おばーちゃんちの玄関を開けたら、金髪頭が転がっていた。
留守番を頼まれたおばーちゃんちの玄関を開けたら、金髪頭がどてら羽織って転がっていた。
靴箱に飾ってあった花瓶を頭上に振り上げる。
「どちら様でしょうか」
どてら様でしょうか、とボケてやる慈悲はない。
留守を任された以上、犯罪の処理も任されているはずだ。空き巣退治はこの手(が握る花瓶の強度)にかかっている。
うつ伏せで板の間に転がっていた空き巣は、のっそりと上体を起こそうとした。
「動かないで下さい。元テニス部の威信をかけて、頭をスマッシュしますよ」
空き巣は四つんばいで静止した。
『女子大生、お手柄! 空き巣に華麗なウィニングショット』という新聞記事を額に入れて飾りたい欲望と戦う。
空き巣は四つんばいから尻を落とした格好でうなだれている。あなたがやったんですねと言い当てられた真犯人がガックリとひざまずく、おなじみのポーズだ。拳を握ってるのも無念な犯人っぽくていい。
「盗んだものを出しなさい。まずは、着ている祖母のどてらを脱ぎなさい」
独居老人宅で空き巣という弱者狙いの卑劣な犯罪者だが、反省してるなら解放に応じないこともない。不況下の空き巣以上にこっちは忙しい。
空き巣の金茶色の髪はボサッと長くて表情を隠している。毛先を透かして見える唇がゆっくり動いた。
「動かないことには脱げないのだが、どうしろと?」
右手で花瓶を臨戦態勢にキープしながら、左手で携帯を取り出す。
「もしもし、駐在さん? わたし鑓田サトの孫です。祖母の家で祖母のコスプレしてる空き巣を始末して下さい」
解放は取りやめて応援を要請した。
不遜な微笑を浮かべた口元が反抗声明を出したのだ。国家権力を動員して受けて立つ。
携帯の向こうの頼れる国家権力はプッと吹きだした。
『鎗田のばーちゃんちに空き巣ぅ? はっはっは、ないよ、ないッスよ。あの家には番犬よりどう猛な山猫がいるんス』
「ヤマネコは天然記念物で絶滅危惧種です。飼ってたら祖母が始末されます。祖母が飼ってるのはベンガルです」
十年以上も前、家族旅行で行った沖縄でサトばーちゃんはヤマネコに惚れた。夜中に網を持ってホテルを抜け出そうとしたところを、おとーさんに捕獲された。再犯の可能性があったので、おとーさんはベンガル猫をプレゼントした。
おとーさんはベンガル猫を「はい、母さん。ベンだよ」と言って渡したが、「アンタにはシットって名前の猫を英語圏で飼う勇気があるのか」と言い返されて、猫の名はガルになった。
小学生だったわたしは、全世界のベンさんに謝れと思いながらヤマネコ似の子猫をなでていた。
「わたしが駐在所で全裸になって、『誰か助けて駐在さんがー!』と叫ぶ前に来てくれますね?」
『あんた間違いなく鑓田のばーちゃんの孫ッスよ・・・・・・! す、すぐ行くッスハァハァ』
気持ち悪い息遣いで携帯が穢される前に通話を切った。
両手で花瓶を構え直しながら、家の奥へ目を走らせる。サトばーちゃんのベンガル猫、ガルの姿が見当たらない。駐在の言う通り凶暴なので、空き巣に怯えて隅っこで震えてるなんて可愛い事態になっているはずはない。
会うのは久しぶりだが、覚えられているはずだ。今回みたいにサトばーちゃんが入院したり、温泉旅行に出かけたりするたびに世話してやったのだ。あのちゃっかり猫は餌をくれる人間だけは何年経っても忘れない。
なのに、家の奥ではコトリとも音がしない。不安が胸をよぎる。
玄関を開ければ、ととととと、と板の間を鳴らしてわたし(の持つ餌)を出迎える賢い猫なのだ。とはいえ老齢、まさかボケてうっかり空き巣を出迎え、魔手の餌食になったのでは。
「ガル!」
「にゃう」
「黙れ空き巣。ガル!」
「にゃう」
「駐在さんを呼んだのは間違いでした。空き巣の頭を打ち割りたい衝動と戦わなくて済んだのに」
「七代祟られたいならやってみればいい」
「ずいぶん気の長い脅し文句ですね」
反抗的なのが口だけでは済まないかもしれない。もぐら叩きのように、空き巣が動けばすぐ殴れる反射神経を準備してにらみつける。
黄緑がかった金色の、硫黄色とでも呼ぶべき瞳が見返してきた。どこかで会ったような感覚がよぎったが、これほど珍しい色の目をした人が記憶にないはずがない。
そのまま無言で空き巣を観察した。
まず人種が謎である。
ベージュの肌ときっぱりした目鼻立ちはエキゾチックだ。硫黄色の瞳はエキゾチックで片付けていいのか分からない。ボサッとした髪はいつカットしたんですか、と美容師に嘆かれそうなほどだらしなく伸びてるくせに髪色は根元まできちんと金茶。染めてる気配がない。
次に年齢が謎である。
がっしりして骨太なのは体育会系二十代だけれど、顔の線には十代の少年の中性的な滑らかさがあり、そして目の据わり具合にはかなりの年季が入っている。
さらに服装が謎である。
サトばーちゃん愛用の朱色どてらの下は和装だ。任侠モノでよく見る派手な柄シャツ、鯉口シャツの豹柄を着て、頭には共布の豹柄猫耳を装着している。尻尾まである。下は祭装束でおなじみのぴったりしたハーフパンツ、半股引。そして草履。冬なのにナマ足全開。
強盗がサンタクロースのコスプレをするのは実に合理的な選択だ。クリスマス期に溢れるサンタ姿で相手を油断させ、人相をごまかし、逃走を容易にする。
つまりコスプレとは時と場所を選んでこそ効果を発揮する。
高齢者ばかりの過疎化地域で空き巣を働く場合、和服と猫耳のコスプレは合理的とは言えない。空き巣じゃなくても職務質問されるだろう。されるべきだ。されずに留守宅に潜り込めたのがむしろ奇跡だ。怠慢な駐在を叱りつけたいが、喜ばれそうだから断念する。
恐らく真相はこうだ。着る物に困った放浪貧乏外国人がゴミをあさったところ、和服と猫耳しかなかった。でも寒いから(気に入ったからではないと思いたい)全部身に着け、それでも寒いから空き巣に入ってどてらを着た。そこを猫に目撃され・・・・・・。
「ガルはどこ? 答えなさい」
「ここ」
空き巣がアーフ、とあくびする。花瓶を振り抜いてお休み頂こうかと思ったが、ふと鯉口シャツの豹柄が目に留まってスマッシュはやめた。
空き巣のシャツは豹柄というよりベンガル猫柄だ。茶トラのしま模様が斑点になったブラウンスポッテッドタビーで短い毛がみっしり詰まった、ガルの毛そっくりなボアだ。
「まさかガルの皮を・・・・・・」
胸の奥地が凍りつく。花瓶を持つ指から力が逃げそうで、ぐっと握り締めた。
「コロス」
「はっ?」
ガル柄の猫耳がビクビクッと動く。最近の猫耳はよく出来ているらしい。
「ひどい。ガルの皮はがして着るなんて。ガルはね、凶暴だけどごはん食べながらアウアウしゃべるのがバカっぽくて可愛かったんだから」
靴のまま玄関から廊下に上がり、空き巣との距離を詰める。空き巣は四つんばいのままポカーンとして、それから眉間を凶悪に歪ませにらんできた。
「喜んで食ってやってるのにバカっぽい・・・・・・だと」
「ガルが縁側で寝返り打って転げ落ちて、恥ずかしいから何事もなかったようにスタスタ歩き去るんだけど足を痛そうにピクピクさせてたのを思い出すたび、都会でのさびしい一人暮らしも癒されたものだった・・・・・・!」
「死ぬほど笑ったくせに思い出し笑いまでして癒されてんじゃねェ・・・・・・」
「まだある。ガルは保温されてるバスタブのフタの上があったかくて好きで、よく昼寝してた。けどある日、フタがあるものだと思い込んだガルはフタに飛び乗ったつもりが、つめたーい水が張ったバスタブにばっしゃーん・・・・・・」
「沸かすのを忘れてたおまえがいけない!」
「それから普段ガルがなめてかかってた近所の犬、チワワが散歩中にリードが外れて走ってきたときガルは」
「飛び上がって逃げ出したりしていない!」
「飛び上がって逃げ出した上に生垣に突っ込んで、チワワに尻を」
「言うな!」
ガシャン、と花瓶の割れる音が響いた。突き飛ばされて視界が仰向き、背中に衝撃が走った。自分の体勢を理解したときには空き巣に組み敷かれていた。
「言ったら首を噛み切ってやる。忘れろ」
犬歯にしては鋭すぎる牙が覗いて威嚇してくる。見下ろす硫黄色の目が誰のものか思い出した。少し欠けた耳はボス猫と縄張り争いしたときの名誉の負傷。
「ガル・・・・・・?」
「だから」
空き巣が浮かべた表情は、猫より高圧的だった。
「最初からそう言っている」
「だって。だってガルは猫・・・・・・」
捕らえた獲物の動揺がお気に召してしまったらしい。にやりと凄艶に持ち上がった口角を舌がうまそうに舐めている。
「猫又昇進。これからはおまえの好きにいじれると思うな」
「ねこまた!?」
年老いた猫が変化したもの、だっただろうか。尻尾が二股になってたり、後ろ足で立って歩いたり、人に化けたり、あんどんの油を舐めたり。化け猫とは違うのだろうか。細かいところはあいまいだけど、確かなことがひとつある。
「それってつまり妖怪、ひゃっ」
空き巣あらためガルあらため猫又が頬に頬をすり寄せてきた。
「早くよこせ・・・・・・」
「な、何を」
金茶の髪のあいだから、不満げな瞳がちらりと覗く。
「とぼけるな。据え膳は食い尽くす主義だ」
猫耳の柔らかい毛が耳たぶをくすぐる。首筋に熱い吐息がかかる。再び顔をすり寄せられ、下腹部がぞくっと騒いだ。
ガルが人のかたちになったのも、猫又になったというのも悪い冗談みたいだ。
けれどこうして触れられて、深く濃く妖艶なオーラを肌で直接感じてしまうと、相手が人間じゃないことがストンと納得できてしまう。惑わされて、このままトロリとした世界に連れて行かれそうだ。
「早く」
人間より少し高い体温をはらんだ手が胸に乗ってくる。あ、と思わず声が漏れた。隙を逃さず、相手は甘い声を耳に注いできた。
「早く猫缶をよこせ。老猫用のは飽きた。あらほぐしか角切りにしろ」
「・・・・・・・・・・・・」
玄関の外でキキッ、ダダダダと自転車のブレーキ音と足音がして、ドアがばーんと開いた。ハッとのけぞった駐在がもたもたと警棒を抜く。
「そこまでだ、空き巣! 本官と代われ!」
「なんだおまえ・・・・・・」
バチバチッと静電気がはぜるような音がして、金茶色の髪先が浮くように広がる。猫又の鋭い牙の奥からシャーッとけんか腰な、とは控えめにも言えない殺気満々な威嚇が放たれた。
「おまえ縄張りに踏み込むからには、三味線になる用意はあるんだろうな? 毛は貧相だが、叩かれればよく鳴きそうな顔をしている」
「ひ、ヒィィィハァハァ」
「駐在さん。歓喜と期待の目でわたしを見ないで下さい」




