第29話 死神と祝福
「ひとつは解錠。お前が触れた全ての鍵は、戒めを解くだろう」
「ふたつは俯瞰。お前は天から見下ろすが如き、別の視点を得る」
「みっつは歌唱。あらゆる者が心を開き、お前の歌声に聞き入るだろう」
神様は3つの祝福を提示した。なかなか良いチョイスじゃない。さて、ノブトシはどれを選ぶかしら。
『やっぱ難しいなあ!』
えー? バカなの? ちょっと考えれば分かるわよ。少なくとも、ハズレはアレしかないでしょ。
『うーん。〝俯瞰〟って、道に迷った時に便利そうだし〝解錠〟も、なんだか使えそうだよな』
……でもこの男は、本来ハズレであるはずの〝共感〟と、扱いの難しい〝暴君〟を組み合わせて、全く新しい〝賢帝〟っていう、強力な祝福にしてしまったみたいだし、そうなると、何がハズレなのか、分からなくなっちゃうわよね。
『神様! ヒントをください』
それにしてもコイツ、さっきから神様にもなれなれしいわ。もっと敬え、バカモノ。
「ふふ。じゃあ、ハズレだけは分かるように、助言をあげよう。〝キミが常にその祝福と共にあるという事を、忘れてはいけない〟」
ふーん。さすがね。妥当な助言だわ。ノブトシは……余計に考え込んでる気がする。
……ノブトシ、まだわからんのか? お前の頭は軽くて、さぞ楽だろうな。
『相変わらずひどいな! ……へへ』
何を笑ってるのよ……変なヤツ。それより急がないと、祝福が消失するわよ。
『神様、俯瞰をください。あと、その……』
「大丈夫。言わないよ」
ノブトシに、目配せする神様。やっぱり、なんか怪しいわ……
「ノブトシに祝福を! 汝、俯瞰と共にあれ!」
まあいいか。その内、しっぽを出すでしょ。それにしても、この男、なんだかんだで当たりを引いたわね。
……良かったな、当たりだ。ノブトシ、なぜ〝俯瞰〟を選んだのだ?
『ああ。神様のヒントのおかげでね。〝解錠〟を選んだら、どんな鍵でも開けてしまう……という事は、自分が掛けた鍵も、即、開けちゃうだろ?』
「正解だよノブトシ。キミは一生、開け放たれた扉の中で生活することになる所だったんだ」
『おちおち、トイレにも籠れないじゃんか! 危ないなあ!』
それはそれで面白そうだけどね。
『あと〝歌唱〟は……』
「どうしたんだい? ノブトシ」
なに? なぜ黙るの?
……〝歌唱〟がどうした? ノブトシ。
『僕が歌を聞かせたいのは〝あらゆる者〟なんかじゃなくて、ひとりだけだから』
「……そうか。大丈夫。いつか、聞かせてあげられるよ」
『ありがとう、神様』
……? ふーん? よく分からないけど、大勢の前で歌いたくないってこと?
「それじゃ、僕は消えるよ。死神、お前は……あ、まあ、頑張ってノブトシを支えてあげて欲しい」
ふん。言わずもがな。この男を殺すのは私だからな。
『……そうだね。そうなると良いな』
「ノブトシ……きっと、うまくいくから。きっと」
神様は、私の方を少し悲しそうな顔で見たあと、姿を消した。周囲に色が戻り、木や草のざわめく音が戻ってくる。
『よし、真っ暗になる前に〝俯瞰〟を試してみようっと! 衛星写真みたいに見えるんだよな、きっと!』
何をはしゃいでいるのやら……気楽な男ね。あなた、死神に憑かれているのよ? まったく、大物なのか、ただのバカなのか……
『うわ! うっわあ! こんな高くから見えるのか! すっごいな!』
なによ、ちょっと楽しそうね……私も見てみたくなるじゃない。
『へぇ。村の周りって、こんなになってるんだ! ……あれ? 誰か、村の外からこっちに向かって……』
……ノブトシ、何が見えたのだ?
『もうすぐ見えると思う。あ、ほら、真っ直ぐこっちに向かって来る! 男の人だ』
村の防壁は、無色で透明。村の外側を見渡すことが出来る。地面に魔法文字があるので、気づかずぶつかったりとかは、しないと思うけれど……
『追いかけられてるんだ……!』
見えない壁があるので、あの勢いでここに走って来ても、背後の魔物からは逃げ切れないだろう。
……あの者、助からんな。
『死神、なんとか出来ないのか?! お前、トイレとか風呂の壁、すり抜けて来るじゃないか!』
知らぬ。お前以外を守る筋合いなど、ない。
……っていうか、この壁を超えられないわ。ノブトシに引っ張られる形なら、障害物を素通り出来るけど、自分からこの壁の向こうには行けない。
『ああ! 駄目だ、追いつかれる! くそっ! どうにかならないか?!』
男は、どうにか防壁までたどり着いた。けど、すぐそこまで、虎のような姿をした魔物が迫ってきている。
近づいてわかったのだけど、あの魔物、普通の虎より遥かに大きい。さらに、目が多い。3つ目や8つ目どころじゃないわ。口以外のいたる所に目がある。
そして、動きが不気味。どうして、無駄に左右に揺れながら進むのよ。
『門はあっちです! 逃げて! あきらめないで!』
「助けて! 助けてえ!」
駄目だわ。パニックになってる……! さすがに目の前で罪もない人間が殺されるのは忍びないけど、これでは助けようがない。ただ、気になるのは……。
『立ち上がって! あっちです!』
「あうう! いやだ! やめて! こないで! ああ……」
どう考えても死ぬ。助かりっこないわよね? それなのに、あの男の〝命の炎〟、まだ余裕があるわ。……まあ、炎の状態だけで、死期を完全に知ることは出来ないけど。それにしても、炎の色が強すぎる。
『しっかり! ああもう! おい! あきらめるな! 立て! 走るんだ!』
残念だが、その男はもう死ぬ。防壁のおかげでお前は無事。それで良いではないか?
……私の言葉が聞こえていないの? 壁の向こうの男に必死で声を掛け続けるノブトシ。
なんでここまで、他人の事に必死になれるのよ?




