブトシさん」
上へと続く階段をのぼり、突き当りの天井には、錆びてはいるけど頑丈そうな鉄の扉。
カッツは、その扉をノックする。
「……誰だ?」
中から、しゃがれた小さい声がした。
「カッツだ。遅くなってすまない」
ガチャリという音のあと、扉が、ゆっくりと開いていく。
『死神死神。〝山! 川!〟 とか、やらないんだね』
それ、私も思ったわ。でも、よく考えたら、この状況で合言葉は要らないわよね。
……扉が開き、中に入ると、そこには大勢の人たちが居た。蹲るもの、寝そべっているもの、しきりに祈りを捧げているもの。そのほぼ全員が、一斉にこちらを見た。
「カッツ! 生きていたのですね!」
ひとりの女が近づいてきた。
「村長。ただいま戻りました」
カッツが頭を下げる。この女が村長? 見た目は20歳前後ってトコじゃない?
『驚いたね、死神! こんなキレイな人が村長さんだなんて!』
……?! なんだろう。今まで味わったことの無い感情が、沸々と湧き上がってくるわ。




