第10話 僕と偽りの魂
夕食は、若干硬めのパンと肉のスライスが入ったスープ、そして、レンコンのような食感の果物。なかなか美味だった。
ところで、死神は食べなくても大丈夫なの?
『必要ない』
あ、そう。
えっと、お風呂場は確か、こっちだって言ってたよな。
……お! あったあった。やっぱり一日に一回、お風呂は入りたいよな。この世界に風呂文化があって本当に良かった。
『さっさと入れ。竹脇延年』
……死神って、お風呂にもついてくるよね。なんで?
『死神は、魂を刈り取るまでは、憑いた者に〝鎌の先が届く距離〟以上、離れることが出来ない』
離れるとどうなるの?
『離れられないようになっているのだ。でなければ、こんな所までついてなど来れぬ』
ついて来たというより、巻き込まれちゃったんだな。本当にお疲れ様だ。
『本来、厠などにまで、入っていく必要は無いのだ。お前の家の厠は、扉から無駄に奥行きがありすぎる』
確かにウチのトイレ、扉から便器までの距離、ヤケに長いよな。
あの鎌もかなり長いけど、風呂やトイレの外からは、僕には届かないだろう。
死神、風呂の時もトイレの時も、180度向こうを向いて、うつむいてるから、〝何しに入ってきたんだよ〟って思ってたんだ。
「……そうなんだ。全然知らなくてさ、そのルール」
急に、周囲の色が無くなった。まばゆい光に包まれて、現れたのは……
「カジュアル・リキシも、知らなかったのかな。もしかしたら、わざとだったりしてね」
神様だ。クスクスと笑いながら、ただ白く光っている。
「今日は1日、お疲れ様。村の状況はわかってもらえたようだね」
はい。予想以上に酷いですね。どこもこんな感じですか?
「この村は、比較的マシな方さ。もっと、ずっと悲惨な場所がたくさんあるんだよね」
悲しそうな顔をする神様。ここより悲惨って、相当だな。
「それはさておき、ノブトシ、良い祝福を貰ったみたいだね」
はい。おかげさまで。便利です。
『フン。私が殺す前に、死なれては困るから与えたのだ』
「あー、はいはい。そうだったね」
あ、〝言葉〟もありがたいです。超便利に使わせてもらってます。
「うん。実に良い! その感謝の心を忘れなければ、全ての祝福は喜んでキミを助けてくれるだろう」
『そうだ。ひとつ尋ねる』
そう言って、死神は黒い大きな袋から、目切り虫の死骸を、1つ取り出した。
『これは、既に死んでいる。なのに魂が亡骸から離れようとしない』
そういえば、そんな事を言っていたな。
『しかし、今日、この建物の前で死んだ者の魂は、死体から離れた。少し行き先がおかしいようだが』
元の世界では、動物でも人間でも、死んだら魂は真上に向かうらしい。
それなら、地球の裏側で死んだ人の魂は、真逆に行くんじゃん。と思ったが、方向というより、天界が〝上〟にあるという事だという。……よくわかんないけど。
『お前は本当に浅学だな。天界は、はるか頭上高くにあるものだ。わからん方がおかしい』
浅学で悪かったな。
でも、なんだかわかった気がする。天国って上方向にあるイメージだよな。
『とにかく、この生き物の魂が、〝あの世〟に行かない理由が知りたい』
神様は、いつの間にか暗い表情を浮かべていた。
「……実はね、その魂、僕が作ったものじゃないんだ」
『……? どういう事だ。何者かが、別世界から召喚したのか? しかし、それでも死ねば魂はこの世界の理に従って、循環しようとするだろう?』
そうだな。僕が死んだら、こっちの世界のあの世に行くと言ってたし。
「いや。そうじゃなくて、……その魂、僕以外の誰かに作られたみたいなんだ」
『……魂の製造は、出来ぬだろう』
真剣な表情で死神が言う。
「うん。さすがは命に直接関わる神だ。よく知ってるね」
ちょっと得意げな死神。油断するとすぐにシリアスが崩れて可愛い。
「魂は、世界を創造する初期にだけ造れるんだ。その後で増やすとかは絶対に出来ない」
『特殊な魂が、別の世界から来ているのではないか?』
「さすがにそれはないよ。世界の境目の異常は、一番わかりやすいんだ。何かが出入りしたら、今の僕でも絶対に見逃さないさ」
勝手に魂が作られていて、しかもその魂は、あの世に行こうとしないという事?
「そう。つまりその魂は粗悪な偽造品だね。……どんどん増えている」
『良く無いな』
「うん。なんとかしなきゃ」
……魂が増えると、何かマズイの?
『循環しないのがマズいのだ。新しく生まれた生命に入れる魂が底をつく。そして、私の知識が間違いでなければ……』
「うん。それで合ってるよ。魂の素材は、唯一無二。〝霊子〟というモノだ」
『どの世界も、霊子の総量は決まっている。つまり、粗悪な〝偽造魂〟の原料は、〝正常な魂〟の可能性が非常に高い』
「今日死んだ、村人の魂の行き先が、おかしいって言ってたよね」
えっと、確か、真上に行かなかったって。
……あの世に行かずに、偽造魂の原料にされているかもしれないのか!?
『……狂っているな』
「という事で、その魂、元の形に戻さなきゃ。霊子に戻ちゃったら、この世界の魂の総量が減っちゃうからね」
『元の形に? そんな事が出来るのか?』
「魂の製造は出来ないけど、修復なら大丈夫。虫の死骸、全部出してくれる?」
死神が、黒い袋から全ての虫をぶちまける。詰所の廊下が虫の死骸だらけになった。
「よーし、始めるよ。えい!」
目切り虫から、青白い光が抽出される。
「おや? 何か、混ぜ物が入ってるなあ。取り分けてっと。えいえいえい!」
グネグネと光が混ざり合い、2つの白い光の玉と、それより少し小さい1つの玉、そして、真っ青な玉に別れた。
魔物47匹分の偽造魂は、2人分の正常な魂へと修復された。凄い希釈のされ方だな。粗悪にも程があるぞ。
「余った分は、預かっておくね。悪いけど、偽造魂を見つけたら、集めておいてよ」
『良いだろう。任せておけ』
あれ? 妙に協力的じゃんか、死神。
『異世界の事とはいえ、この異常な事態、放っては置けん』
本当に真面目な奴だよなあ。……あ、もちろん僕も協力します。
「あはは。キミも十分、真面目だよ」
神様はやっと笑顔になった。
「あと、この青い玉なんだけど、生き物の〝感情のエネルギー〟みたいなんだ。憎しみとか殺意とか悲しみとか、……いわゆる良くない系の」
『そんな物を混ぜて、魂を?』
うへぇ。なんか悪意しか感じないな。
「これ、うまく使えば、役に立ちそうなんだよね」
『なるほど。アレか。いい考えだな』
え? なになに? そうやって、いつも神様だけでわかった感じになってるの、超・疎外感なんですけどー!
「まあまあ、とにかく先に祝福をあげるよ。うまく選べれば、青い玉を有効利用できるからさ」




