表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/43

月の宮の大広間には、大浴場で汗をながし、着物に着替えた本日共に走り回った面々が、宮など関係なく入り乱れて仲良く談笑し、酒を酌み交わしていた。

最初あれほど硬かった修の宮の軍神達も、今ではすっかり慣れて笑いあっている。それを見ながら、王族ばかりが集まったこちら側では、蒼は和やかな気持ちになった。神も人も、あまり変わらないのかもしれない。

泰が言った。

「見ておるだけでも思いも掛けず楽しめたわ。我も軍神達を連れて参れば良かった。」

緑青も頷いた。

「我も途中、軍神を呼ぼうかと思うた。しかし途中参加ではの。蒼殿、次はいつか?」

蒼は笑って首を振った。

「何も考えておらぬ。だいたい、突然に始まった事なのだぞ。」

久島が言った。

「ならば、企画すれば良いではないか。我も次はもっと鍛練して参るゆえ。本日は龍に遅れを取る場面が多すぎた。もっと玉入れの練習をせねば。」

蒼は苦笑した。宮で必死に玉入れの練習をする神達を思うと、笑える。

維心がフッと笑いながら、頷いた。

「確かに鍛練は必要やもな。しかし、軍神達があのように気を失った状態でも、そこそこ優秀であるのを見られたのは良いの。我も気を使わずにあれほど体を動かしたのは生まれて初めてであった。」

維心の斜め後ろでは、維月が扇で顔を隠して微笑んでいる。久島が頷いた。

「体を使うのは良いの。我はここまで追い詰められるのはなかなかになかった。気の影響が凄まじいゆえ、己の限界まで暴れるなどなかったからだ。あんなに楽しいとは。陸上競技とやらを、我は甘く見ておったわ。人は侮れぬ。人の世にスポーツ観戦とやらに参るかの。」

緑青が、蒼をつついた。

「蒼殿、次をここで決めようぞ。我も参加したい。」

泰も、大まじめに頷いた。

「そうよ。自分達だけで楽しみおって。」

蒼は十六夜を見た。十六夜は困ったように笑う。

「罰のつもりでやったことだったのにな。ま、退屈凌ぎに、秋に毎年開催ってのでどうだ?」

蒼は渋々頷いた。

「では、そのように。だが、宮対抗だといさかいがあってはならぬので、紅白戦にするぞ?毎年組み合わせを変える。」

緑青と泰は嬉しそうに笑った。

「楽しみなことぞ。」

久島が維心を見た。

「主と同じ組は嫌だの。」

維心はふんと横を向いた。

「我だってそうよ。二人三脚など最悪な結果になろうからの。」

維月が後ろでプッと吹き出した。義心と共に二人三脚していた維心を思い出したのだ。義心が必死に維心に合わせていた…どちらも合わせないタイプなら、とてもゴールは無理だ。

「おおそうよ、二人三脚と言えば、主の所の軍神達はすごいの。」久島が蒼に言った。「あやつらの速さは、まるで一人で走っておるかのようだった。度肝を抜かれたわ。」

蒼は声を立てて笑った。

「あやつらは、人の世からの帰還者であるのでな。人の世で行なったことがあるのだ。それにしても、確かに速かった。あれほどとは思わなんだので、オレも驚いたわ。まあ、仲の良い友同士であったし、息が合うのは当然だったやもの。」

蒼は、離れた場所で皆と談笑する明人達を見た。他の宮の神達と、まるで昔からの知り合いのように楽しそうに話している。久島は真面目な顔で頷いた。

「そうか。あの競技はそういった普段からの関係も影響するのだな。覚えておこう。」

どこまでも運動会に真剣な神達に、蒼は微笑ましく思った。確かに真剣での勝負ばかりで、命すら危ういような勝負事ばかりの神の世で、命の危険はないが、己の肉体の限界を知るような競技の数々は新鮮で、楽しかったのだろう。蒼は、普段から持て余しているような闘争心を、これで少しは発散してもらえたらと思った。

そして、スッと立ち上がると、言った。

「皆に、我は布告する。」途端に、騒がしく談笑していた面々がシンと黙った。蒼は続けた。「この秋、この月の宮で本日のような運動会というものを開催することに決定した。」

軍神達はざわざわとした。蒼はそれが鎮まるのをまって、言った。

「競技はこれよりしっかり検討して事前に各宮へ連絡する。本日より競技数は増やし、宮対抗ではなく紅白に分かれて戦うことにする。他の宮にも連絡して参加の意思を問うつもりでおるので、人数は増える。皆、楽しみにして欲しい。」

蒼はそう言い終わると、またそこへ座った。軍神達が頭を下げ、また思い思いに話を始める。蒼は、皆が楽しめる運動会を作らねばと思った。

しかし、玉入れであれほどになる神の世のこと、どうなるか分からなかったが…。


明人は、正直本当に疲れたのだが、意外に面白かったという感想を持っていたので、再開催は嬉しい報だった。向かいに座っていた頼光が言う。

「ほんに楽しみなことぞ。しかし王が勝負事を大変に好む気質であられるので、次も大変であろうがの。他の宮と連携など、出来るであろうか。我らはまあ、合わせるのは大丈夫であろうが、龍の宮と同じ組にでもなったら、我が王のことを考えると頭が痛いやもしれぬ。」

義心が、隣で笑った。

「確かに、久島様はかなり我が王にわだかまりをお持ちのようだ。我が王も、静かになさってはいたが、本日は維月様が掛かっておったゆえ…気迫が違ったの。」

頼光は頷いた。

「我が王は、女に執着なさったことはない。今回も、おそらくご興味をお持ちになった程度であろうが、そんなことも全くなかったゆえ…重臣筆頭が楽しみにしておったのに、この報を持って帰るのは、気が退ける。」

義心は頷いた。

「それは分かるが、勝負には勝ったではないか。それを持って帰れば良いのよ。しかし、主は走るのが速いの。感心したわ。」

頼光は少し誇らしげに顔をそらした。

「そうであろうか。我ら、肉体の鍛錬も怠ってはおらぬゆえ。だが、龍の速さはものすごかった。走る形というものがあったとは。我も付け焼刃で真似て走ってみたものの、主らのようには行かなんだ。」と、嘉韻を見た。「主、月の宮の龍であるの。主は本当に速かった…あれほど差があった慎怜に迫っておったではないか。」

嘉韻は少し控えめに頭を下げた。

「我も型を真似ましてございます。咄嗟のことで、無我夢中のことでありましたが。しかし、頼光殿が後ろからものすごい追い上げをして来るのを感じて、気が気ではありませんでした。」

頼光は笑った。

「我もあの時は必死ぞ。王が呼んでおるし。飛べぬとはあれほどに大変なことであるとはな。」

一同は笑った。頼光は、また隣の義心と話している。どうやら義心が気に入ったようだ。明人は、まじまじと頼光を見た。頼光は、烏であるのでやはり髪は真っ黒で、しかし瞳はグリーンの、すっきりとした鼻筋に切れ長の目の容姿に恵まれた神だった。烏の宮には、どうやら容姿に恵まれたものが多いようで、他の軍神達も皆美しい顔立ちをしていた。

頼光は、笑いながら立ち上がった。

「さて、我が王もお立ちになった。我も宿舎のほうへ戻るかの。」

ハッとして見ると、久島が王族達の席で立ち上がった所だった。良く見ているなあ…と明人は感心した。烏の宮では、軍神達の躾けはかなり厳しいと聞いている。恐らく、王が立ったのに、自分達が宴の席に残ることは許されないことなのだろう。他の烏の宮の軍神達も、頼光に倣って立ち上がる。

「では、失礼致す。次の運動会で会えることを楽しみにしており申す。」

頼光は、そう言い置いてそこを後にした。

明人達はそれを見送ると、自分もそこを辞して屋敷へ帰ろうと支度をし始めた。


霧花は、今日の運動会をそれは楽しく見た。

地を走り回って必死に戦う軍神達は、皆凛々しく美しく、頼もしく見えた。まさか、こんなにおもしろいものが見れるとは思っていなかった。

霧花はここへ来た当初の目的も忘れ、興奮冷めやらぬ面持ちで夜風に当たっていた。他の侍女達もそれは同じようで、いつまでも仕切り布の影に集まって話しているのが目に留まる。

霧花は、気配の無い月の出た庭を、大広間の横からずっと横に反れて歩いて行った。

気が付くと、そこは来たことのない場所だった。庭にこんな所があったなんて。

何度も来て勝手知ったる月の宮だったが、まだ知らない所もあったのを知って、嬉々として歩いて行くと、目の前に大きなそそり立つ壁のようなものが見えた。これは、宮の回りを囲む建物…私、こんな所まで歩いていたの!

こちら側は、確か軍の宿舎のはず。霧花は慌てて退き返した。来たことが無かったはずだわ…だって、ここは軍宿舎裏の庭だもの!

すっすと歩いていると、目の前に、柱のようなものがあって、霧花は思い切りぶつかった。

前を見てなかった…木?それにしては弾力があったような。

ふらふらとして倒れそうになる霧花を、その木はがっつりと掴んだ。

「これは失礼を…大事ないか?」

霧花は驚いて目を瞬かせた。目の前に、黒髪に美しいグリーンの瞳の、気の強そうな軍神らしき男が、着物姿で立っていた。

「ああ…申し訳ございませぬ。我はこんな所まで歩いて来てしもうて…慌てて戻る所でありましたので。」

まだくらくらとする頭を必死に立て直しながら、霧花は言った。相手はじっと見た。

「主…緑青様の宮の?」

霧花は頷いた。

「はい。第二皇女霧花でございます。」

相手は、まだふらふらしている霧花を、慎重に支えながら言った。

「我は烏の宮筆頭軍神、頼光。皇女、知らぬとは申せ、失礼致しました。我もここは不案内であるのに、王は好きに過ごせとおっしゃるしで、こうして庭へ出て参ったのだが…」

霧花は、大きな体の軍神が、ばつが悪そうにしているのを見て、可笑しくなってふふと笑った。

「まあ…」と、はっきりとして来た頭を振って、すっきりさせた。「では、我がこのお庭をご案内致しまする。我はここには、何度も通っておりまするから。」

相手は驚いたような顔をしたが、少し考えて、頷いた。

「では、お言葉に甘えて、案内してもらおうかの。」

頼光は霧花の手を取り、霧花の言うように歩いて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ