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第25話   僕と竜の試練

竹脇延年(たけわきのぶとし)。何の得にもならん事を、よくもそこまで、嬉しそうに出来るものだな』


 いやいや、なかなか楽しいよ? それに、村の人が少しでも安全に暮らせれば、嬉しいじゃないか。


『ふん。私にはわからん』


 と言いながらも、一瞬だけ、優しい笑顔を浮かべる死神。……すぐに普段の、しかめっつらに戻ったけど。

 僕は今、村の外周を、ぐるっと、ひと回りしている。……あ、ここも(ひど)いな。

 村を囲んでいる〝防壁〟は〝術者〟と呼ばれる、特殊な技能を持った人達によって、緻密(ちみつ)な魔法文字を組み合わせて作り出された、見えない壁だ。バドさんの話では、数日前、魔物が大挙して押し寄せたせいで、ところどころ、魔法文字が破損してしまっていた。

 破損箇所に右手を差し出すと、欠けてしまった部分が、みるみる綺麗に直っていく。

 僕が左手に持っているのは、交易所で買った、魔法陣作成用の、黒い塗料と白い粉末、そして、青いガラスのような破片。これらを買うためのお金は、交易所のお姉さんに頼み込んで前借りした。


『お前は必ず、その祝福(ギフト)を選ぶと思っていたぞ。このお人好しめ』


 僕が選んだのは〝修復〟。人が作った物なら何でも、壊れる前の姿に戻す事が出来る。

 ただし、材料が必要だ。右手を修復したい物にかざせば、何が必要なのかは、不思議とわかる。

 さらにもうひとつ。壊れる前の、正常な姿を見た事がなければ、直すことが出来ない。これは、対象そのものではなく、同等品でも大丈夫。

 ……思った通り〝修復〟は、正解の祝福(ギフト)だった。

 ちなみに、ハズレは〝開花〟。神様(いわ)く、


「キミがちらっと見るだけで、どの花も季節なんかお構いなしに開花して、散る寸前の状態になる。植物にとっては、迷惑な話じゃないかな」


 だそうだ。なるほど。確かに、それはハズレかもしれない。


「人生には、(つぼみ)()で、開花を待つ余裕も必要だよね」


 そう言って神様は笑っていた。


延年(のぶとし)。直ったようだぞ。次に行くのだろう?』


 あ、もう? やっぱり祝福ギフトにも熟練度って、あるんだろうか。明らかに、修復速度が上がってきているな。

 もうすぐ、村の外周の半分は、修復が終わる。この分なら、明日には全ての防壁を直し終えることが出来るだろう。


『しかし、今回の祝福(ギフト)、全く迷いなく選んだな』


 ああ。僕、花の匂いが苦手でさ。わざわざ咲き乱れてくれなくてもいいんだよな。

 あと料理は、ほら、奥さんに作ってもらいたいじゃん?


『っ!? ……愚か者め。お前に妻を(めと)る事などできん。私が殺すのだからな』


 一瞬だけ、嬉しそうな顔になったあと、急いで強面(こわもて)を作る死神。

 耳が真っ赤だぞ、気をつけてくれよ?


『しかしわからんな。なぜ秘密裏に修復を進める? お前は名声や富に、興味は無いのか?』


 うーん。そんな事はないんだけどね。

 きっと僕の噂が広まったら、権力者の人とか、王様とか、そういう〝偉い人〟が、僕を使って自分のために何かさせようとしたり、悪人に知られて、悪事に力を貸せとか言われたりするかもと思ってね。とにかく、目立つのは良くない気がするんだ。


『ふむ。お前にしては、考えているな』


 あ、ちょっと弱めだぞ、死神。


『……その空洞の多そうな頭でよく考えたな。()めてほしいか?』


 取って付けたわりには、ひどさが板についててショッキングだ。

 あ、そうそう。僕と死神は、監視されている。

 冥界の神、ハデスを(あざむ)くため、僕も死神も、普段どおりの態度を熱演中だ。

 ……たまに、演技かどうかを疑う場面もあるけど。鎌で突付かれたりとか。


『あれはお前が、競売所の女に色目を使うからだろう!』


 今の発言はグレーだ。触れないでおこう。

 ……さて、そろそろ日が暮れるな。今日の所はここまでにしておこうか。


「おや、ノブトシさん、こんな所で何をされているんですか?」


 あ、バドさん。いえ、ちょっと暇つぶしに、この村を散策させて頂いてます。


「そうでしたか。特に何もない村ですが、この先の、池の近くにある(ほこら)には、古い言い伝えがありましてね」


 (ほこら)キターーー!

 ゲームなんかでよく聞く言葉だけど、結局、祠ってどんなのだろうと、ずっと思ってたんだ! 見に行こう! 今すぐ行こう!


『延年。お前はまた、変な物に食いつくな……』


 口角を釣り上げて、不気味な笑いを浮かべる死神。必死で演じているのが分かって、僕まで笑いそうになる。危ない危ない。


「興味を持たれましたか! では、私もご一緒しますよ」


 有難うございます! あ、その古い言い伝えって、どんなのですか?


「あ、それはですね……」


 むかしむかし、この村の池に住んでいた竜が、村の娘に恋をしてしまう。それが元で村人達との(いさか)いが起き、竜と娘は、死んでしまった。

 ……という、まあ、良くある話だ。だが、ここは異世界。ただのおとぎ話とは思えないよな。そして更に、この伝説には続きがあった。


「……という事で、その(ほこら)には、夫婦や恋人同士が、2人そろって近づいてしまうと、竜の怒りに触れ、(たた)られると言われております。まあ、私とノブトシさんだけなら、何も問題ないでしょう」


 先を歩きながら、ワハハと笑うバドさん。

 え? ちょっと待って! 嫌な予感しかしない。その祠って、その小さな石造りの建物の事ですよね……


「え? そうですけど、何か問題でも?」


 えっとですね、どう説明したら良いやら……。

 というか、ハデスが監視している可能性があるから、下手な説明も出来ないな。

 まあ、人間と死神だし、問題ないだろう、きっと。


延年(のぶとし)! 危ない!!』


 ……例えば、ほら、目の前に〝竜〟としか形容のしようがない、大きな怪物が現れたとしても、まさかそいつに、僕と死神が相思相愛だとは気付かれないだろう。


『現実逃避している場合ではない! これは明らかに〝敵意〟だぞ!』


 バドさん! ごめんなさい、ちょっと竜の機嫌を損ねちゃったみたいです。離れてて下さい!


「ノブトシさん、どうしました? 竜の機嫌……とは一体?」


 バドさんは、目の前にいる竜は見ずに、僕の方を向いて不思議そうな顔をしている。え? もしかして、見えてないのか?!


「憎い」


 何だ? 頭が痛い!


「憎いぞ、人間。私の前に(つがい)で現れた事を、後悔するがいい」


 直接、頭に響くこの声は、竜の声なのか?


「私が愛した娘は、愚かな者共に殺された。私も、絶望の内に息絶えた。偽りの愛など許さぬ。お前達の虚構を全て(さら)し、死ぬがいい」


 静かだが、計り知れない怒りに満ちた声だ。無念の最後を遂げた竜の、人間に対する憎しみが伝わってくる。


「試練を受けてもらう。生き延びる機会とは思わん事だ。今までの者達は、皆、死んだ」


 意識が遠ざかる。慌てているバドさんと、僕と同じように膝をついた死神が見えたが、次の瞬間、何も見えなくなった。

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