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第10話 甲冑の将軍にも裏がある

 中庭で兵士に取り囲まれたエリーゼは、その中の一人の兵に連れられて城の中へと案内……いや、これは連行という方が相応しい。

 エリーゼは全身に甲冑を装備した兵士の背中を見つめながら廊下を歩き続ける。


(この人は確か軍の指揮官……レミアル将軍、だっけ?)


 それにしても床も天井も柱も壁も、全てが純白の城。しかも前方を無言で歩くレミアルの甲冑も白銀。差し色で黒が見たくなってくるのは呪いのせいでアゼルに依存しているからに違いない。

 階段を上り二階の廊下を少し進むと、ある部屋の前でレミアルは足を止めた。


「こちらがエリーゼ様のお部屋になります」


 エリーゼは部屋のドアよりもレミアルの顔を見つめる。甲冑の面の隙間から見えるブラウンの瞳は穏やかで優し気で、氷のようなカインの瞳よりもずっと落ち着く。


「ありがとう、レミアルさん」


 ドアを開けて中に入ると、広くはないが小さなテーブルと椅子、そして奥の窓際にはベッドがある。

 やはり全て白色が基調だが、汚れが全く見えないところから清潔感が感じられる。カインにしてみれば今のエリーゼは妃候補で婚約者のような扱いだと感じ取れる。

 部屋の真ん中に立って部屋を見回していると、ふと背後の気配が気になった。


「……レミアルさん、なんでまだいるの?」


 エリーゼの背後では未だにレミアルが無言で立っている。甲冑姿なので表情も感情も読み取れなくて不気味だ。


「私がエリーゼ様のお世話役に任命されました。よろしくお願いします」


 鉄の面をかぶっているので、いつ口を開いたのか分からない。しかも甲冑姿で丁寧にお辞儀をされても異様であった。武装していてもレミアルの瞳も口調も穏やかで温かみがある。


(将軍なのに私のお世話役? レミアルさんは執事も兼任してるの?)


 色々と疑問に思うが、今のエリーゼは敵国で捕虜になって監禁されている状況に近い。なるべく事を荒立たせずに無難にやり過ごすしかない。


「何か質問やお困り事はありませんか?」

「……じゃあ、お風呂はどこにあるのかしら」

「城の一階に大浴場があります。すぐにご入浴できますので、ご案内します」


 レミアルと一緒に部屋を出て、今度は階段を下って城の一階の奥へと進む。

 先ほどから思うが、レミアルは普段から甲冑を装備したまま城内を歩いているのだろうか。歩く度に金属の音が鳴るのが気になる。


(お城の中くらい、甲冑を脱いだらいいのに……)


 廊下の奥に進むと、全てが白色に塗られた城の中で異色な木の扉があった。その大きな扉を開けると、そこは広々とした木造りの脱衣所になっている。

 この城では無機質な白い石や鉄ばかりを見てきたので、優しい木の香りと温もりが安心感を与えてくれる。

 レミアルの入浴時は貸し切りにしてくれるらしく他に人は誰もいない。


「エリーゼ様、このままご入浴されますか?」

「じゃあ、そうするわ。でも、すごく広くて一人だと逆に心細いわ」


 エリーゼは半分冗談で笑いかけるが、相変わらずレミアルの表情は読めない……というか鉄の面で見えない。かと思うと、おもむろに甲冑の小手を外し始めた。


「そうですね。では、せっかくなので私もご一緒に入浴します」

「は……? 一緒に……?」


 エリーゼが呆気に取られている間にも、レミアルは次々と甲冑のパーツを取り外していく。


「え、ちょ、ちょっと待って、レミアルさん、そういう意味じゃないの! それはダメ、ダメよ!」

「お一人でのご入浴は大変でしょう。私が背中をお流しいたします」

「お風呂くらい一人で入れるから!」

「ご遠慮はいりません」


 レミアルは慌てるエリーゼの話など聞いていないようで、淡々とした口調で脱衣を進めていく。


(なんなの!? カイン様だけでなくレミアルさんも危険人物なの!?)


 デヴィール国にもウィリアム国にも、まともな人はいないのだろうかと妙な絶望感で途方に暮れる。

 エリーゼは自分の両目を手で覆って隠そうとしたが、レミアルが身体の甲冑の前に面を外した事により素顔が明らかになる。


(わぁ、やっぱりレミアルさんはイケメンなのね……)


 髪はブラウンのショートボブで、同色の澄んだ瞳。声も見た目も中性的で、優し気な雰囲気に思わず警戒を忘れてしまう。見た目は完全に優男なので兵士で将軍とは思えない。

 そんな素顔に見とれていたら、レミアルは次に上半身の甲冑を外した。その下には白い下着を着用しているが、そこから見えたのは鍛えられた胸筋……ではなく見覚えのある2つの膨らみであった。しかもエリーゼよりも遥かに豊満な。


「え……? レミアルさんって……?」

「はい? どうかしましたか?」


 レミアルは真顔のままで足の甲冑も外すと、柔らかい膨らみの太腿と細い足がオープンになる。そのしなやかなラインの肢体は明らかに男性のものではない。


(ええ!? レミアルさんって女性だったの!?)


 エリーゼは心の中だけで驚きの声を上げる。つまりレミアルは執事ではなくメイドだった。レミアルとしては男装しているつもりではないので、エリーゼの勘違いに気付いていない。

 よく考えてみれば、力が物を言う軍隊では女性が将軍であっても不思議ではない。レミアルがそれだけ強いという事だ。

 そうして二人は脱衣所を出て一緒に大浴場へと入る。霧のように視界を遮る一面の湯気の先に広がるのは、なんと岩風呂であった。一度に十人は入れるくらいの広さがあり、四方は木の壁で囲まれている。


「室内で岩風呂に入れるなんて、すごい……」

「ふふ。エリーゼ様のご実家ほどではないでしょう?」


 事情を知らないレミアルに悪気はないが、エリーゼは実家のフェーリス家を思い出して気持ちが沈んでしまう。

 あの家でのエリーゼの入浴は、使用人が使う簡易的な小さな浴室しか使わせてもらえなかった。しかも一番最後の冷めて濁った湯にしか入った事がない。

 軽く身体を流してから二人は並んで岩風呂の湯に浸かる。エリーゼは長い金髪が浸からないように頭の上でお団子に結った。

 二人とも全身に白いタオルを巻いて身体を隠してはいるものの、エリーゼはレミアルの見事に割れた谷間を見るとまた気持ちが沈んでしまう。


「レミアルさんって何歳なの?」

「20歳です。カイン様と同い年ですよ」


(私とも同い年なのに、こんなに色気が……羨ましい!)


 エリーゼも20歳だが、どうしてこんなに発育に差が出てしまったのか……実家では粗末な食事だったので栄養の違いだと納得するしかない。

 それにしても、なんで今になって自分のスタイルを意識しだしたのか、エリーゼには自覚はない。ただ、こんな貧相な身体を何度も抱いてアゼルは満足するのだろうか……と余計な事まで考えてしまう。


(やだ、私ったら! アゼルなんかに抱かれたくないんだから!)


 湯加減とは別の理由で身体が熱くなってきて頬も紅潮してしまう。ふと隣のレミアルの顔を見ると彼女の頬も赤い。そしてどこか遠くを見つめながら俯き加減で話す。


「エリーゼ様には前世の記憶があるのですよね?」


 さきほど中庭でカインと会話していた時に背後に潜んでいたのか、レミアルに話を聞かれていた。しかしエリーゼは返答に迷う。どこまで信じてもらえるか分からないからだ。

 エリーゼが黙っていると、レミアルが独り言のように淡々とした口調で続ける。


「私、よく同じ夢を見るんです。遠い昔の魔国軍の隊長と恋仲で、でも私は敵国の隊長で……」

「……! それで、最後はどうなるの!?」

「魔国軍との戦いの最中で私が命を落とすという悲恋で終わります」


 エリーゼは食い入るようにしてレミアルの話を聞いていたが確信した。前世での魔王アゼルが率いる魔国軍、その隊長はアーサーだったと。

 今になってエリーゼは、前世にアーサーの存在もあった事に気付いた。エリーゼの蘇った前世の記憶は断片的であり、アゼルとカイン以外の人物については朧げな記憶しかない。

 レミアルの前世もカインと同様に、魔国との戦いで命を落とした犠牲者の一人であった。

 俯き加減のレミアルの瞳は長い睫毛が下がって可愛らしい。兵を率いる将軍のレミアルは今や完全に恋する乙女の表情になっていた。


「それで、その夢の魔国軍の隊長がアーサー殿に似てたんです。彼に違いありません。前世の夢だとしたら、これって運命ですよね……?」


 エリーゼは先ほどの国境での対峙を思い返してみるが、甲冑で顔まで隠れたレミアルの素顔をアーサーは見ていない。しかも二人に前世の記憶はない。

 それでも二人の因縁を知ってしまったエリーゼの心の底から何か熱いものが込み上げてくる。


(この二人……絶対に結ばせたいわ!!)


 呪いもツンデレもないレミアルの純愛を応援したい思いに火がついた。

 あの真面目な戦バカのアーサーに恋愛なんて程遠そうだが、レミアルのこの顔と身体を見れば前世の記憶がなくても落ちるだろう。悔しい事だがエリーゼよりも色仕掛けに向いているボディであり、甲冑で隠すのがもったいない。

 しかしエリーゼは考えた。レミアルを味方に付ければウィリアム国で動きやすくなるし、お互いにとっても都合が良い。

 エリーゼは急にレミアルの両手を握って強気に迫る。


「ねぇ、レミアルさん。私に協力してくれない? 私もレミアルさんの恋に協力するから」

「……はい、私にできる範囲でしたら」


 岩風呂の湯に浸かりながら、聖女と将軍の二人は裸で協力関係を結ぶのであった。

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