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不自由

蒼は、龍の宮を訪れていた。前回、桂を呼び戻してもらった後、維心が戻ってしまったため、満足に礼も言えずに帰ってしまったためだ。

維心は、居間で、いつものように維月と並んで座っていた。蒼はいつものようにその前に座り、頭を下げた。

「維心様、この度は大変に疲れる事をお願いしてしまいまして、申し訳ありませんでした。しかし、それで桂は戻り、今は前のように体に支障もなく、元気に生活しております。ありがとうございます。」

維心は、機嫌良く答えた。

「何でもないことよ。主は維月の息子であるのだからの。我にとっても息子のようなもの。あれぐらいのことは、してやらねばの。」

そうは言っても、あの後維心が気を回復するには一晩掛かったと聞いていた。やはり、いくら命を司っているとは言っても、この龍王にしか出来ないという命の操作というものは、かなりの気を消費するようだ。そうそう出来ることでもないし、しないことなのだと維月から聞いていた。そう、例えば、王が臣下の命を引き換えに妃の黄泉がえりをしてほしいと願い出て来たとしても、維心は絶対にしない。あくまで別にあぶれた命があったし、特別なことなのだった。

維月が、維心に身を寄せた。

「まあ維心様…維心様が居られたからこそ、叶ったこと。私も感謝しておりまする。」

維心は嬉しそうに維月を見た。

「良いと申すに。主の願いならばなんなりと叶えるぞ、維月。何でも申せ。」

維月は黙って微笑んだ。蒼はそれを見て、きっと母さんなら何でも叶えさせるのだろうと思った。だが、維月は滅多なことは願わない。龍王の正妃という地位に居ながら、そんなことには無関心だからだ。だからこそ、洪達臣下も、維月をとても大切にする。神の世にあって、そんな無欲な正妃など、また滅多に居ないからだった。それに、人の世から来た維月は、臣下達に無理なことを言う維心を咎めもする。なので、さらに臣下達は維月を大切に扱い、その子である自分も尊重してくれるのは知っていた。

蒼は、ため息を付いた。全ては、維心様が最初に、まだ身分の低かった母さんを妃に迎えると、有無を言わさず決めたからだ。そして、その後に蒼達に尽力し、宮を与え、軍を与え、宮を大きくするように導いて行った。そして月がその存在を大きく認められて、正妃に迎えることが出来たのだ。今思うと、なんとすごい王なんだろう。

維心が、蒼の様子を見て不思議そうに言った。

「どうしたのだ、蒼?桂が戻ったというに、何やら浮かぬ様子であるの。」

蒼は顔を上げた。

「…維心様。オレは、神の世を知らなかった。」

蒼は突然言った。維心は面食らったようだった。

「であろうの。知っておる。」

きょとんとしている。確かに最初からご存知でいらっしゃるから…。蒼は苦笑した。

「違うのですよ、桂を正妃にしたいと考えたのですが、それが無理であることが臣下達の話で分かりました。」

維心は悟ったように眉を寄せて、頷いた。

「そうか。主とは身分が違い過ぎるからの。しかし、妃でもよいではないか。」

維月が横から言った。

「まあ。なぜに駄目ですの?良いではありませぬか。身分違いと申すなら、私と維心様もそうでございまする。私は人であったのですもの。」

維心は苦笑して首を振った。

「我が正妃にした時、主の身分は低くはなかった。月の宮の格が上がっておった上、主は月そのものであったからの。それも二人しか居らぬ内の唯一の女。それが龍王妃に相応しくないなど、誰にも言えぬのだ。」

蒼は頷いた。

「そこがすごいと思うのですよ。維心様は、何もかも考えて行われていたのですね。」

維心は困ったように蒼を見た。

「…それを言われると、我も心苦しいの。確かに、主に領地を与えて宮を与えたのは、その後のことを考えなかった訳では無い。あのままでも月は神の世で高い地位に就いたであろうが、認められるまでにもっと時間が掛かったであろうから。維月を正妃になど、神世が許さなんだであろう。ま、我はそれでも、正妃にしたとは思うがな。」

蒼は、訳が分からないとますます眉をしかめる維月に、裕馬から聞いたあのランク付けの話をした。維月はただただ驚いて、袖で口を押えた。

「…では、維心様は先々を考えられて、宮を?」

維心は居心地悪げに頷いた。

「あの頃も、我は主との事と世の事、両方を考えて行動しておったからの。その両方が満たされる方向へと判断しておった。いつか正妃にと、我はずっと思うておったゆえ…なので、今は満足よ。」

維月は呆然としながらただ、頷いた。蒼はそれを見ながら、またため息を付いた。本当に維心は考えが深い。いつも先々まで考えて、しかもたくさんの問題を一度に解決する判断をし、行動しているのだ。こちらが思いもしないことを、その深くに考えて…。

「オレも、そう出来たらいいのに。とても維心様には及びません。気が付いた時には、もう遅くて…。何十年も先に考えておくなんて、しかもあっちもこっちも良いようになんて、オレにはなかなか出来ない。」

維心は、蒼を見て息を付くと、同情したように微かに笑った。

「…蒼よ。我はの、1700年もこんな世に居た。なので、100年単位で物を見る癖が付いておるのだ。先に種を蒔いて置いて損はないと考えて、動く。主もこれからはそうなるようにせよ。直になれるゆえ。ただ、桂は正妃にするのは諦めよ。王の頃の炎嘉になるぞ。」

蒼は身震いした。仕方なく迎えて、女好きとか言われたらたまったもんじゃない。

「分かっています。格付けのことを聞いた時、なぜ自分のことを他の宮の神があんなに知っているのかと思っていた謎が解けました。」

維月がボソッと言った。

「…きっと何かするたびにワイドショーみたいに神世にニュースがあることないこと駆け巡るのね。」

蒼はまさに的を射ていて大きく頷いた。

「そうだよ。母さんも気を付けなよ?その頂点に居る維心様の妃なんだぞ。ファーストレディだよ。」

維月はぞくっとした。嫌だわ。そんなの寛げないじゃない。

維心が維月の様子を見て、慌てて言った。

「何を言っておるのだ。宮の中まで誰も覗けぬぞ。まして奥宮に居れば、誰の目にも止まらぬゆえに。だから奥宮から出るなと申しておるのに。」

維月は小さく頷いた。それにしても、どこかへ出掛けたとかも皆結構知ってるんだもの…気を付けよう。

蒼は、雲行きがおかしくなって来たので、立ち上がった。

「では維心様、そろそろお暇致します。本日はお礼に参っただけですので。」

維心は蒼を見た。

「また来るが良い。」

そして、また維月のほうを見た。機嫌を悪くするのではないかと、気が気でないようだ。蒼は悪かったかなと思いながら、王の居間を後にしたのだった。


明人は、そんな蒼の供をして龍の宮へ来ていた。

蒼は奥へと入って行くが、自分達軍神には控えの棟があって、そちらへ行くか、手前の庭やラウンジなどで待つことになっている。ラウンジは、いうなればホテルのロビーのような感じだ。宮に仕える臣下に用のある他の宮の神は、ここで侍女に呼び出してもらって、待つ。そしてここで話したり、どこかへ連れられて行ったりするのだ。明人は、そこで待つことにして、他の軍神達が控えの棟へ行く中、ラウンジで座って茶を飲んでいた。

窓際に陣取っていると、中がよく見渡せる。本当に龍の宮には来客が多かった。もちろん、王にはなかなか会うことが出来ないが、臣下達に会って、書状を取り次いでもらったりするのは出来る。その他、布を行商に来ている者やら、とにかく多彩な顔ぶれで、見ていて飽きない。この数でも、厳選された一部の神なのだという。ここへ来るには、相当な審査が必要で、それに通った者しか入れないのだ。

まさに神の世頂点の宮であった。

そこに、見覚えのある女が一人、回りをきょろきょろと見ながら何かを探しているように、困った顔を居た。明人は、思わず声を掛けた。

「雛殿?」

雛は、明人を振り返った。そして少し考えて、思い立ったように明るい表情をした。

「明人様!まあ、蒼様の御用でいらっしゃいまするか?」

明人は頷いた。

「王がこちらにいらして、龍王と話していらっしゃるので。それを待っておるのだ。雛殿は、何かお探しか?」

雛は、困ったように頷いた。

「はい…父に、せめてお礼の書状をお渡しするようにと申し付けられて参ったのですが…龍王様にはお会い出来そうになく。ここへ来て初めて知りましたが、龍王様は滅多に出ていらっしゃらないかたですのね。」

明人は苦笑した。

「確かにそうであるな。泰様は、ご存知であられるだろうに。臣下の誰かに渡して置けばよい。さすれば、龍王のお手に渡るであろうから。」

雛は首を傾げた。

「でも、直接お渡しするようにと言われたのですけど。」

雛は困っている。それは…恐らく、龍王の目に留まれば、あわよくば嫁げると泰が考えたからだろう。とても龍王は無理なのに。明人は苦笑した。

「では、少し待たれよ。龍王は無理でも、皇子の将維様なら、お会い下さるかもしれぬ。」

明人は、傍の侍女を呼び止めた。侍女は、明人が月の宮の軍神と知って、頭を深く下げた。

「御用でございましょうか。」

明人は頷いた。

「我は月の宮の軍神、明人と申す。ただ今は王の蒼様について、こちらへ参っておるところ。こちらは泰様の皇女、雛殿。先日お世話になったお礼状を、父王よりお持ちでいらっしゃるが、王は御多忙であられるご様子。将維様は、お時間はおありでいらっしゃるだろうか?」

侍女は再び頭を下げた。

「お待ちくださいませ。」

侍女は歩き去って行く。雛は明人を見た。

「先程は、相手にしてもらえませんでしたのに…。」

明人は、雛が気の毒になって、言った。

「決められた手順に従わなければ、ここの宮の侍女達には取り合ってもらえないのだ。礼儀を知らぬ者を、王や皇子に会わせては自分達の失態になるゆえ。それに、約束も無しにいきなり王と言って、龍王は絶対に会わないのを知っているので、誰も相手にしないのだ。」

雛は赤くなって、下を向いた。

「…神世一の厳しい宮と聞いておりまするのは、それゆえでありましたのね…。我は何も知りませず…。」

明人は、慰めるように言った。

「気にするでない。知らなければ、これから知って行けば良いだけのこと。」

雛は、頷いて微笑んだ。明人も微笑み返し、そこに立っていると、向こうから将維が歩いて来た。

「なんと、明人ではないか。久しいの。壮健か?」

明人は膝を付いた。雛は顔を隠して頭を下げた。

「将維様、ご無沙汰致しておりまする。本日は、蒼様のご訪問にお供して参りました。」

将維は頷いた。

「そうか。して、書状がどうのと聞いたがの。」

明人は頷いて、立ち上がった。

「はい。こちらは、泰様の皇女、雛殿。泰様が、第一皇女で蒼様の妃である桂様の復活にご尽力くださいましたお礼をと、龍王様宛に書状を遣わされたのでございます。」

雛は、緊張からぶるぶると震えて頭を下げて立っていた。将維は言った。

「表を上げよ。」

雛は、それこそ倒れるのではないかと言うほど緊張した状態で、顔を上げた。

そして、将維の顔を見て、固まった。なんと美しいお顔の、ご立派な皇子でいらっしゃるのかしら…。このようなかたは、初めて見る…。

「書状を。」

将維は手を出した。雛はぼうっと将維を見て固まっている。将維が戸惑っているので、明人が見かねて雛に言った。

「雛殿、書状は?」

雛は、ハッとして巻物を両手で捧げ持って、将維に差し出した。将維はそれを受け取り、さっと紐を解くと、ザッと中身を見て、すぐに閉じた。

「わかった。父上にお渡ししようほどに。お返事はまた後ほどとお伝えを。」

雛は、ガクガクと震えながら、ただ頭を下げた。将維は、明人を見た。

「して、軍の様子はどうか?主、こちらへいつ入るのだ。」

明人は困ったように将維を見た。

「まだ、時期までは。あちらも只今落ち着いて参ったところでありまするし、まだ離れるのは…」

「やめてくれよ、将維。」後ろから、おどけたような声が聞こえた。「明人はまだこっちへ来させたくないな。スカウトなら他でやってくれ。」

将維はそちらを見て、笑った。

「蒼。我だって、優秀な軍神は欲しいもの。龍軍も将が不足しておっての。明人なら、いい将になるであろうに。」

蒼はふふんと笑った。

「明人は龍だがオレの軍神だぞ?ま、いつか戻ることは聞いてるが、今ではないな。もうしばらく待て。」

将維は肩を竦めた。

「仕方がない。では、我は行く。まだ我には責務が残っておるのでな。近いうちに月の宮へ参る。母上が戻られる時に、一緒に行く許可を得たので。」

蒼は頷いた。

「待ってるよ。」

将維は書状を手に、戻って行った。それを、雛がぼうっと見送っている。明人は雛に言った。

「雛殿…もう少し慣れねば、王や皇子に会うのは無理であるぞ?オレが付いておったから良かったものの。」

雛は、ハッとしたように明人を振り返って、顔を赤らめた。

「本当に…お恥ずかしい限りでありまする。将維様が、あまりにご立派なかたでいらっしゃったので…。」

蒼は、それが桂の妹の雛であることを見てとって、驚いたように言った。

「雛殿?して、なぜにここへ?」

明人が答えた。

「泰様から、お礼の書状を王へ直接お渡しするようにと言われたのだそうです。なので、将維様を呼んで頂きました。」

蒼は泰の思惑を悟って、眉を寄せて頷いた。

「維心様は誰にもなかなか会わないかたなのに…アポも無しで?」

明人は頷いた。

「はい。」

蒼は呆れて眉を上げた。

「ま、夢も持ちたいであろうしな。帰るぞ、明人。」

明人は頷いた。

「は!」

蒼は、雛に軽く頭を下げると、その場を後にした。明人は、同じように雛に頭を下げ、そして蒼についてそこを出て行ったのだった。

雛は、将維が去った後を、いつまでも見ていた。

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