2-3「王位継承問題①」
カルマは目を覚ますと、宿屋のベッドに横になっていた。
はっとして体を起こす。
「あっ、ボス。大丈夫ですか?」
「あ、うん……それより、バランは?」
「バラン? ああ、あの少年ですね。そっちのベッドで寝てますよ。」
カルマが振り返ると、バランは静かな寝息を立てて眠っていた。傍らにはカミルが腰かけている。
「この子も問題ない。安心しろ。」
「ああ……ありがとう。」
「一体、何があったんです?」
カルマは二人にこれまでの経緯を話す。
王宮の麓で衛兵に追われていたこと。
バランの母親が王宮へ連れ戻されたこと。
そして戦士団との戦闘。
「なるほど……それで、この国の王族に雇われた戦士たちと交戦した、と」
「うん。エクスプロドって言ってた……」
「エクスプロド!?」
「知っているの?」
「新星ですよ。」
「新星?」
「戦士になって一年目で、上級以上に認定された者のことです。今年も何人か出ましたけど……エクスプロドの団長は、その一人だったはずです。」
「上級戦士……あいつが」
……
「ハウロスは詳しいね。」
「ええ。衛兵隊に戦士オタクがいましてね。それに、エクスプロドの団長は俺と同い年の十六歳なんです。妙に印象に残ってました。」
「十六歳……」
カミルがバランの寝顔を見つめながら言う。
「それでどうする。この子を放っておくわけにもいくまい。」
「そうだね……」
「でも、この子の母親は自ら王宮に行ったんですよね。正直、俺たちにできることなんて……」
しばし沈黙が落ちる。
「どうにか、バランをお母さんに会わせてあげられないかな。」
「……まさか、バランを連れて王宮に乗り込む気ですか?」
「無理かな?」
「いやいやいや、さすがに無理ですよ。」
「侵入くらいは可能ではないか?」
「いやいやいや、何言ってるんだカミル。一国の王宮だぞ?」
ハウロスは両手を広げて理解できないと体現している。
「俺も、可能性がゼロとは思わない。けど問題はその後だと思うんだ。」
「その後?」
「仮にお母さんに会って、連れ戻せたとしても。俺たちがこの国を離れた後、二人は無事でいられるかな。」
「他国に逃がすのはどうだ?」
「一度逃げた人を執念深く追う王だよ。国を越えても、きっと追手は来る。」
「……それもそうだな。」
「うーん……」
その後も三人は話し合いを続けたが、結論は出なかった。
ひとまず、この国に滞在している間に情報を集めることにする。
……
少し間を置いて、ハウロスが口を開いた。
「でもボス、この国にいるとしても、魔導図書館にはもう行けませんよね?」
「うん。顔は覚えられてるだろうし、堂々とは歩けないね。」
ハウロスは顎に手を当て、少し考え込む。
「もしよければなんですが……闇商店という場所を知ってるんです。行ってみますか?」
「闇商店? なにそれ。」
「この国では、魔導書の売買は国営の魔導図書館以外は禁止されています。」
「じゃあ、非認可で魔導書を売ってる店?」
「そういうことです。」
「なんでそんな場所を知ってるの?」
「以前、仕事でミルズに来たことがあるでしょう。そのとき、要注意施設として聞いたんです。」
「王国から警戒されてるなら、危なくない?」
「俺が来た頃は反乱の最中でしたからね。あくまで“反乱の火種になり得る”って意味での警戒です。結局、その店は無関係でしたし。」
「なるほど……」
カルマは少し考え、それから小さくうなずく。
「じゃあ明日、行ってみよう。場所だけ教えてくれる?」
「はい。」
「カミルはどうする?」
「言っただろう。魔導書のことはわからん。悪いがカルマに任せよう。」
「わかった。カミルに合いそうなのがあれば声をかけるよ。」
「ああ、助かる。」
__________
翌日、カルマはハウロスに教えられた商店へ向かった。頭巾を深くかぶり、衛兵の目を避けるように路地裏を進む。
指定された場所に辿り着くと、そこにあったのは廃業したらしい古びた喫茶店だった。
「ここか……?」
軋む扉に手をかける。鍵はかかっていない。
慎重に中へ足を踏み入れる。
「すみませーん……?」
返事はない。人の気配もない。
だが奥に、地下へ続く階段があるのに気づく。
カルマは息を整え、ゆっくりと降りていった。
そして、目に飛び込んできた光景に思わず息を呑む。
天井は高く、地上の狭さが嘘のように広い空間。
壁一面、床から天井までびっしりと魔導書が並んでいる。
「……すごい」
カストリアには魔導商店がなかった。
ノーリエの家の魔導書はほぼ読み尽くしている。だが、ここは桁が違う。
「なかなか壮観じゃろう。」
低い声が響き、本棚の奥から老人が姿を現す。
「魔導書の数でいえば、他国の並の商店より多いぞ。」
「あなたは……?」
「ああ。この店の主、ユバルバじゃ。」
フードの奥から細い目がこちらを覗く。
「ここは事情ある者が集う場所。お主が何者かは聞かん。欲しい本を選べばよい。時間も気にせんでいい。」
「いいの?」
「本は読まれてこそ価値がある。好きなだけ見ていけ。」
不気味な風貌とは裏腹に、声はどこか穏やかだった。
カルマの目が輝く。
そして次の瞬間には、本棚の間を縫うように歩き回っていた。
⸻
数時間後。
カルマはようやく顔を上げた。
「……読みすぎた」
自分でも苦笑する。
厳選した七冊を抱え、ユバルバの元へ向かう。
「これ、買ってもいい?」
「もちろんじゃ。毎度あり。」
老人は本の背を一冊ずつ確認し、にやりと笑う。
「……ほう。なかなか良い目をしとる。」
「え?」
「いや、独り言じゃ。」
カルマは首をかしげつつ、代金を払い本を抱える。
「ありがとう。近いうちにまた来るよ。」
「ああ。待っておるよ、若き戦士よ。」




