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第9話 王子の溺愛には裏がある

 馬車の座席でカインに押し倒されたエリーゼは、突然のカインの愛の告白に驚きながらも都合が良いと解釈する。思った以上に簡単にカインとの溺愛ルートに進めそうだ。

 しかし、アゼルもカインも馬車で事を進めたがるのは似た者どうしかもしれない。


「カイン様、ちょっと待って。私はアゼルの妻として来たの。まずは事情を聞いてからにしてほしいの」


 エリーゼも自然とタメ口になっていたが、カインは素直に身を引いて起き上がった。自制が利かないアゼルとは大違いだ。

 エリーゼとしても既婚者の身でカインと不倫のような行為をするのは気が進まない。物事には順序がある……たぶん。


「うん、分かった、いいよ。エリーゼ様も訳ありみたいだね?」


 無邪気なカインの天使の微笑みにエリーゼは少し違和感を覚える。邪気のあるアゼルの悪魔の微笑みの方が安心感があるのは、溺愛の呪いのせいだと自分に言い聞かせる。


 そうして馬車は城下町へと入る。外の景色を見ると黒が基調のデヴィール国とは正反対で、白の煉瓦造りの街並みは聖域のような神々しさを感じる。

 やがて正面に王城が見えてくるが、やはり純白の城であった。


 エリーゼが案内されたのは城内の客間でも会議室でもなく中庭だった。屋外に置かれた白いテーブルに二人は向かい合って座る。

 中庭の中心は白薔薇の庭園になっていて、テーブルからの眺めは幻想的で見とれてしまう。エリーゼはそこでカインに事情を説明する。


「私は大聖女の女王の生まれ変わりで、魔王の生まれ変わりであるアゼルの溺愛から逃れたくて……」


 エリーゼは要所だけを簡単に話していく。溺愛の呪いや前世でカインを殺してしまった事実などは伏せた。

 カインは、それに対して驚きも笑いもせずに真剣に聞いている。どこまで信じたのかは表情からは読み取れない。


「ふぅん、なるほどね。つまり望まない結婚で、今のエリーゼ様はアゼル様を愛してないんだね?」


 エリーゼは、その問いに肯定の返事ができない。愛していないと答えれば嘘になる。アゼルを愛してしまっている自覚はあるが、それは溺愛の呪いのせいだと分かっている。それなのに胸が苦しい。

 そんな心など知らずに目の前で爽やかに笑っているカインを見ていると……不可解を通り越して不快すら感じる。


「なら離婚して僕と結婚しようよ。僕はアゼル様以上にエリーゼ様を愛すると誓うから、ここで暮らそう」


 エリーゼはカインの勢いとスピードに呑まれて何も返せない。あまりに軽い口調で結婚や愛を語るので今度は不審に思う。

 アゼルも愛を語る男だが、その愛には重みがあった。呪いの効果であったとしても、アゼルの愛に不審や不快を感じた事などない。


(確かに私はカイン様と結ばれる事を望んだ……けど、何かが違う気がする……)


 カインには何か目的や裏がある気がする。そう思ったエリーゼは慎重に探りを入れる。カインの愛と覚悟を試すかのように。


「私と結婚したらアゼルを敵に回す事になるかもしれないけど、それでもいいの?」

「うん。だって最強の聖女の力があれば負けないからね」


 やはりカインも聖女の能力を当てにしている。聖女の能力がないと知っても愛してくれるのだろうか……という不安からエリーゼの言葉が続かない。

 エリーゼが黙り込んでいるとカインが勝手に一人で語り始めた。


「僕はずっと最強の聖女と結婚したいと思っていたんだ。アゼル様に先越されて焦ったけど、まさかエリーゼ様の方から僕を頼って来てくれるなんてね」


 どうも話の雲行きが怪しい。カインはエリーゼではなく『聖女の能力だけ』を必要としている。しかも最強の聖女と言うならエリーゼではなく妹のセレンの方だ。アゼルが娶った聖女という事もあり勘違いをしている。

 それに優しい笑顔と口調のカインの表情のどこかにアゼル以上の邪悪さを感じる。エリーゼの聖女としての潜在能力が働いているのかもしれない。


「あの、カイン様の目的って……?」

「ウィリアム国は今では強国と言われるけど、昔は弱小国だったんだ。他国に侵略されて支配されて取り戻して……そんな歴史の繰り返しだよ」


 なぜカインは急に国の歴史を語り出したのか、その意図に気付いたエリーゼは反射的に身を引き始める。


「だから僕は最強の聖女を手に入れて、世界を手に入れる」


 カインの堂々とした宣言によって確信に変わった。カインの目的もアゼルと同じで世界征服であった。

 これでは世界平和のためにアゼルの溺愛から逃げたというのに、カインと結ばれても結果は変わらない。それなら愛のあるアゼルと結ばれる方がまだマシだと思える。

 エリーゼは作り笑いをしながら椅子を後ろに引いて逃げる準備に入る。


「ごめんなさい。私、やっぱり考え直してみます。今日のところは帰ります」


 よそよそしく口調を敬語に戻して伝えると、椅子から立ち上がってテーブルの前でお辞儀をする。

 次に頭を上げた瞬間、椅子に座っているカインの背後を見てエリーゼは硬直する。そこには、いつの間にか何人もの武装した兵が控えている。恐る恐る振り返ると背後もやはり同じ。中庭のテーブル席は10名ほどの兵に囲まれていて逃げ道はない。 

 エリーゼは正面を向くと薄笑いを浮かべているカインを睨みつける。


「……これは、どういうこと?」

「ふふ、帰すわけないでしょ。エリーゼ様には僕を愛してもらわないとね。安心してよ、幸せにするから」


 カインの目論見は分かる。聖女の能力を他人に使用する場合は『愛』が影響する。つまり愛し合う事で能力の効果が強まる。だからこそ、アゼルもカインも同じ目的でエリーゼを娶ろうとする。


(もしかしてカイン様、前世の時も私の聖女の力が目当てだったの……!?)


 前世でのカインの一方的な求婚の意味に今になって気付いたが、不思議とショックや落胆などはない。腑に落ちた、という感覚に近い。

 だからと言って前世でカインを殺した罪の意識が消える訳ではないが、こうも考えられる。


(もし前世でカイン様と結婚していたら、私はアゼルを殺していたのかもしれない……)


 その方が遥かに胸が痛むと感じるのは、やはり呪いのせいなのかと思ってしまう。


 しかしカインは知らない。どんなにエリーゼの愛を得ようとしたところで、エリーゼとアゼルは『溺愛』という呪いで魂が繋がっているという事を。

 そしてエリーゼも自覚していない。溺愛の呪いとアゼルの愛からは絶対に逃れられない運命だという事を。

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