今日のごはんはなんだろな
水晶玉と私のにらめっこは三日目を迎えていた。
「なーんにも見えない」
黒い布で覆ったテーブルの上に鎮座している水晶玉は、何の色も陰影も映し出さない。ずっと透明のままだ。
私は水晶玉にかざしていた手を離し、休憩するために椅子から立ち上がりソファへと向かう。そして腰を痛めないように、そっとソファに座ってもたれかかった。
「なかなか苦戦してるみたいだりゅ?」
背中の羽をパタパタして空中に浮いているリュリュちゃんが、こっちを見て首をかしげた。かわいい。
私はリュリュちゃんを衝動的にガっと掴んでもふもふする。
「そうなのー、上手くいかなくてねー」
「ご主人様、くすぐったいりゅ」
私はただ、夜ごはんに何を食べるか占いたいだけなのに。
ただそれだけのことを占いたいだけなのに、なんにも見えないのだ。なーんにも。
「水晶玉は私に合ってるはずなんだけどなー」
宝石屋で水晶玉をもらったとき、ちゃんと私にしっくりと来たフィーリングの合う水晶玉を選んだ。選んだのだ。
なのになぜ何も見えない!
謎だ。
頑張ってるのに。
「落ち着いてやればきっと上手くいくりゅ。リュリュの前のご主人様は、占う前に深呼吸してたりゅ」
「へー、そうなんだ。ていうか、リュリュちゃんの前のご主人様ってどんな人だったの?」
せっかくリュリュちゃんと暮らしはじめたのに、私は水晶占いのことばかりに熱中してしまって、リュリュちゃんのことをよく知らないでいた。
ちょっとクールダウンがてら、リュリュちゃんとお話ししよう。あわよくば、なんか占いのいいヒントとかもらえるかもしれないし。
「前のご主人様は素敵な占い師だったりゅ」
「どんな風に素敵だったの?」
「リュリュの好きなマフマフ肉のジャーキーをよく食べさせてくれたりゅ。だから素敵な占い師だったりゅ」
「ふーん。リュリュちゃんって、マフマフ肉が好きなんだね」
私もマフマフ肉は好きだ。やわらかくてほろほろな食感がたまらないんだよなあ。
あっ、想像したらよだれが溢れてきた。
「そうだりゅ。よかったら今度食べさせてほしいりゅ」
「じゃあ今度、マフマフ肉のシチューを作ってあげるね。ジャーキーもいいけど、シチューにしたらもっと格段に美味しくなるから」
「ありがとうございますりゅ。楽しみりゅ」
それからリュリュちゃんは「マフマフ肉〜、マフマフ肉〜」と口ずさんで上機嫌になったかと思うと、私の手を離れて部屋の奥へふらふら飛んで行った。
リュリュちゃんかわいいなあ。見てて癒される。もふもふしたらさらに癒される。
しかし、結局リュリュちゃんから占いに関するいいヒントは得られなかった。それは残念だ。
私はソファに仰向けに寝転びながら、もう何度読んだかわからないほどに読んだ資料の水晶占いのページに目を通す。
「水晶占いはインスピレーションが大事です、かあ……」
なんとなくだけど、頑張ってインスピレーションを湧かせるんじゃないんだと思う。
きっと、自然と湧いてくるものなんだ。
そう思ってはいるんだけど、どうやったらそれができるのか全くわからない。
「あーん、もう!」
資料を顔に被せる。
わからない。
わからないときは、寝る。
寝るに限る。
いま思うとほとんど寝ずに水晶玉を見続けて寝不足気味だった。それで集中してたつもりがあまり集中できていなかったのかもしれない。それが見えない原因なのかもしれない。
「夢を見ているような、そんな感じでぼんやりと見えたらいいのになあ」
まどろみながら、ふと、つぶやく。
「……ん?」
つぶやいて、インスピレーションが湧いた。
「水晶玉を見ながら集中して、そして寝るみたいに気を抜いたらいいかも?」
やってみる価値はありそうだ。
私はソファから飛び起きて再び水晶玉の元へ向かった。
椅子に座り、まずは深呼吸。リュリュちゃんの前のご主人様がやっていたように、精神を落ち着かせる。
そして集中したあと、テーブルの上の水晶玉に手をかざす。
次に、全力でぼーっとしてみる。
ぼーっと。
ぼーっと。
集中力を研ぎ澄ませてしっかりと水晶玉を見ることをやってきたけど、それがダメなら集中したあとぼーっと見てみる。
ぼーっと。
ぼーっと。
しばらくぼーっとしていたら、うつらうつらと、船を漕ぐ感覚。視界もぼやけてきた。
あ、これはあれだ。
あとちょっとで寝ちゃうやつだ。
そう考えていたそのときだった。
ぽわん、と水晶玉に薄いピンク色が浮かんできた、気がした。
いや、気のせいじゃない。
これは夢でもない。
いま私には、薄いピンク色が見えている!
「み、みみみ、見えたあー!」
見えたことが理解できた途端、完全に目が覚めた。
嬉しいあまりガッツポーズをする。
やっとコツが掴めたぞ。
集中したあとにぼーっとすること、つまり精神を楽にして自然体で水晶玉を見ることが大事だったんだ。
そしてそして、見えた薄いピンク色から導き出される答え、それは……!
「今日はチェリーサーモンのサーモン丼だ!」
私は急いで寝巻きから私服に着替え、お財布と杖を持って家を飛び出した。
夜ごはんのチェリーサーモンを買いに、お魚屋さんに行くために。




