05.畏怖
「ふぅ」
カルマは落ち着きを取り戻し、眼帯を拾いにいく。
「ごめんなさい…助けてくれてありがとう。」
イリーナは俯きながらカルマにお礼を言う。
「ううん、大丈夫だった?」
「うん…」
「あっもしかして怖い…?怖いよね」
カルマはしまったと思いながら急いで眼帯を付ける。
「あ、いや!全然、助けてもらって怖いなんて…」
イリーナはぶんぶんと首を横に振る
「あの…さっきのって魔術?」
「ああ、うん、覚えたてでまだ飛ばせないんだけどね、はったりには効果的かと思って」
「そうだったんだ……あの...」
「ん?」
イリーナは何かをいいたげにしている。
「よかったら私に魔術を教えてくれない?」
「魔術を?君が?」
「うん、私の家はアラモだけど、魔術を覚えて、上級の戦士になればきっと誰にも馬鹿にされない…から」
「うーん…」
カルマは迷った、それが正しいことなのかわからなかった。
きっとこの子はその家柄に生まれたことで劣等意識が強いのだろう。自分に自信が持てないのだ。
それにまだ少女とはいえ、お世辞にも戦士に向いているとは思えなかった。
「わかった。僕もまだ魔術を扱えないから、練習する時に一緒に教えてあげるよ」
「ほんと!?」
イリーナは顔を上げて驚いたように喜びの言葉を口にする。
「あと、家柄のことなんて気にすることはないと思うよ。」
「あなたは気にならないの?」
「ならないよ。たかが名前でしょ?」
イリーナはその言葉を聞いて笑みを浮かべる。
カルマの言葉は受け取り方によっては配慮の欠けた言葉だったのかも知れない。だが、それがイリーナには深く考えすぎていたのかも知れないと本質をついた言葉に思えた。
「うん、そうだね。ありがとう。」
それから何日間かイリーナがカルマを訪ねて来た。
カルマはイリーナと共にノーリエから借りた本を使いながら魔術の練習を行なった。
3日連続でイリーナが訪ねて来たのでカルマはたまにはノーリエさんのところでも行きたいなぁ…なんて思ったりもしたが、楽しそうに魔術を学ぶイリーナを見て呟く。
「まあ…喜んでくれてるならいっか…」
「ん、なんか言った?」
「んーん、別に」
翌日、今日はイリーナは来ないらしい。
どうやらイリーナの母はあまりイリーナに外出してほしくないらしく今日は家にいるように言われたそうだ。
名前のことで苦労してきたのだろう。きっと娘には嫌な思いをしてほしくないのだ。
今日こそはとカルマは街へ走っていく。
カルマがいつものように商店街に入ると何か違和感を覚える。
カルマは最初は何かわからなかったが、違和感の正体に気づく。
それは"視線"だ……
街の人がカルマを見る視線がいつもと違うのだ、まるで嫌なものを見るような…
「おう、坊主」
いつものように魚屋の主人が話しかけてくる。
「あ、ああ…おじさん」
「おまえさん緋眼なんだってな…」
「!?」
カルマが驚いて顔を上げると、街の人達がカルマを取り囲んでいた。
そしてそのうちの一人がカルマに向かって石を投げる。
「不吉な子供め、この街から出ていけ!」
「悪の魔人の使いか!?」
それを皮切りに他の人達も石を投げ始める。
カルマは地面に頭を伏せる。
カルマ自身、緋眼の魔人が畏怖や怒りの対象であることは理解していた。
だが、自身の赤い目を見せただけでまさかこんなことになろうとは…
どうしてこうなった…
〈頭の中の整理用 メモ〉
緋眼= 赤い瞳のこと。
この世界では赤い瞳の魔人が昔から恐れられているため、緋眼は忌み嫌われている。