フィルスの昔話①
「フィルス、前に話してた昔の話、聞かせてよ。賢人ルドラの弟子だった頃の」
「どうした、急に」
「いや……嫌ならいいんだけどさ」
本当は昔話が聞きたいわけじゃない。
ただ、何か話していたかった。明日には街へ戻る。その前に、今しか聞けない話がある気がしたのだ。
フィルスはカルマをしばらく見つめ、ふっと小さく息を吐く。
「……まあいい。お前も、知っておいた方がいい話だ」
「ルドラの話の前に、緋眼の魔人と神嶺のことはどこまで知っている?」
「なんとなくは。緋眼の魔人は神嶺様が倒したけど、復活した……んだよね?」
「大筋は合っている。だが、緋眼の魔人を討ったのは二代目神嶺――シンセレーヌだ」
「二代目? 神嶺って一人じゃないの?」
「初代は、魔創神グラン(この世界を作ったとされる大魔法使い)の側近ラルフだ」
「……あんまり聞かない名前だね」
「時代の違いだ」
フィルスは淡々と続ける。
「ラルフが生きたのは、グランがこの世界――グランダムを整え、各国が急成長した時代だ。
戦争や国同士の争いを止め、調停者として尽力した。だがその頃には、緋眼の魔人も強大な魔獣もいなかった。英雄としての“戦果”は少ない。ゆえに語られにくい」
「なるほど……」
「そして神嶺の力は二代目シンセレーヌへ継承される。そこからが激動だ」
フィルスの声がわずかに低くなる。
「緋眼の魔人率いる魔人軍の台頭。
シンセレーヌと緋眼の魔人の戦いは――およそ百二十年に及んだ」
「百二十年!? そんなに生きてたの?」
「二代目神嶺シンセレーヌは、最高位の魔術により不老だ。老いない。寿命でも死なないと言われている」
「……そんな魔術が」
カルマの胸が、わずかにざわつく。
理由のわからない既視感。
フィルスは続ける。
「シンセレーヌは魔人軍を壊滅寸前まで追い込み、緋眼の魔人を討った。
一度目は魔力を封じただけで逃げられたがな。
その後、人の村に潜伏していたところを神聖剣で討ち果たしたと伝わる」
「それで平和に?」
「しばらくはな。だが約三十年前、緋眼の魔人復活の噂と共に、各地で魔人軍が再び動き出した」
「……」
「その中でも特に強力だったのが、《緋衣の十魔》。
十人の幹部だ。戦士で言えば界級以上とされる」
「フィルスより強いってこと?」
「相性次第だが、天級一人では厳しいだろうな」
さらりと言うが、重い事実だ。
「神嶺シンセレーヌは? 不老なんでしょ?」
「緋眼の魔人を討った約四百五十年前以降、表舞台に姿を見せていない。
一説には後継者に立場を譲ったとも言われるが……三代目神嶺は現れていない。真偽は不明だ」
カルマの胸が、またざわめく。
四百五十年前。
不老の神嶺。
姿を消した存在。
「……じゃあ、どうやって魔人軍に対抗したの?」
「そこで立ち上がったのが賢人ルドラだ」
フィルスの目が、遠くを見る。
「ルドラは《緋衣の十魔》のうち三柱を討った。
魔人軍が立て直しを余儀なくされるほどの打撃だった」
カルマはごくりと唾を飲む。
「……フィルスは、その弟子だったんだよね」
「ああ」
短い返答。
だがそこに、誇りと――わずかな悔恨が滲んでいた。
「ルドラはな……強かった。だが、それ以上に――」
フィルスは言葉を区切る。
「覚悟が違った」
夜風が小屋の外で木々を揺らす。
カルマは知らず、拳を握っていた。
遠い過去の戦い。
不老の神嶺。
消えた英雄。
それらが、どこか自分の人生と繋がっているような気がしてならなかった。
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