最終話『進路は南へ』
……私は夢を見ていた。
(……夢?いや、これは夢なんかじゃない……)
虚無の空間に漂う私の心……『思念体』といった表現の方が正しいかもしれない。
かつて魔法力を使い切り力尽きた私は、この『場所』へ来ている。
死してさまよった私の魂が訪れた虚無の空間。
……私は、ここで……《魔導の守護者》、《深遠なる賢人》、《真理の具現》……と数々の二つ名を持つ伝説の魔導士・ルーン=マナスと出会っている。
五感のすべてが消失する場所。死後の世界とは違う“無”の空間。
……私は、この虚無の空間に身を委ねている。
消失した感覚を感じようと意識を強く保つ……目に見えず、音も無く、何も感じない空間で、意志の力により“何か”を探す……。
すると、強烈な意志の力を感じた。
(……ルーン=マナス……)
私を遙かに超越する意志力。私は“それ”を感知する事に成功した。
《……余は、ルーン=マナスではない……》
“声”が私の心の、いや、魂の中に響く。
(……その超越した意志力を持つあなたは……誰?)
意識を強く保ち、声にならない“声”を出す。
《……余も魔導を極めし者……余の名を知ったところで、意味はあるまい……汝、“魔導の後継”よ……》
“声”は強烈な意志力を発揮し、私の意識に『言葉』を刻んだ。
(……ま、“魔導の後継”……)
意味がわからない。この時代、魔導の力は失われている。
今まで力ある導師達が挑み続け、誰一人辿り着けなかった究極の魔法原理。
力の一端すら掴む事ができなかったその魔導の後継って……?
《……汝、“魔導の後継”よ……》
“声”が私の思考を遮る。
《……余はもうじき目覚める……答えを知りたくば“ユピト”へ行け……汝を導く、真理の一端を与えよう……》
その言葉が私の魂に刻まれると“声”の意志が“包み込む”様に私の意志を覆った。
《……“魔導の後継”よ……真実は目に見えぬ……真実は、心の眼で捉えよ……さすれば、魔導はその身に宿る……》
(……ああ……)
意識が薄れゆくのを感じる。でも私は、これが消滅するのではなく、虚無の空間から現実へ帰還するためのものだと、何故か理解する事ができた……。
目覚めると、全身汗で濡れていた。
目眩にも似た感覚が私の意識を包んでいる。
体は重くてだるい。手はわずかに震えていた。
あの出来事は、ただの夢ではない様だ。
(……あの“意志”は誰?ユピトの街へ行け?私に、何を求めてるの?……)
疑問が次々と沸き上がる。
汗でぐっしょり濡れてしまった寝間着を脱ぎながら、私は“夢”の中の出来事を繰り返し頭の中で反芻した。
ユピト……なんらかの災害により壊滅状態にある西部の街。
その災害はひどいらしく、情報すら遮断されているという。
(……そのユピトの街へ行けば、あの“意志”の言葉の意味がわかるかもしれない……)
おそらく、私はあの“意志”の言葉に導かれてゆくのだろう。
確信ともいえる思いが、私の魂を震わせている。
「……私に、何の価値があるのかしら……」
ひとり呟くと私は起き上がり、ローブを身に着け部屋を出て行った。
……見れば見るほど頼りないっていうか、あてに出来ないっていうか、つくづく頭が痛くなるっていうか……。
サロンに揃ったパーティー。彼等(男は一人だけだが)を見回して率直に私は思った。
戦力的には及第点をあげられる。だが、問題はその中身だ。
戦士のドム。
その戦闘力は、純粋な肉弾戦なら冒険者の中でも上位とも言えるかもしれない。
だが、惜しむらくは彼には一般常識が希薄だった。
特に彼の金銭感覚の壊滅ぶりは半端ではない。
例えるなら『商人のカモ』もしくは『酒の如く金を喰う男』と言えば少しは伝わるだろうか?……そう、彼には生活能力というものが悲しいほどないのである。
神官戦士メイユール。
彼女は戦士としての技量に加え、神官としての修行により神聖魔法を使えるパーティー唯一の回復役である。
後になって知ったが、彼女は神官として神殿に長いこと居たおかげで、人を疑う事を知らなかった。『生まれながらの悪人はいない』……完璧な性善主義者だったのだ。この時代、そんなに清らかな心を持った者は……残念ながらいない。悪魔や魔物達が我がもの顔で生きているこの地上界で生きる上で、そのような考えを抱いて旅をするなど狂気の沙汰である。それだけ今の時代は荒んでいるのだ。
そして、ナリール。
彼女は冒険者ですらない。
その正体は、サッキュバスや“霧の悪魔”と同様に他の生物の精気を糧として生きる闇に属する魔物、淫魔ゼクシスであり、ルターズへ向かう途中、森の中で襲われていた彼女を助けた事で私になついてしまったのである。
むろん、戦闘力など無い。
魔物である故に冒険者並の生命力を持ってはいるが、戦う術を知らない彼女は戦力的観点から言えば、ただのお荷物としか表現できない。
……戦うだけなら、充分なメンバーと言えよう。
だが、彼等と行動を共にするには不安材料が多すぎた。
ドムは財布さえ気をつければ大丈夫だろう。
少なくとも、街に入るまでは冒険者としての常識を守ってくれる。
問題はメイユールとナリールだ。
基本的に人の悪意(殺意)を察知するメイユール。
そういった面では信用できる彼女は、悪徳商人などの口車に乗せられる恐れがある。
命には関わらなくとも、パーティーの不利益を抱え込む恐れがある故にとても一人にはできない。
ナリールの場合は問題外で、人間達の尺度を越えた価値感を持っているので何をしでかすか見当もつかない。
故に一人にできない。
かといって、彼女は私の精気を欲するのであまり一緒にいたくもない。
つまり、旅をする上で周りに―そして我々に―被害を及ぼす恐れがあるという事が、私の頭を痛めてくれた。
(……ルーン=マナスよ、どうか哀れな私をお導き下さい……)
私は虚無の空間で出会った“者”に思わず救いを求めていた。
『ユピトへ行け』
それが“声”の導き。私達の次なる目的の地。
旅の行く先はすべて私に委ねられているので、私はライマー島の西部最大の街・ユピトを目指す事にしたのだ。
何らかの災害に見舞われた街ユピト……その被害や惨状といった一切の情報が遮断された街。
“声”の導きに従い、その街へこれから向かう私達にとって、『戦闘能力以外は欠点だらけ』というこのメンバーは少なからず不安にさせた。
(……まぁ、これも『運命』ってやつだったりして……)
私は彼等を見渡し、そんな事を考える。
「……マーガレット、出発準備はとっくに出来てるぞ」
ドワーフの戦士が、ぶっきらぼうに言った。
「……次はユピトですか……何かしらの力になれれば良いのですが……」
メイユールはユピトの災害を思い、その表情を曇らせた。
心優しい彼女は、災害に遭ったユピトの住人の安否が気になるようだ。
「……ルターズもいいけど、私は“夜の領域”の外をもっとよく見てみたいわ……」
うっとりする様な表情でゼクシスの美女は呟く。
「……私、マギーと一緒なら、どこでもいいけどね……」
(……はぁ……)
彼女には、旅というのが危険な事だという認識が無いみたいだ。
(……見えない事で不安になっても仕方が無いわね……)
この仲間達を見ていると、これからの旅に不安がってる私が滑稽に見える。
……私は、気持ちを切り替えてみんなを見渡し口を開いた。
「……じゃあ、行きましょうか……」
そう言ってサロンを出る。みんなもその後についてくる。
受付にはいつもの様にだらけきった態度で本を読んでいるラナン・ディンがいた。
別れの挨拶をすると、本から目を離して声を掛けてきた。
「……エルフの魔女よ、行くのか……では、健闘を祈ってやるよ……また会おう、“魔導の後継”よ……」
えっ?驚く私の顔を一瞥するとラナン・ディンは再び本を読み始めた……。
“魔導の後継”……ラナン・ディンも“声”と同じ事を言った。
その言葉には、いったい何の意味があるのか?
……魔導の後継者?
答えはまだわからない。だが、ユピトへ行けばその意味がわかるはず。
今は謎の解明よりも目先の旅の方が重要だ。
明ける事の無い闇の中で、私達は新たなる冒険を求め、ユピトに続く長い道を歩き出した……。
後付けっぽいけど、物語の展開が変わるので一旦区切る事にしました。一部完結、と言えばいいのでしょうか?マギー達の冒険はまだまだ続きます。
……これまで読んでいただいた方々には感謝のしようがありません!本当にありがとうございましたm(__)m