コスプレマニアの彼氏を間違えて通報してしまいました。
「コスプレマニアの彼氏を空き巣と間違えて通報してしまいました」
駐在は玄関扉の裏からガル(猫又版)をジト目でチラ見しながら、名残惜しそうに細かく頷いた。
「そうッスか・・・・・・警察官のコスプレをご希望のときは、ぜひ本官に連絡を」
「着物と猫耳でなければ萌えません。そっとしといて下さい、さようなら」
とぼとぼと未練たらしく帰って行く駐在を見送った。駐在の悲鳴に何事かと出て来ていたご近所さんに愛想笑いしてから玄関を施錠する。
終わった。集落みな顔なじみ、噂筒抜けなこの地域を『着物猫耳萌えで祖母の留守中に玄関先で彼氏とイチャつく女子大生』と指さされながら再訪するMな根性は持ち合わせていない。
玄関にしゃがみ込んで沈んでいると耳を引っぱられた。歯で。
「メシ」
金茶の頭をはたこうとしたら、サッと逃げられた。体は人間でも運動神経は猫らしい。
「ガルがいけない。全ていけない」
「おまえの愚痴で腹は膨れない」
ひとつ学んだ。猫の言葉なんて聞けないほうがいい。
しぶしぶとバッグから持参した猫缶を取り出し、ガルに投げ付けた。四つんばいのくせにひょいひょいと身軽によけられてしまう。人間の姿でサーカス団員にもできそうにない身のこなしが気味悪い。
「ヒト形に半端に猫耳と尻尾を残す意味が分からない」
「人面猫は美学に反する」
「何も残すなって言ってるの! それになんで着物なの? ベンガルって外来種のくせに」
「Do as?」
「Romans do.」
「郷に入らば郷に従え」
「英語な時点で全然郷に入ってないじゃん」
「祟るぞ。・・・・・・どこへ行く気だ」
「ちょっとネコイラズ買ってくる」
「開けてけ」
ぱしーん、と猫パンチされた猫缶が板の間を滑ってきた。
「そんなの自分で」
やればいいじゃんと言いかけたところで、ガルの白々しいとぼけ顔にひらめいた。この傲慢な猫又が最初はおとなしくひざまずき降参の体勢を示していた理由が。
玄関扉に手をかけたわたしと、板の間でカエル座りな猫又のあいだに緊張感が漂う。
「あれー。もしかして猫又ガルさん、缶詰の開け方をご存じない?」
ボサボサ頭はフンと横を向いた。
「知っている!」
「へー。じゃあもしかして、前足が使えない?」
シュゴッと板の間が鳴った、と思ったら猫缶が飛んできて額に当たった。使えるぞ見たかコラとガルの高飛車顔が語っている。凶暴猫は猫又になっても凶暴だった。
「使えるなら自分で開ければ」
逆に言えば猫又になっても猫は猫。主従関係ははっきりさせねばならない。飼い主(代理)の尊厳を精一杯かもし出して胸を張った。
しばらくのにらみ合いのあと、本当に祟るからなと呟いてガルは缶を引き寄せた。ひざをつき、左手で缶を押さえ、右手の指をプルトップにかける。
がくりと肩が揺れて、ガルは前のめりにバランスを崩した。
果敢にもう一度トライするが、またバランスを崩した。そのさまを優越感に浸りながら飼い主(代理)の温かい眼差しで見守ってやった。
「・・・・・・慣れないだけだ。猫又になって時間が経っていない、だからだ」
ガルは屈辱と憤怒を肩から噴火させている。いい図だ。密かに動画を撮っている自分をほめなければならない。
「なるほど、そうですか。新米猫又ガルさんは二足歩行ができないんですか」
玄関に転がっていたのは、足で立ち上がろうとして失敗した結果だったに違いない。拳を握っていたのは、手が前足である感覚が抜け切っていないのだろう。
「ガルさんてばやだなー、驚かせないで下さいよ。人間の姿は見かけ倒しなんですね」
「その通りだ」
突然、ガルは満面の笑みを咲かせた。人懐っこい猫のご機嫌の顔。
髪が金茶で肌がベージュで瞳が硫黄色という慣れない色あわせだが、悪くないのだ。性格の悪さに反比例したように、むしろいいのだ。その顔で笑いかけられればドキリとする程度には。
「猫又になるには歳が足りていないのだ。十五歳を過ぎてから猫又に変化すれば最初から二足歩行できると聞いたが、待てなくてな」
ガルが四足歩行で近付いてくる。ライオンの形態模写をするダンサーみたいにその動きは自然で滑らかで威厳に満ち、そしてどこかうやうやしい。
「だから手を使おうとするとバランスが取れない。おまえにひざまずいて慈悲を請い、缶を開けてもらわねば飢え死にしてしまう」
端正な顔に憂いの影が差す。ガルのプライドを傷つけたのが分かった。猫は誇り高い生き物だ。後悔と焦りが胸に吹き荒れる。
「う、うん。なんかごめん。立場を理解してもらえばいいの」
そっと腕を伸ばして猫耳の立つ金茶の頭に触れた。すべすべだ。謝罪の印に丁寧に撫でてやる。ガルはうっとりした微笑で愛撫を享受した。
「そうだ。立場を理解していなかった。猫又が猫缶を食べる必要がどこにある。人を食うほうが手っ取り早い。さて、立場が明確になったところで、慈悲を請うべきなのはどっちだ?」
即座に全ての猫缶を開けさせて頂いた。
フライングで猫又になった猫ガルは、手を使って食事することができなかった。床に置いた据え膳、つまり猫缶で満たしたボウルからアウアウ鳴きながら食べ、耳をハッとさせたのちアウアウをやめてガツガツと食べ、飼い主(代理)さまに口を拭かせた。
人間の舌では構造的に水を舐めとるのが難しいとゴネて、飼い主(代理)さまにコップを口元に捧げさせ介助させた。
「老猫介護・・・・・・」
「猫又としてはとても若い」
「じゃあ育児」
「おまえを食べるのは延期してやったが、爪とぎ板にしないとは言っていない」
「凶暴猫と言ったのは間違いでした。性悪猫でした」
「猫又だ」
満腹の性悪猫(又)は下半身をコタツに突っ込んでごろーんとしている。早く二足歩行してくれないとデブ猫(又)まっしぐらだ。
「この体は寒い」
と、朱色のどてらに愛しそうにくるまっている。食事にも防寒にも不便なら、無理して猫又になったりしなければよかったのに。
目を細めて寝入りそうなガルの横に、正座で座った。
「ガル。おばーちゃんのことなんだけど」
「ん」
話しかけてよろしい的な鼻に抜ける吐息が返ってきた。猫ならそんな気位の高い態度も可愛いのだが、人(プラスふざけた猫耳と尻尾)の姿でやられると殺意が湧く。
「おばーちゃんはもう、この家に戻ってくることはないと思う」
「・・・・・・分かってる」
ガルは髪と同じ金茶色のまつ毛を伏せたまま、寝言みたいに呟く。
「サトさん言ってたからな。次、やっちゃったら終わりだって」
ガルが身を縮めると、長身には小さすぎるコタツが引きずられて動いた。
猫は痛くても鳴かない。不調を押し隠して安全な場所へ行き、体を丸めてじっと耐える。
コタツ布団に潜り込みきれていないガルの背中を撫でた。
「今朝、お見舞いに行ってきたの。おばーちゃん、ガルの心配してた。両親のマンションもわたしのアパートもペット禁止だから」
「構わない。ヤマネコだからな、山で狸でも狩れば生きていける」
おばーちゃんはベンガル猫を周囲にもガルにもヤマネコだと言い張って飼ったようだ。
「それは構わないのだ。だが病院のペット禁止は構う」
「・・・・・・だから猫又になったの? 人の形なら、おばーちゃんに会いに行けるから」
「他に方法はない」
「いい子だね、ガル」
金茶の頭がもそりと動く。催促の気配がしたので、頭もいっぱい撫でてやる。またもそりと動いて、硫黄色の目が覗いた。遠くを見ている。
「サトさんが入院すると、おまえは必ず来る。おまえがいれば病院について入れる」
「そうだね」
「玄関でおまえが来るのを待っていた。動かないサトさんが運ばれて行ってから、ずっと」
「うん。待たせてごめんね」
「ずっとだ」
「うん」
「だから今、猛烈に猫砂が必要だ」
「・・・・・・我慢! 我慢してちょっと待ってえ!」
猫又に正しい人間男性流のトイレの仕方を指導・・・・・・できたのかどうかは不明である。彼氏に扱い方を教わったが、あれは応用編だ。
基本的な狙い方とか振り方とか、自分だって知りやしないのだ。持ち方さえ謎なのに、前足が手として未完成だからって涼しい顔で「持て」とはどんな痴漢だ。
「大体なにこの服! シャツはベンガル柄だからいいとして、半股引ってなに!」
「サトさんがテレビでよくこういう格好の男たちを見ていた」
おばーちゃんの好みに合わせて毛皮を変化させたらしい。おばーちゃんがエイリアン好きだったらどうする気だったんだ。どうせ和服なら袴とか狩衣とか、かっこいいのがよかった。
「脱がせ方分からなくて焦ったじゃん!」
「次からはモタつくなよ」
「自分でやれ! そしてちゃっかり大きくなるな!」
「冬恋の季節だしな」
「そこだけ人間ぶった言い方しないでよ、冬の発情期でしょ。去勢しなかったおばーちゃんを恨む・・・・・・」
嵐のトイレタイムをどうにかクリアし、精根尽き果ててコタツに這い戻る。わたしまで四足歩行だ。ガルのすっきり爽快顔が憎い。
「あのさ・・・・・・今からタクシー飛ばしても病院の面会時間に間に合わないんだ。明日ぜったい連れてくから、二足歩行の練習して」
立って歩けない長身の猫又ガルを背負ったら、一歩進む前に背骨が折れる。それにあちらの筋の御用達シャツ(ベンガル柄ボア)に朱色のどてら羽織った猫耳金髪頭とは、できるだけ離れて行動したい。
ガルはごろんと転がって、ガラス窓から庭を見上げた。冬の空を温かな橙色が染めている。
「夜が晴れるなら」




