過去の痛み
「おいおいおいおい何だよこれは」
俺達が王都へ着いた時は既に戦闘が始まっていた。
魔獣だけではなく魑魅魍魎の類が魔獣と人を節操なく襲っている。
「臆するな!だが身の安全を第一に!立ち止まらず門へ向かえ!中には決して入れさせるな!」
「「「「おお!」」」」
騎馬隊が一斉に駆け出す。援護するように騎馬弓兵が縦横無尽に駆け回りながら大型の魔物を対象に射かける。上手い具合にヘイトをかせぎ、戦場をかき乱す。
「まさかとは思うがテリーの暴走?いやアイツは陛下と中にいるはず。でもこれ亡者の類だよな。もしかしてニア?」
自問自答を繰り返しながら戦況を確認。テリーの複合魔法時によく見る黒い影に覆われた魔獣が、他の魔獣を襲っている。
「影の魔獣は人を襲ってはいないな。影魔獣は味方?」
涎をたらし、猪のような魔獣が襲ってきたが一刀両断。倒れた魔獣の胴体から異質なものが見えた。
「これは人間の足? まさかここにいる魔獣全部が人造キメラか?!」
注意深く魔獣をみる。一見して普通に見える魔獣にも異質な物体が垣間見れる。
「外道が!」
馬を走らせ襲い来る魔獣を切り捨てる。その魔獣の死骸を喰らうように近くにいた影魔獣から触手のように影がうねうね伸びていく。
「こいつが原因か。味方と思っていいものか。気味が悪い」
その影は命を落とした騎士にも触手を伸ばすが、取り込む気配はない。
「一応分別は出来ているのか。あのキメラは人扱いではないと、そういうことか」
遠くで落馬した騎士が牛のような魔獣に頭から喰われる。牛魔獣の肩が不気味に膨れ上がり、中から食い破るように人間の頭が出てきた。
「流石にこれは見過ごせないな!」
魔剣に炎を纏わせ、袈裟斬りで一刀両断。傷口を境に炎が広がり一面が炭と化す。
一連の流れを見ていた団員は呆気にとられ襲歩をとめる。
「止まるな!進め!声をあげろ!」
「「おお!」」
同様に恐れをなし、歩みを止めていた一団が感化され走り出す。
辺りを見渡すと乱戦に持ち込まれている一団もある。その先には一際目立つ閃光と爆音が轟いている。
「まずは父さんと合流するか。オロフさんか瑠璃か、いずれにせよ情報が取れるだろう」
目的地に向かう間に恐慌状態に陥っている団員を出来るだけ救う。
間に合わず異形へと変じた仲間も可能な限り天へ送る。
「インゴさん、これは確かにきつ過ぎますね」
一部が燃え残り、かろうじて原形を留めた顔面の部位を魔剣の炎でそっと焼き消す。
独特な臭いが胸の奥を痛むとともに刺激する。
回数を重ねるごとに俺の中で何かが壊れていくような気がした。
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「伝令!黒曜部隊が到着、城門へ向け進軍中。アマビスカ殿下は遊撃として留まっている模様」
「ロフィ頼めるか?」
「任せて。何人か詠唱の間、支援をお願い」
グフフと薄気味悪い笑いをしながら愛用のスタッフを力強く握るオロフを見て、ふと懐かしさを覚えたクレイブは薄い笑いを浮かべ、胸に突き刺さる淡い痛みに堪えながら戦友を見送る。その後ろ姿の横に昔の自分とグレタと今は亡き戦友の姿を重ねて。
「城門へのルート確保を急げ。城門守備隊に黒曜を組み込み対処。陛下に黒曜帰還のご報告も忘れるな」
指示を受けた伝令兵と入れ替わりに次の伝令兵が入ってくる。
「伝令!城内の治安は平常化。陛下指揮のもと公爵家が引き続き警備にあたり、瑠璃がこちらへ合流するとのこと」
「瑠璃の指揮はオロフに任せる。合流させろ」
「はっ!」
「伝令!――」
立ち替わる間もなく次々とやってくる伝令を相手にしながら、クレイブは脳裏にちらつく可愛い姪の笑顔を務めて忘れようとした。
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「ウソ、やだ。こっち来んな!」
コニィアは焦る。
魔力制御で動くことかなわない状況にも関わらず、砂埃が勢い良く捲き上る。
ビルが龍脈を吸い取ったせいでインゴが造った土壁が崩れていく。
急に開けた視界は魔獣達の必死の抵抗を止めて、別の思考を一斉に与える。
生きるための本能。すなわち逃走だ。
一箇所しか出口がなく、しかも敵意を向ける存在が待ち構えていた状況下では自分の身を守る行動として戦闘行為を行うしかなかった。だが今は違う。逃げ道を塞ぐものは何もない。そして自分の他に逃げ出す存在が多ければ多いほど自分が狙われる可能性も低くなる。狩るものと狩られるものの自明の理は、キメラと言えど本能として最低限備わっていた。
「モーナ!私の後ろに!」
モーナはコニィアの背中に抱きつく。その抱きつく腕の震えがコニィアに勇気を与える。
「私があなたを守る。お姉ちゃんに任せなさい」
頬を伝う汗とは不釣り合いなウィンクを決め、コニィアは魔力を練り始める。
「我が身に宿りし聖霊よ。柱を持て顕現せよ」
身体から黄色い魔力が流れ出て、目の前にゴロゴロと雷の音がする球体が出来上がる。その中からのっそりと、虎のような模様の毛をした長い爪と牙を持ち、尻尾は異様な大蛇の魔獣が這い出てくる。咆哮と共に周囲に雷が落ち乱れ、向かってくる魔獣を焼き殺す。黄色い体毛も相まって雷獣という表現がしっくりくるその魔物は、雷に打たれなかった魔物を爪と牙ので仕留めていく。仕留め損ね、雷獣のそばを駆け抜ける魔獣には雷獣の尻尾の大蛇が噛みつき、魔獣は動きを止める。噛みつかれた魔獣は痙攣し、力なくその場に倒れ込む。
「お姉ちゃん危ない!」
そんな雷獣の猛攻すらも掻い潜り、逃げ惑った一匹の魔獣の進路がコニィア達とぶつかる。モーナはコニィアを力一杯押し退け身代わりとなり、モーナの左腕が魔獣に噛み砕かれる。
「いやぁぁぁ!」
コニィアの叫びが響き渡る。コニィアの身体から一気に魔力が流れ出る。赤緑青、鮮やかな色合いが次第にどす黒く濁った太い影へと変化する。
「お姉ちゃん!」
亡くなった左腕の痛みに耐え声を張り上げるモーナを仕留めようと、口の中にまだ腕があるままで魔獣は再度大きく口を開ける。しかしその口は閉じられることはなく、代わりに魔獣は動きを止めワナワナと震え始める。
「グォォォ!」
魔獣は口からモーナの左腕を吐き出すと空に向かって雄叫びを始めた。その雄叫びに応えるように逃げ惑っていた魔獣達も足を止め雄叫びを始める。
「間に合わなかったっすか?!モナちん!止血するっす!ニア姉も正気に戻るっすよ!なにしてるっすか!」
アルテミスは急ぎモーナの傷口を両手で抑える。力を込め傷口を圧迫させる。モーナは目を瞑り、痛みを耐える。
「これで良し。あとはモナちん、回復は任せるっす。てか、いつの間にか手の影が消えてるっす。ニア姉のコレが原因っすかね」
目も虚で魔力駄々漏れのコニィア。その漏れた魔力から伸びた一本一本の影と繋がった亡獣は動きを止める。
左腕を無くしたモーナにそっと寄り添うように近づいてきた噛みちぎった張本人(?)の魔獣。それを遠くから見守るように立ち止まった魔獣達。
動いているものはクウと取っ組み合いをしている大型魔獣だけだ。
「コレ……嫌な予感しかしないっす。まるで嵐が起こる前の静けさのような?あっニア姉!」
コニィアが奇声をあげながら崩れ落ちる。
咄嗟にコニィアを抱きしめたアルテミスの身体にも影が絡みつく。
「なんすかこの声ーー声だけじゃない、この流れてくるものは感情っすか?不快な気持ち悪いイライラする――怒り?うぉ痛っ!うげぇ!イヤっす!やめるっす!」
アルテミスが頭を抱えたり腕を振り払ったりと惑わされる。
「なんでウチがウチに斬られるっすか!え、クウにも噛み切られたっす。これ、この人達の記憶っすか?てか、やっぱり……悪魔の所業っすね」
アルテミスの脳裏には亡獣が魔獣であったよりも先の記憶が流れていく。まだ人であった時に椅子に手足を繋がれて頭を弄られ、謎の物体を埋め込まれながらもドロッとした液体を注射される。そのような似たり寄ったりの光景を何人も何人も。時には家族と思われる相手と無理矢理離される場面や、大切な相手が目の前で獣に喰われながらも、自分は獣に背後から組み敷かれる。
「もう無理っす!限界っす!やだっすやめてっすやだやだやだっ!もう殺してっ!」
アルテミスの意思なき願いに応えるように、コニィアが杖を手放しアルテミスを抱きしめる。目は虚で無表情でも、アルテミスを抱きしめる腕は力強い。その痛みにアルテミスはギリギリ正気を保つ。
「ニア姉も頑張ってる!モナちんも痛みに堪えてる!ウチも!ウチも負けてられないっす!モンモン!ティーたん!力を貸して欲しいっす!」
コニィアの身体を介してアルテミスの身体に影の魔力が流れ込まれる。魔力が流れれば流れる程、アルテミスの身体が膨らんだり、奇妙な角や不気味な翼など歪な部位が出来上がったりする。その変化は時にコニィアを傷つけるもモーナが摩り、左腕からゆっくり流れる血を塗り回復させる。
「ゴロヅ!オマエヂュルヂャナイ!」
全ての影を取り込んだアルテミスは怨嗟の声をあげながら未だ殴り合っている大型魔獣の元へ飛び立っていった。




